2015.12.05  ミルクはどうやってバターやチーズになるか
     ――八ヶ岳山麓から(166)――

阿部治平(もと高校教師)

このたび平田昌弘著『人とミルクの1万年』(岩波ジュニア新書2014年)を読むことができた。
内モンゴルの牧民家庭で乳加工をみたとき、その多様な製品と複雑な製法を結びつけるのに苦労した。ところが中国青海省のチベット人地域では、乳製品の種類があまりに少ないのにあきれたことがある。生活文化はまるで隣りあわせなのに、どうしてこんなことがおきるのか。
著者の平田さんは、「フィールドで観察していると、牧畜民が実践する乳加工の意味を、理解することが難しいことが多々あります……このような乳加工も、ミルクに関する知識を用意しておけば、それらの難解な工程も読み解くことができます」という。
――おっしゃるとおりでありました。本書を読んで乳加工についてようやく頭が整理されたので、自分だけではもったいないと、これを皆さんに紹介します。

平田さんは乳加工の技術体系をもっとも初歩的なところから説き始める。
ミルクは血液から作られる。1ℓのミルクを生産するのにウシは500ℓもの血液を費やす。そして、牛乳の87.7%が水、固形分12.3%のうち3.8%が脂質、3.0%が蛋白質、4.4%が糖質だとして、ミルク成分それぞれの科学を語る。そして梅棹忠夫・中尾佐助・谷泰・石毛直道といった先学の学説をふまえながら、異なった乳加工技術の地理的分布を乳文化発展の歴史として我々に教えている。

西アジアでヒツジやヤギを家畜化したのが1万年近く前、搾乳はおおよそ9千年ほど前から、乳加工はやはり西アジアから始まった。乳酸菌はたいていのところにあるから、気温が一定以上なら乳酸発酵は自然に進んで生乳はヨーグルトになる。それを皮袋や木桶などの容器に入れて、長時間かき回したり揺さぶったりして脂肪分をとりだしバターをつくる(この過程を攪拌・振盪という)。残りはバターミルクだが、これから水分を追出して未熟成の乾燥チーズをつくる。「醗酵乳(酸乳)系列群」である。これが根源的な乳加工方法でユーラシア各地に伝播した。

北方アジアは冷涼な気候だから、乳酸菌の働きが遅れ生乳を静置しておくとヨーグルトができる前にクリーム(主に脂肪分)が上に分離してくる。クリームをかき回したり揺さぶったりしてバターを取出す。クリームを取り出した後に残るスキムミルクはチーズに加工する。もちろんヨーグルトからバターを取出さずにチーズをつくることもある。これが「クリーム分離系列群」である。これには馬乳で知られる乳酒加工がついている。

ユーラシアではこれら二つの系列が乳加工の土台となった。
西アジアには生乳に(乳酸菌のかわりに)仔ヒツジの第四胃の切端を加えて凝固させ、水分を追い出してチーズにする方法がある。「凝固剤使用系列群」である。これが冷涼ヨーロッパに伝わると(反芻動物第四胃由来の)レンネットを加えて凝固させ、さまざまな熟成チーズにみちびくようになった。熟成というのは乳酸菌などを長期間働かせてうまいチーズにすることである。
さらに「加熱濃縮系列群」がある。たとえば熱暑のインドに「発酵乳系列群」の方法が伝わると、牧民は腐敗を防ぐために生乳をまず加熱殺菌をしてからヨーグルトにする。これからバターを取出し、さらに鍋で加熱して上澄みをすくいバターオイル(ギー)にする。残りのバターミルクはそのまま料理に使う。この系列ではチーズが存在しない。ところがインドの都市・農村の乳製品は牧畜民とは異なり、以上四つの系列がすべて存在し、製品は乳果を中心にきわめて多様である。
私はインドヒマラヤへ3回も登山に行って、そこでダヒというヨーグルトもギーも乳菓も食べ、牛飼カーストのグジャールの人々とも会ったのに、乳製品の由来を考えることもなく、また乳加工の現場も見てこなかった。仁和寺の法師さながら。ものを知らないというのはこんなものです。

