2015.11.09  中国社会の実態をよく映している―――中国共産党の新規律
          ――八ヶ岳山麓から(163)――

阿部治平 (もと高校教師)

中国共産主義青年団の新聞「北京青年報」(2015・10・22)の一面に「重大な規律違反をした組織は解散すべし」という大見出しがおどった。
さては、どこかの党組織が丸ごと解散させられたかと思ったら、中身は中国共産党の新しい規律と罰則であった。

2012年12 月総書記に就任したばかりの習近平は、会議の簡素化、幹部警備の簡素化、さらにはニュース・報道の「改善」を含む「中央八項規定」を発表した。毛沢東の「三大紀律八項注意」の現代版である。
こののち習近平は「蠅も虎も叩く」と発言し、これで半年後の13年5 月までに叩かれた幹部は2290人になった。やがて「狐(海外逃亡者)も狩りだす」がつけくわえられた。
ある中国の友人は習近平の党粛正運動を指して、「いままでは口でいうだけだったが、習近平総書記の綱紀粛正はただごとではない。徹底的にやりますよ」といった。だが学生から「お金大好き先生」と呼ばれていた大学教授に「きみ、だいじょうぶか」と聞くと、「ぼくのところまでは来ない」と笑っていた。
習近平が党員幹部をつぎつぎ捕まえても、こういうふらちな輩が上から下までいるのである。そこで、これまでの党規律は役に立たないということになった。習近平は新しい党規律を作らせた。「中国共産党廉潔自律準則」と、罰則の「党規律処分条例」である。

新規律は汚職腐敗の逃道を閉ざすために、隙間を埋め適用範囲を広く大きくし厳格にしたという。たしかに上級指導者だけでなく、県や郷村の一般幹部も対象にしたのが読みとれる。
たとえば、幹部が災害救助のカネや物資を隠したり、それを親しいものに優先的に分配したり、幹部が事業をやる際民衆から過分のカネと労力を徴収したり、老百姓(権力のない人々)に難癖をつけて飲食いしたりすることなどが禁止項目にある。おかしな規定もある。公共物を6ヶ月以上占用するのを禁止している。これでは公用車などをもっぱら私用に使っても6カ月以内ならとがめられないとも読める。
さらに民衆の生業に干渉すること、逆に民衆の訴えにまじめに応対せず、切実な問題を適時解決しないときも規律違反である。贅沢をして社会に悪影響を与えるなともいっている。なんだか党幹部に「経世済民」術を伝授している感じである。
党組織の幹部選抜・任用とか規律審査などの秘密内容を漏らしたり盗んだり、採用試験の問題漏洩も禁止である。また試験などで不正行為をしたり、答案を書き換えたりするのも規律に触れるという。私はこの規定をいまさらながらと笑えない。
むしろ幹部の任用・昇進などを秘密裏にやるから、ここに特権が生じ、コネ採用や職位の売買が広く行われる。そしてカネで昇進した幹部は、モトを取るのに不正をやらかすのである。

政治規律の第一は亡命である。外国の大使(領事)館に逃げ込んだり、国外に逃亡したり、外国に亡命申請したものは党籍剥奪。所管の人員が逃亡したときは上司なども責任を問われる。外国出張の党員が勝手に滞在期間を延長したり、旅行コースを変更したりすることも禁止。
なぜこんなとっぴょうしもない規定があるか。国外逃亡をたくらむ党員官僚が多いからである。悪事を働いたものがばれる前に逃げたいのは人情だ。
党と国家の体制を批判したり、国家指導者を中傷したり党史や戦史をねじまげてならないというのがある。これだと中共の「正史」とは異なる学説を唱えることはできない。日中戦争では抗日の主役は国民党軍だったという、日本では周知の事実も中国ではとがめられる。
また党内に秘密に集団(セクト)をつくるとか、それを通して利益供与を相互に行い、個人勢力を造成する目的で政治的元手(権力財力でしょうね)を手に入れることなどは禁止。これに関連して、党の「審査部門」の調査に、口裏合わせをしたり、報告の偽造・証拠の隠滅もいけない。逆にある個人を陥れる告発も禁止である。この規定には犯罪告発者の保護がない。これでは事実の告発も「誣告罪」に問われる危険がある。

