2015.12.03   アメリカ軍事基地廃止のために-書籍紹介
小川 洋(大学教員)

デビッド・ヴァイン著『基地国家‐アメリカ海外軍事基地がいかにアメリカと世界を傷つけているか』(未訳) “Base Nation: How U.S. military bases abroad harm America and the world,” Metropolitan Book, 2015. 432p.

 2011年、当時の米国務省日本部長だったケビン・メアの「日本人は怠け者でゆすりの名人」発言が記憶にある人も多いだろう。発言をインタビューのなかで引き出したのはアメリカン大学の学生たちだったが、『基地国家』の著者デビッド・ヴァインは、その指導教員であり、ワシントンにあるアメリカン大学の准教授だ。
 ヴァインは人類学者である。インド洋に浮かぶディエゴ・ガルシア島の基地建設に際して理不尽にもアフリカなどに追放された元住人たちの現状調査に基づいた『恥ずべき島‐ディエゴ・ガルシア島の米軍基地の隠された歴史』(未訳)を2011年に出版している。彼はその前後から数年間にわたって世界各地に広がる米軍基地を調査し、国内外の米軍関係者や海外基地の周辺住民などへのインタビューを重ね、今回の出版に至っている。国際政治学者でもなければ、軍事問題の専門家でもない。それがこの本の強みであり、世界中に展開されている米軍基地を市民的視点で観察し論じ、アメリカは海外基地を引き払うべきだとする結論は、強い説得力をもつものになっている。

 本書は序章と5章17節からなり、構成は以下のとおり。
第一章 成り立ち(基地国家誕生、リトル・アメリカから蓮の花へ)
第二章 足跡(排除、植民地支配、独裁者との友好関係、危ない連中、有毒廃棄物)
第三章 労働力(服務、売春、軍隊調男らしさ)
第四章 財政(請求書、受益者、軍事建設業)
第五章 選択(「ゆすりの名人」、もう充分、蓮の花戦略、真の安全とは)

序章はアメリカが海外に展開している基地の総数と運営経費などの推定から始まる。基地の定義には明確なものがなく、国防総省さえもが正確な数字を把握していない。ヴァインは、70カ国に約800カ所の基地があり、家族や従業員も含めて50万人のアメリカ人が海外基地に所属し、その費用は年間20兆円に達すると推定している。

第一章では、1830年にジャクソン大統領が先住民排除とヨーロッパ移民に農地を与える政策を打ち出した時から軍事基地建設が本格化したことを指摘し、アメリカの「防衛の歴史」が、常に「国益」拡張のために「外敵」を探して叩く性格があったことを示唆する。その意識は根強く、現在も海外基地のスタッフは自分たちの駐留する土地を、アメリカ先住民を意味する侮蔑的呼称である「インディアンの国(Injun Country)」と表現しているという。

 第二章では、アメリカ軍が基地運営の都合上、中南米はもちろん世界各地で独裁者を支持し、時には犯罪組織さえも利用してきたことを指摘する。第二次大戦中のイタリア戦線においては、当初からマフィアとの深い関係が生じたことを克明に紹介している。アメリカ軍の手足となって基地建設に協力した現地マフィア組織は、より大胆に不法行為を行うようになったという。ナポリ周辺では放射性廃棄物までも含む大量のゴミの不法投棄が深刻な土壌汚染をもたらし、現地のアメリカ軍人たちの生活をも脅かすに至っている皮肉な事例も紹介している。

 第三章では、ドイツ、イタリアあるいは韓国さらに日本の米軍基地周辺の売春に従事する女性の統計データと実態が丹念に紹介され、軍事基地がどれほど現地社会を歪めてきたかを説明し、読むものを暗澹たる気持ちにさせる。さらに女性兵士の3人に1人が同僚からの性的暴行の被害にあっているとする調査もあり、アメリカ軍男性兵士の性意識の歪みがアメリカ軍自体の文化に深く根差していることを指摘している。

