2015.11.22  欧州におけるイスラム系「難民」・「移民」問題を考える
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)


欧州のイスラム世界
 イスラム世界から欧州への大量「難民」・「移民」が続いている最中、パリ市街でIS(イスラム国)戦士の無差別銃撃と自爆テロが起きた。EU大統領は、「今回のテロ攻撃は今時の難民流入とは無関係であり、EUの難民政策に変更はない」と宣言したが、事はそう簡単ではない。
 テロ実行者のなかには、10月に「難民」として流入したシリア人が含まれていると報道されている。大量の「難民」のうち、シリアからの難民は3割程度だが、若い男子のほとんどは政府軍かISの軍事訓練を受けていると言われる。何十万人の「難民」に紛れ込んで欧州に渡ったIS戦士がいることは否定できない。欧州国境での入国管理が機能していない現状では、誰でも欧州に入り込むことができるからである。
 もちろん、IS戦士たちが欧州に入ってすぐに活動するのは難しいが、欧州にはすでに確固としたイスラム社会が形成されているから、連携して活動するのに何の問題もない。この点は欧州でもあまり認識されていない。
 ドイツがトルコの労働者をゲストワーカーとして大量に受け入れていることは良く知られているが、イスラム系諸国から欧州への移民の歴史は古い。すでに1960年代から、フランス、オランダ、ベルギーなどの旧宗主国を中心に、旧植民地域やトルコからの移民を労働力として積極的に受け入れてきた歴史がある。これらの諸国にはモロッコやトルコ系住民が多く居住しており、イスラム系人口はかなりのウエイトを占めている。当該社会に同化した人々もいるが、多数の住民は同じ町に居住して、相互に連帯して生活している。当該社会に同化できなければ、社会的に高い地位や職業、十分な所得を得ることは難しい。したがって、こうした地域のイスラム社会は、貧困者や失業者の共同体に退化しやすい。そこに強固なイスラムの教義が入り込み、苦難を抱える若者たちを巻き込む。イスラムの教義は、当該社会の法の上に立つと考えるから、当該社会との摩擦はさらに激しくなり、狂信的になった若者は暴力化し易い。

フランス、ベルギー、オランダのイスラム人口
 フランスのテロ実行者がベルギー在住だと報道されている。実は欧州のなかでも、イスラム系住民の社会問題を多く抱えるのが、フランスよりベルギーとオランダであることは余り知られていない。
 ベルギーのイスラム系住民の実行はおよそ65万人で、人口の6%を占める。ただ、その多くが首都ブリュッセルに住んでいるから、人口100万人のブリュッセルのイスラム系住民の人口比率は3割に近い。だからといって、ブリュッセルの町で見かける人の3人に1人がイスラム系というわけではない。特定の地域に集団的に居住しているからである。今回のテロリストが居住していたエレンベーグ地区は住民のおよそ半数がイスラム系住民で、この地域の失業率は50%だと言われている。まさに、ゲットー化したイスラム共同体が、テロリストの巣窟になっている。
 ベルギーよりイスラム化が進んでいるのがオランダである。イスラム系住民の人口は90万人を超え、主要都市のほとんどが、かなりのイスラム系住民を抱えている。そのイスラム系住民の人口比は、ロッテルダム25%、アムステルダム24%、ハーグ14%、ユトレヒト13%と軒並み高い。
 フランス全土に占めるイスラム系住民のウエイトは7%と高いが、フランスよりベルギーやオランダのイスラム系住民の問題が深刻なのは、都市部に多くを抱えているからである。ベルギーとオランダのイスラム形住民とコンフリクトは、欧州のイスラム系住民問題の最前線を形成している。
 