官僚の不正蓄財やそれによって個人に権力が集中するのを防止しようとするなら、財産公開制度を定めて厳格に運用すべきだ。だが新規律ではあえて財産の公開をうたわない。なぜか。高級官僚ほどそれが自分にとって不都合なことを知っているからである。
指導部全体が腐敗したときはその党組織は解散、幹部は責任を問われる。これが「北京青年報」第一面の見出しになった。
わからなかったのは、指導幹部で同郷会・校友会・戦友会などに参加したものは、直ちに党内職務を剥奪するという規定である。中国の知人は、「こうした会は団結力が強いからではないか」という。党外の団結力のある組織は党にとっては脅威だ。利益供与の集団になりやすいからか。
また幹部が規律に違反して「市場経済活動」に手を伸ばして社会の不評を買ったり、現役や離退職の者が影響力を利用して利益を謀るとか、もとの職務に関する仕事に就くのは禁止という。

だが中央・地方の権力者周辺には七光りで「市場経済活動」すなわち金もうけにかかわるものが多数いる。こんなことは中国人でなくても知っているが、権力が怖いから中国では誰も名指しで非難しない。
さらに権力と色欲との「権色交易」、財物供与と性の「銭色交易」の禁止。カネや権力が絡まなくても、他人と不当な性関係を生じ、悪い影響を与えたものは警告あるいは厳重警告処分。これもくりかえし強調される。よほど盛んだからだろう。ところで性同一性障害のいわゆるホモはかつては厳罰の対象で、ときには死刑だった。いまもこれが「不当な性関係」に入るだろうか。

さて、この細かくて厳しい新規律で汚職腐敗を多少とも減らすことができるか。
できない。ここで党員と司法との関係をいわなければならない。
党員は8500万いる。上は上なり下は下なりに特権がある。党員の犯罪はまず党内規律で処分する。党員資格は護身符、世渡りのための優待券である。党籍を剥奪されない限り国家刑法の適用から逃げられる。党籍を剥奪されて司法の裁きを受ける場合でも高級指導者は「優遇」される。最高刑から10数年の刑に減刑され、やがて病気治療のための釈放となる例があるのは、老百姓(無権の人民)でも知っている。
というわけで党員幹部の不正をまず裁くのは司法機関ではない。党である。党が党を裁くことは不可能だ。選手がレフリーを兼ね、殺人犯や詐欺どろぼうの類が自分を裁判にかけるようなものである。党内紀律をいくら厳しくしても、ここが改められないかぎり、いままでどおりなのである。
さらに習近平の党粛正は反対派閥退治の印象が非常に強い。だから本当に党を粛正しようとしているか疑わしい。

規律違反の最初の大きなものは、2012年の薄熙来事件だった。14年には中央軍事委員会副主席(軍人のトップ)徐才厚と、政治局常務委員だった周永康と、人民政治協商会議副主席の令計画が拘束された。失脚した者の多くは上海閥・江沢民派、令計画は胡錦涛の側近だった。
彼らは例外なく「一人昇官、鶏犬昇天(一族の誰かが出世すれば、鶏や犬までがうまい汁が吸える)」と、「覆巣之下、安得完卵」(巣がひっくり返れば壊れない卵なんかない)ということわざを地でいった。
歴代王朝では大物の失脚の際には、連座して処刑されるものが万を数えることがあった。今もこの伝統があるためか、たいてい数百人が連座する。周永康の場合、逮捕されたものおよそ300。令計画も妻や兄弟など眷属はほとんど捕まった。弟令完成だけがアメリカに逃れた。

ところが習近平の周辺は1人もやられていない。彼らが悪事といわずとも「市場経済活動」によって大儲けをしていること老百姓のだれもが知っている。ここには「ぼくのところまでは来ない」という連中がごろごろしているのである。
中国の特権階級には、100 兆円近くといわれる公式統計に表れない出所不明の「灰色収入」があるといわれる。その「灰色収入」こそが汚職腐敗というものである。近年日本で「爆買い」をする人たちのなかにも腐敗はあるかもしれない。

新規律を貫くものは「由らしむべし知らしむべからず」の論理である。党は民衆を支配するもの、民衆は党に導かれるものである。これを精一杯よくいえば、支配者が「民を慈しむ」視線である。
また中共はまちがいなく官僚集団であって、老百姓の立場に立った組織ではないということである。毛沢東は「おれが死んだらまもなく官僚資本主義が生まれるだろう」といったというがこれは正しかった。だから中国の老百姓が習近平のこの新規律に関心を寄せることはあるまい。おおかた「フン」というだけであろう。
Comment
 阿部先生の高論は凄い。だが、歴代王朝では大物の失脚の際には、連座して処刑されるものが万を数えることがあったとあるが、周永康や令計画の周辺はほとんど捕まったことは、連座制と言えるか。周や令などを抜擢した大物の責任が問われただろうか?「刑不上大夫」ではないか。
一介草民 (URL) 2015/11/09 Mon 11:24 [ Edit ]
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() 2015/11/12 Thu 11:49 [ Edit ]
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