2015.12.12  忘年会
ネガティブな感情と結びついた記憶は強烈で消し去ることが極端に難しい

松野町夫 (翻訳家)

今年もまた忘年会の季節がやってきた。忘年会は年末が普通だが、年の瀬もおしつまってくると、何かとあわただしく、会場を確保するのも容易ではない。そこで団塊世代の私たちは、小中学校同窓会メンバーを中心に、同窓会を兼ねた忘年会を毎年11月下旬に開く。

忘年会は、その年の苦労を忘れるために年末に催す宴会。職場関連の忘年会が最も多いが、親友や遊び仲間との忘年会が一番楽しい。忘年会は日本や中国・台湾・韓国など東アジア特有の文化で宗教的意味合いはない。欧米には忘年会という慣習はないが、年末(year-end)に催す宴会(party)なので英語では通常、a year-end party という。日本には年末に関連する用語が多い。

忘年会: a year-end party
お歳暮: a year-end gift
歳末大売出し: a year-end sale
年末賞与: a year-end bonus
年末調整: the year-end tax adjustment

忘年会はやまとことばで「としわすれ(年忘れ)」という。「わす・れる」【忘れる】は現代の口語だが、古語辞典によると、文語では「わす・る」【忘る】だったという。そういえば、今でも「初心忘るべからず」という。現代口語の「忘れる」はラ行下一段活用だが、奈良時代、「わす・る」は、「忘れようとつとめる」と「自然に忘れる」という二つの意味があり、それぞれ活用が異なっていたという。平安時代になると主に下二段に変ったが、なお四段も併用された。

わす・る 【忘る】
1. 忘れようとつとめる。ラ行四段活用{ら/り/る/る/れ/れ}
2. 自然に忘れる。ラ行下二段活用{れ/れ/る/るる/るれ/れよ}

脳の記憶メカニズムは現在、かなり解明されており、短期記憶は海馬の働きと関係することがよく知られているが、忘却メカニズムはまだ研究段階のようである。一般に、喜怒哀楽などの感情と結びついた記憶は長期保存される傾向にある。とくに怒りや悔しさ、悲しみなどネガティブな感情と深く結びついた記憶(=嫌な思い出)は強烈で消し去ることが極端に難しい。

嫌な思い出は誰にでもある。たしかに、忘れようとつとめることはできるが、そう簡単に忘れられるものではない。嫌な記憶は忘れようとすればするほど、いつまでもしつっこく心につきまとい、私たちを苦しめる。忘れることは意志ではコントロールできないので酒で紛らす場合が多い。河島英五の「酒と泪と男と女」のように。

忘れてしまいたいことや どうしようもない寂しさに 
包まれたときに 男は酒を飲むのでしょう 
飲んで飲んで、飲まれて飲んで 
飲んで飲みつぶれて眠るまで飲んで 
やがて男は、静かに眠るのでしょう

私は寝付きがよく、たいてい数分で眠りにつくが、たまに夕方に打った囲碁が原因で寝付けないことがある。2局か3局ほど対戦し、勝ったり負けたりするのだが、眠りを妨げるのは勝ち碁ではなく、いつも決まって負け碁である。中盤の勝負どころでの自分の最初の悪手が寝床で頭をよぎると、それ以降の手順が悔しさと自己嫌悪の感情を伴って、走馬灯のように、つぎつぎとよみがえってくる。こうなるともうお手上げ。寝返りをして体の向きを仰向けにしようが、うつぶぜにしようが、右脳を下に向けようが、左脳を下に向けようが、あるいは何か別の楽しいことに精神を集中させようと努力しようが、すぐにまた負け碁の局面が鮮やかによみがえってきて、金輪際、眠りにつくことはできない。まさに、ネガティブな感情と結びついた記憶は強烈で消し去ることが極端に難しい。

このような場合、私は発想をポジティブシンキング(Positive Thinking)に変え、寝ることをあきらめて起き上がり、自分自身に言い聞かせる。「人生、失敗からより多くのことを学ぶ。次回から同じ失敗を繰り返さないようにすればさらに上達できるはず。今日は頭が冴えて眠れないけど、おかげで誰にも邪魔されずに、愛読書をもう一度じっくり読むことができる。ありがたや、ありがたや」。
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