2015.11.05   「イスラム国」の野望は全世界のムスリム支配
          イスラム断章(6)

伊藤力司 (ジャーナリスト)

「イスラム国」(IS)が2014年6月、旧名の「イラクとシャームのイスラム国」(ISIS)から「イラクとシャーム」の2語を削除したのには意味がある。イラクとシャーム地方(現在のシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナなどを含む拡大シリア)だけを領域とするのでなく、全世界のイスラム教徒を包含するイスラム国家に拡大させる意図を示したのである。リーダーのバグダディは「カリフ」であることを宣言した。

カリフとはイスラム教の開祖である預言者ムハンマドの「後継者」のことで、アラビア語の「ハリーファ」を英語読みした言葉だ。「ウンマ(イスラム共同体)」と呼ばれるイスラム世界では、ムハンマドの後継者であるカリフがウンマを統治する権力を持つという「カリフ制」が1924年まで存続してきた。最後のカリフだったオスマン帝国の支配者が第1次世界大戦に敗れた結果、カリフ制は消滅した。その結果オスマン帝国領だった中東から北アフリカに至る広大な領域が、大戦の勝者であるイギリスとフランスの植民地(名目上は国際連盟の委任統治領)に分割された。

イスラム世界を統率する指導者は、預言者ムハンマドの後継者であると広く認められなければならない。ムハンマドが死亡した後4代続いたカリフは、ムハンマドの血縁者で占められて正統性が維持されたが、第4代のアリが非業の死を遂げて以後のカリフの正統性ははっきりしない。オスマン帝国のルーツはアジアに淵源を持つトルコ系だから血縁のつながりはない。実力で権力を握った人のことを「スルタン」と呼び、オスマン帝国の支配者は「スルタン・カリフ制」と呼ばれた。

ただ歴代のカリフは、ムハンマドが愛用したとされる黒いターバンを頭に巻くことで、ムハンマドの血筋を引いていると主張し、周囲もそれを認めてきた。その結果、とにもかくにもカリフ制はムハンマドが死亡した西暦632年から1300年近く続いたわけで、「イスラム国」の首領バグダディがカリフを宣言したのは、当然ムハンマドにつながるカリフ制国家の再建を主張しようとしたものだろう。

もちろんバグダディは勝手にカリフの名乗っているだけで、イスラム世界を支配しているわけでも歴代のカリフから禅譲されたわけでもなく、カリフを名乗れる根拠は何もない。バグダディが黒のターバンを頭に巻き、伝えられるムハンマドと同じ長いあごひげ姿でビデオ画面に登場することで、全世界のムスリム(イスラム教徒)にジハードを呼びかけることに一定の効果を計算しているのだろう。(イスラム教は偶像崇拝を厳しく禁じているためムハンマドの肖像や彫像などはあり得ない。ただ黒いターバンを巻き、長いあごひげをつけていたと伝えられている。)

ジハードは一般に「聖戦」と訳されているが、本来のイスラム教の教義では「真剣に努力する」という意味で、内面の努力をしっかりしてアッラーの教えに従って生きることだという。例えば1日5回の礼拝を欠かさない、贅沢をしないで貧しい人に喜捨をする、コーランを繰り返し暗唱するなど。しかしジハードの意味には、自分の故郷が侵略されたら頑張って戦い抜くという内容も含まれているという。今ではイスラム過激派の代わりにジハーディスト(ジハード戦士)という言葉が通用するようになっている。

「イスラム国」は、米軍が2003年サダム・フセイン政権を打倒した後の混乱に乗じてイラクに集まってきたジハード戦士たちが、フセイン政権時代に与党として専横をふるい、米軍占領下のイラクで不満分子となったバース党員やスンニー派部族と組んで「イラクのアルカイダ」を名乗る反米武装集団を立ち上げたことが発端だ。この集団のリーダーはヨルダン出身のザルカウィを名乗る男だったが、2006年6月に米軍の空爆で殺された後バグダディを名乗る男がボスの地位に就いた。(続く)
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