 第四章では、軍事企業であるハリバートンなどによる基地運営の民営化の広がりを取り上げている。基地内の生活サービスの効率化、迅速化などをうたっているものの、従来の基地スタッフの提供するサービスの2,3倍の予算規模となっていること、政府の支払いを受ける企業の多くは本社を海外に置き、タックス・ヘブンを利用した納税回避が当然のように行われていることなどを指摘する。

第五章の最初の節は「ゆすりの名人」で、大半を沖縄基地の歴史と現状の解説に費やされている。表題が括弧付きになっていることからも分かるように、ヴァインは日本部長だったメアの議論に同調してない。ヴァインは沖縄が日米戦争末期、一般住民も巻き込んだいかに凄惨な戦闘の場になったか、また占領後のアメリカ軍が民生をまったく顧みない基地建設を強行してきたかを指摘している。しかも現在、その軍事的存在意義に重大な疑問が投げかけられている海兵隊が、自らの既得権益を守るために居座ろうとしていることを指摘し、米軍沖縄基地こそが、アメリカ人たちを「ゆすっている」のだとしている。

ヴァインは本書の随所で、組織としての国防総省がいかに官僚主義に毒され、自己の権益を守ることに汲々としてきたかを繰り返し指摘している。予算削減が進むなかで、議会などからの厳しい批判を免れるため、用語のすり替えで誤魔化すことを常套手段としていること、また現地の基地反対運動に対しては、撤退による地域経済への打撃を地元政治家などへの脅しとして利用していることなどである。もっともヴァインの調査では、多くのケースで基地撤退後、2,3年後には基地依存は清算され、新たな産業がうまれているという。

 世界各地の米軍基地が置かれている状況を丁寧に描く本書を通読することにより、在日米軍基地の問題を、世界各地の米軍基地の動きのなかで捉え直すことができる。たとえば、アメリカ政府とくに国防総省の目からは、我々が考えている以上に反米基地運動が深刻に受け止められていることに気付く。アメリカとしては辺野古基地が完成したとしても、反対運動によってその自由な利用が困難になることを計算しなければならなくなる。またとくに海兵隊自体が不要な軍組織であることがアメリカ国内でも認識されつつあり、日本国民とりわけ沖縄県民の抗議はアメリカ議会の動きと連動する可能性もある。

アメリカの海外軍事基地見直しの動きの背景には、アメリカ政府財政の窮乏化がある。保守的な共和党上院議員さえもが、ヨーロッパとアジアに配置されているアメリカ軍を2021年までに3分2まで削減することを提案している。他にも共和党、民主党の双方から海外の軍事基地撤収が提案されている。ある有力新聞のコラムニストは、「ドイツにある米軍基地を引き揚げたらロシアが侵攻してくるのだろうか」と問いかけている。抑止論などの軍事理論に基づく議論が、常識的議論によってその空虚さが明らかにされ、覆されつつある。アメリカ政府財政の逼迫が進む中、これらの議論は今後ますます勢いを増していくであろう。
それにしても、極東の島国の一部の政治家や一部マスメディアの、アメリカ軍が撤退したら「沖縄は中国に取られる」というような議論を真顔でしている周回遅れの様はなんなのだろう。アメリカの政治指導者層の間に、やっと正気を取り戻す流れが強まりつつある。戦争終結70年、冷戦終結25年の現在、アメリカの正気と日本国民の賢明さによって、日本の米軍基地という戦後の歪みを清算できる時期が来ている。
Comment
■小川洋様
フィールドワークに支えられた世界の米軍基地の実態、歴史的意味にまで拡がる問題意識をもつ論考の紹介に大いに蒙を啓かれました。有り難うございました。
半澤健市 (URL) 2015/12/03 Thu 08:55 [ Edit ]
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() 2015/12/03 Thu 10:21 [ Edit ]
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