2015.12.10  中国にとり憑いているものは? -2
(新・管見中国 2)

田畑光永(ジャーナリスト)

中国の夢! (上)
前回は2012年の尖閣諸島をめぐって対日態度を硬化させて以来、現在の南シナ海の人工島建設に至るまでの、海へ!海へ!という習近平政権の行動をふり返った。そこで確認したことは、強引な海での権利主張が予期したはずの成果を上げるどころか、「現状を力で変えようとする中国」という国際的な評価を招いて、自国の外交環境を悪くしてしまった事実である。
 今の中国は自らを大国と規定してはばからず、他国は中国という大国に対して相応の敬意、あるいは譲歩を示すべきだと考えている。それが端的に表れているのが、米に対して「新しい大国関係」を求める姿である。大国同士のつき合いは大国対中小国、あるいは中小国同士のつき合いとは違うべきだというのである。そこにはかつて「国に大小なく、革命に先後なし」(後半は「先に革命を成し遂げた国ほどえらいということはない」という、暗にソ連を批判したたとえ)と高らかに宣言した平等主義はない。
 では、「大国」の実態とその外への表れ方はどういうものかが今回と次回のテーマである。
 習近平が中国共産党の総書記に就任して、トップの座についたのは2012年11月の中国共産党第18回党大会であった。その直後、11月29日に習は党幹部を引き連れて国家博物館で開かれていた『復興之路』と題する展覧を見た。その後「中国の夢」と言い慣わされる言葉が習の口から出たのはその際である。
 「中華民族の偉大な復興を実現することこそ、中華民族の近代以来の偉大な夢である」と習は言った。誰しも夢を持つことに、ほかからとやかく言われることはない。しかし、このあたりさわりのない「夢」という言葉にこめられていたのは、改革開放政策に歩み始めて以来の成果を内外に宣揚して、中国という国を一段とスケールアップしようという思いであった。
 中國は中東地域とならんでもっとも早く文明を発達させ、歴史上いくつもの大帝国を生んできた。しかし、19世紀半ば以降、産業革命を経て経済力を強めた西欧列強に屈し、アヘン戦争に始まる百余年の屈辱の近・現代史を辿って、中華人民共和国の成立にこぎつけたのであった。それまでの中国といえば、民は貧しく、国は弱かった。
しかし、新国家建設後も順調に国力を充実させてきたわけではなかった。相次ぐ政治闘争に国は疲弊し、民の暮らしはいっこうに改善されなかった。ようやく経済発展を最優先目標に掲げて、鄧小平の下で改革・開放政策に踏み切ったのは1970年代末のことであった。
 そして30年余、2010年にGDP総額で当時世界第2位にあった日本を抜いて、中国はグロスでは米に次ぐ世界第2位の経済大国の地位に着いた。その中国を引き継いだ習近平が言う「偉大な復興」とは、「民は貧しく、国は弱い」中国を「豊かで強い」かつての「中華帝国」を再現することにほかならない。
 それではまず、その経済大国の内実の姿はどのようなものであるのか。なるほどGDP総額は30年間に大きく伸びたことはまごうかたない事実ではあるが、昨年夏に報道された印象的な数字がある。
 昨年7月25日の『人民日報』電子版に載ったのだが、北京大学中國社会科学調査研究センターが発表した「中国民生発展報告2014」によれば、中国の家庭について財産、消費様式、医療支出と負担、家計、住居、主観的な幸福感の6項目を調査した結果、判明したのは、なんと最上層1%の家庭が全国の家庭財産の3分の1以上を所有している一方、下層の25%の家庭の財産総量は全体の約1%に過ぎないという衝撃的な数字であった。
 そして貧富の格差を表わし、数字が0.4を超えると、社会の安定が危うくなるとされるジニ係数が0.73に達しているということであった。中國で貧富の格差が大きいことはかねて知られてはいたが、その実態が権威ある機関から具体的な数字として示されたのは珍しいし、その後、これに類する調査結果は発表されていないはずだから、これが最新の数字である。
 「爆買い」騒ぎのおかげで、中国人は金持ちだというのが世界的な定説になりつつあるが、GDPを1人当たりに平均すれば、まだ日本の数分の1であるし、内部には大きな格差があって、中国人全部が金持ちでないのは勿論、底辺の人々はとても大国の民とは言えない状況にある。
 勿論、それは政権もよく心得ていて、貧困退治に力を入れてはいる。改革・開放路線に転換した1978年当時は、中国には2.5億人の貧困人口がいたが、それが2010年には2688万人にまで減った、とされた。ただ貧困というのは国によって物価水準の違いや為替変動もあるので、基準をどう設定するかがややこしい。
 中國では2008年に1人年間収入1067元以下を貧困と定めたが、その後、その基準は2009年に1196元、2010年に1274元と引き上げられた。2688万人というのは2010年基準によるものである。
 しかし、1274元に上げても、当時のレートでは日本円にするとせいぜい2万円弱にすぎない。当時の国際的な貧困基準の「1日の収入1.25ドル以下」と比較すると半分以下である。そこで中国は習近平政権が誕生する前年の2011年に基準を一気に2300元に引き上げた。その結果、貧困人口は1.28億人へと約5倍に膨らんでしまった。それでもドル換算すると1日あたり約1ドルで、国際基準の1.25ドル(国際基準は2015年に1.9ドルに引き上げられた)を下回っている。
 その後の脱貧困政策はどのような成果を生んだか。現在の貧困人口は7017万人というのが公式発表である。この数字は1人年収2300元以下(約46000円)を貧困ラインとしたものだから、新しい「1日1.9ドル以下」の国際基準(年間約700ドル=84000円)と比べるとなお半額強にすぎない。したがって国際基準では中国の貧困層は7000万人よりずっと多くなるはずである。
それはともかく、胡錦濤政権時代の2010年に、「10年後の2020年には国民1人当たりの収入を倍増して、小康社会を実現する」ことを国家目標として決めているから、すくなくともそれまでに貧困人口を限りなく0に近づけるのが、習近平に課せられた任務であり、「大国」を標榜する以上、面子にかけても実現したい目標であるはずである。
 現在の中国基準の貧困人口7017万人を2020年までに根絶するとすれば、毎年1170万人が貧困から抜け出さなければならない。そこでこの秋は脱貧困に頑張れというキャンペーンが続いた。そして今月8日、「脱貧困決戦に打ち勝つための決定」という長大な文章が中国共産党中央と国務院から発表された(決定は11月29日付)。
 しかし、その内容は、働く能力のある5000万人に対しては「仕事で支える」、「場所を移す」、「教育を施す」、「医療救助を行う」ことで貧困から救い上げ、残る働く能力のない2000万人には「社会保障で面倒を見る」、ということが骨子で、それを飾る長大な文章は、脱貧困の意義とか、党・政府の人間はどのような決意で事にあたるべきかとか、といった一般論で埋め尽くされている。いくらの予算を用意して、どの部門に投じるとった具体的なプランはまるで見えない。ましてや先に紹介したとてつもない格差を生む経済構造には目を向けるそぶりさえ見えない。
 貧困対策という喫緊の課題への対応がこれでは、「偉大な復興」「中国の夢」は文字通り夢物語になってしまうのではないか、と思えてならない。(151209)
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