チベットでも搾乳と加工は夏の女の仕事だ。長時間の重労働である。
搾った生乳を布で濾してゴミや垢や毛を除いてから、木桶に入れておくと上下に分離する。分離の過程で乳酸発酵があるが、これは「クリーム分離系列群」に入ると思う。浮いてきたクリームをすくって桶に入れ、長時間棒でかき回すと脂肪分が集まってくる。この仕事はいまは遠心分離機を使うから早い。これをソフトボールのボールくらいに丸めて冷たい水の中に入れて固める。これがチベットバターでマリという。マリにはまだバターミルクや乳酸菌もかなり入っている。ヒツジの胃袋に入れて保存する。マリをとったあとにもなお脂肪分がかなり残っている。かき回してまたマリを取出すこともある。大量に生産したときはヒツジ1頭分の皮袋に入れておく。いまでも町の雑貨屋に、バターがはいったヒツジの胴体でできた皮袋が並んでいることがある。

チベット人地域で教員をしていたとき、学生が「借金を返したいがカネがない」といってヒツジの胃袋に入ったバターをもってきたことがあった。あまり大量なので悩んだら「マリを鍋で温めて上澄みをすくえば半年はもつ」といった。その通りやると透明なバターオイルが上に浮き、バターの中に残っていたバターミルクのかたまりが沈んでいた。
スキムミルクを木桶に入れたままにしておくと乳酸発酵して蛋白質が浮上してくる。これを布袋に取ってテントの柱などに吊るして脱水する。下に落ちる水いわゆるホエイは犬の飲料水にする。ホエイにはまだかなりの蛋白質や乳糖があるから、考えようによってはもったいない。
脱水した固りを団子にしてテントの屋根で乾かして、チュラという半醗酵の乾燥チーズをつくる。もちろん生乳ヨーグルトからチュラをつくるところもある。団子を米粒くらいの大きさに砕く。極端にいうとチベットの乳製品はバターと乾燥チーズ、この二つだけである。

いま、私たちNPO法人「上游会―デルゲルフー基金」のメンバーは、チベット人地域の現金収入の道を、漢方の「妙薬」チベット特産の冬虫夏草から乳製品にかえるよう提案している。冬虫夏草は薬効が確認できないから将来暴落する恐れがある。
チベット高原のヤクの乳は乳脂肪7%前後、乳糖・乳蛋白各5%前後である。いずれもホルスタインよりは高い。これを放っておく手はない。在来のヤクのマリにはいい匂いのするものとアンモニア臭がするものがある。家畜の乳房は排泄口の近くにあるから、悪臭は糞尿が少し入るからかもしれない。衛生に注意して搾乳すれば悪臭は消える可能性が高い。そうなれば売物になる。
チュラは硬くて茶に入れてもなかなか溶けなかった。チベット人は「しゃぶっていれば自然に溶ける」といったが、まずくてこれでは商品化できない。
そこで「チュラからチーズはできないか」というのが私たちの課題になった。獣医の古橋武さんが、フランスの液状チーズのカンコワイヨットが脱脂乳を原料としているのを思い出して、硬いチュラ―を粉末にしたが、どうしてもミルクや水になじまない。我々はいま、水分を抜く前の柔らかいチュラを原料とした液状チーズを試作中である。

それにしても疑問は残った。
著者の平田さんもわからないというが、西アジアの牧畜民はいまも乳酸発酵で生乳を固めるほか、仔ヒツジの第4胃の断片を凝固剤として使っている。ヨーロッパにはこの凝固技術が伝達され、たいへんに発達したのだが、どうしてモンゴル・チベットには伝わらなかったのだろう。
また西アジアではヒツジやヤギから乳を搾る。チベット人地域でもところによってはヒツジ・ヤギからも搾乳するが、中国青海省のチベット人地域でこれを聞いたら「ヒツジの乳を搾るなんて。ここじゃ笑われてしまう」という答えだった。彼らはヤクと、ヤクと普通のウシの混血牛からしか乳をとらない。どうして地域によって搾乳する家畜が違うのだろう。いまのところ習慣の違いだというしかないが。

遊牧生活は市場経済の浸透、環境保護や徴税、義務教育などさまざまな理由でいま世界中から転換を迫られている。そのうえ西アジアや北アフリカは大国の干渉によって激しいテロと内戦が生まれ、牧民も死ぬか生きるかの状態だ。それとともに乳加工の豊かな文化も消えようとしている。
すでに内モンゴルのモンゴル人学生からは牧畜技術の知識がほとんど失われている。モンゴル人も加わった『内モンゴルを知るための60章』(明石書店 2015)にも乳加工文化の項目がない。じつに残念な時節がきたのだと思っていたとき、本書に出合った。
食卓にバター、チーズ、ヨーグルトなどが並んでいたら、どのような因縁でこれら乳製品がミルクから生まれたかお考えいただきたい。そしてぜひ『人とミルクの1万年』を見ていただきたいと思う。
これはジュニアだけの読物ではありません。
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