オランダとベルギーのイスラム戦士
 2013年1月に、アムステルダム市長をAK-47(カラシニコフ)で狙撃しようとしたモロッコ系青年が逮捕された。また、オランダ出身のジハード戦士100名がシリアで活動していると言われている。オランダのTV局の世論調査によれば、オランダのイスラム系住民の4分の3は、オランダのジハード戦士は「英雄」であり、彼らを訴追すべきではなく、またオランダ社会に戻ることを拒否すべきではないと考えているという。さらに、オランダにある2000のプロテスタント教会のうち、経営が成り立たない800の教会が処分される予定で、それらの多くはモスクに作り替えられると予想されている。こうなってくると、オランダをイスラム社会に作り直す運動が起きても何の不思議もない。
 事実、ベルギーにはベルギーをイスラム国家に変えることを目的としたSharia4Belgiumという過激派組織が活動しており、その70名ほどの戦士がシリアで戦闘行動に加わっていると報道されている。2013年3月、ベルギーのワロン地域に、11,000m2の敷地に、30mの高さのモスクを建設する計画が持ち上がり、住民の反対があって、18mの高さに変更された。
 これらは日常的に生じている社会問題のほんの一端だが、労働力として受け入れた移民集団の一部が、当該社会に敵対し、異端を正統に変える運動を起こすなど、当該社会の存立にかかわる大きな社会問題となっている。欧州への移民には長い歴史があるが、今、イスラム系住民を多く抱える地域は、当該社会のアイデンティティを喪失する危機に直面している。
 今時のパリ襲撃テロ事件の実行犯がベルギー在住だったことは、ベルギーやオランダの人々にとって意外なことでもなんでもなく、起こるべくして起きた事件なのだ。

止まらぬ大量の「難民」・「移民」流入 
 さて、西バルカンルートを北上する「難民」・「移民」の流入が止まらない。毎日、何千という人々が欧州に押し寄せている。通過するそれぞれの国境で仮登録が行われているが、指紋と写真をとり、仮の通行証を与えるだけのことで、自動的に次の国境へと送り出される。EUの自由移動圏境界であるシェンゲン境界国での入国管理は、厳格に行われなければならないはずだが、現在は入国管理システムが崩壊している。
 最終受け入れ国では詳細な調査が行われるが、本人を証明する証明書をまったく保持していない(捨ててしまった)か、トルコで偽造されたシリア旅券を保持する人々の「難民」認定は簡単でない。大国ドイツといえども、何十万人もの「難民」認定は、気が遠くなるような作業だ。ドイツ入国の入り口であるバイエルン州から、ドイツの各州に「難民」を振り分けて、この作業を行わなければならない。
 ところで、われわれは目に見える「難民」移動やその混乱にだけ目を向けがちだが、そもそもこれらの大量の「難民」密航を組織している集団や、「難民」流入を援助している団体や組織はどのようなものなのかについて、ほとんど情報をもたない。国際メディアはそのことについてほとんど報道しない。というより、取材していない。
多くのメディアは「難民」収容所の現場から、感情的で情緒的なレポートをおくるだけだが、いったい誰がいかなる意図で「難民」の密航を組織し、かつどのような団体や組織が資金を出しているかについての情報が極めて少ない。実際のところ、本当に「難民」として認定出来る人々の数は密航者の2~3割程度のはずだが、「難民」支援団体は「難民」と「移民」の区別なく一様に扱っている。しかし、「難民」を称する「移民」は明確な不法入国である。不法入国を援助する団体は、犯罪を助ける組織と認定されても仕方がない。
 9月17日、Sky Newsのギリシア特派員は、ギリシアへの密航船上で「難民」・「移民」に配布されている「手引き書」の存在を報道した。アラビア語で書かれた50頁ほどの小冊子には、各国境での尋問に対する受け答えの仕方や各国における「難民」・「移民」支援団体の連絡先をリストにしたものである。いわば密航支援の手引き書だが、いったい誰がこれを制作し、配布しているのだろうか。
 
大量の「難民」流入を支援するジョージ・ソロス
 この手引き書を制作・配布しているのは、ユダヤ系ハンガリー人で、アメリカ国籍の世界的投資家ジョージ・ソロスの慈善団体、Open Society Foundation(OSP)ではないかと言われている。実際、OSPが運営しているのではないかと考えられるWebsite(http://www.w2eu.info)にアップロードされている情報から、この小冊子が制作されている。このサイトは2010年から運営されていて、継続的に欧州への「不法移民」を支援している。
 ハンガリー首相オルバンは10月30日、「OSPの活動家がそのネットワークを利用して、不法な移民流入を手助けし、民族国家を弱体化させ、欧州の伝統的生活様式を破壊使用としている」と、ソロスを名指しで批判した。
 これにたいして、ソロスは、この批判事実を否定することなく、「オルバン首相の提案は難民を邪魔者扱いし、国境を守ることだけを目的にしている。われわれは難民救済を目的にしており、そのために国境は障害物なのだ」と自らの主張を鮮明にした。
 ジョージ・ソロスが、「国境を守る価値はない」と主張している点に注目すべきである。彼の目的達成にとって、国境を蔑ろにする不法入国は、まったく問題ではないのだ。

欧州「左翼」と市場原理主義の主張が一致
 ハンガリーの元首相ジュルチャーニィは、オルバン首相との違いを鮮明にさせるために、自宅にシリア人家族を招き、それをCNNで実況インタヴューさせる手の込んだパフォーマンスを行った。腐敗にまみれ、新自由主義的経済政策で政権を失ったジュルチャーニィだが、欧州「左翼」の親「難民」路線を体現することで、自らを欧州左翼の一員として印象づけることに狙いがあった。しかし、ハンガリーで彼を「左翼」と考えている人はごく少数であり、筆者は典型的な新自由主義的オポチューニストだと考えている。
 ハンガリー現政権と良好な関係にない諸国は、民族主義者オルバン首相の反対者が「左翼」だと短絡的に捉え、ジュルチャーニィを支援しているが、これは大きな間違いである。
 それはともあれ、一時的に「難民」を自宅に招くことにそれほど大きな努力は必要ない。しかし、もし一家族とはいえ、ジュルチャーニィ家で長期に一緒に生活することになれば、すぐに様々な問題が出て来る。幸い、お茶を飲むだけで、翌日には別のシリア難民を招待しているようだから、気楽に「難民」を呼べるわけだ。
 CNNでジュルチャーニィが紹介したシリア人家族は、3人の妻と6人の子供を抱える10人家族である。この家族が欧州で生活を始めようとすれば、まず社会保険の取り扱いから問題になる。配偶者を3名とすることはできないから、第一夫人以外は婚外の同棲者として取り扱わなければならない。それぞれの子供をどのように扱うのか。子供を育てる夫人たちには語学を習得することなど不可能だろうから、この家族がどの国に定住しようとも、当該社会に同化するのは非常に難しい。しかも、一定の滞在期間が経過した後に、本国に残した親族を呼べるとなると、この家族の集団は2倍3倍にも膨れ上がる。ドイツならまだしも、貧乏国のハンガリーが多数の扶養家族を抱える「難民」を受け入れる余地はほとんどない。
 しかし、欧州の伝統的な左翼である各国の社会民主党は、ドイツにおいても、オーストリアにおいても、「難民」の無制限許容を主張している。社会民主党の政治家の主張と、社会の不安定化を危惧する民意との間には大きな乖離があるが、古い思考の「欧州左翼」は自らの主張以上の提案を持たない。大量の「難民」・「移民」流入という緊急事態に直面していながら、無制限な「難民」受入を主張するのは極めて無責任だ。その意味で、欧州左翼の主張は、無責任な無政府的イデオロギーになっている。
 非常に興味深いのは、左翼の無責任アナーキズムとソロスの主張が合致していることである。それは、ソロスが「左翼」だからではなく、市場原理主義者だからである。つまり、市場原理主義者と無責任なアナーキズムは、ともに民族国家や国境を不要とする意味で、共通しているのである。

 マルクスが看破したように、資本に国境は要らない。資本の自由移動に、国境は障害物である。しかし、労働力は資本と違い、人格をもった人間である。だから、労働力を非人格的な資本と同様に扱うのは大きな間違いである。人格をもった労働力として「移民」は、状況が変化すれば、何時でも社会の対立物になり得る。オランダやベルギーのイスラム系青年の調査でも、6割が永遠に当該社会に同化できないと答えている。イスラム系移民の長い歴史をもつこれらの諸国において、しかも適応能力のあるはずの若者ですら、大きな疎外感を抱えて生活している。
 欧州委員の中には、ソロスの主張に同調して、欧州は年間100万人、数年で300万人の「移民」を受け入れることによって、欧州の経済発展の土台が築かれると楽天的に考える政治家もいるが、「移民」をたんに労働力として考えるのは大きな誤りである。
 「難民」クォータに反対する中・東欧の小国は、将来の社会的対立物を内部に抱えたくないのだ。EUの「難民」クォータに反対するのは、無知からでも恐怖からでもなく、将来の社会不安の種を抱えることを拒否しているのだ。

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