2016.01.09 幽霊が徘徊している。ニセ活仏という幽霊が――中国官僚の思想と行動
――八ヶ岳山麓から(168)――

阿部治平(もと高校教師)

2015年11月中国で有名な俳優張鉄林の「活仏即位式」が香港の国際会展中心で行われた。彼にチベット仏教活仏の位を授けたのは、チベット仏教ニンマ派の「バイマオセル法王」である。儀式の様子がネットに流れると、たちまち「怪しい」という声が起きた。礼拝の動作や豪勢な僧衣などはチベット仏教伝統とは似て非なるもの、読経は口パクだという。
まもなく「バイマオセル法王」が活仏の認定を受けたと称する仏教寺院が事実を否定し、チベット人高僧が「あれはニセ活仏だ」と断定した。
この事実は「中央電視台」CCTVや「新京報」などメディアが取上げて、まもなく「バイマオセル法王」は呉達鎔という漢人だと暴露された。彼は1976年福建省泉州生れ。8歳の時香港に移り住み、中学卒業後仏像などの商売に従事し、のちにチベット仏教の「法王」を名乗った。8年ほどでかなりの信徒を獲得するようになった。なかには有名タレントや実業家などもいたという。
ところが事実を突きつけられると、「法王」呉達鎔はたちまち降参して、今後「法王」を名乗らないといい、弟子の俳優張鉄林らも活仏の地位を投げ出した。

これだけだとニセ坊主騒ぎで終わるはずだった。犯罪としても詐欺・横領程度。だが、このスキャンダルに中央政府の民族宗教行政責任者だった高官二人が発言したところから新たな問題が生まれた。
1人は全国政治協商会議民族宗教委員会主任の朱維群である。長年中央統一戦線部の常務副部長を担当した、チベット問題の「専門家」である。もう一人は葉小文で、1989年の天安門事件以後、中共中央の統一戦線部民族宗教局局長となり、18年間宗教行政に従事した。彼らのCCTVのインタービューは概略こんなぐあいだった。

「改革開放以来、チベット人地域と内地の交流が増加したのはよかったが、これを利用して活仏を偽称し、(中国)中・東部地区で詐欺を働くものがいる。これはチベット仏教の名誉を傷つけるばかりか、清浄荘厳な仏教に深刻な危害を与え、社会の安定と民族団結に悪い影響をもたらすものである」
「やつらは(だまし取った)カネやモノをチベット人地域に持ち帰り、各種の違法行為をおこない、もっと悪い者は分裂主義を支持する活動に使っている」
「悪人は活仏の仕事でカネもうけを企み、ウソとホントをとりかえ、人をだます。元俳優の張鉄林の活仏即位の茶番劇は、ニセ活仏をめぐる詐欺の社会風潮をあきらかにしたものだ」
高官の発言とはいえ、うっかり見過ごしてしまいそうな内容である。

ところが、チベット人地域では激しい反発がうまれた。代表的なのはチベット人学者ジャンベンジャツォのブログでの発言だ。
ジャンベンジャツォは四川省甘孜蔵族自治州理唐の人。カムパである。1951年、子供ながらラサへ進軍する人民解放軍に従軍して通訳をやり、その後のチベット人の辛い歴史の中で鍛えられた人物だ。現在中国社会科学院少数民族文学研究所研究員で、チベット文学の権威である。彼はもともと公式筋から強く要求されないかぎり、政治的発言を避けてきた人であった。私は2回会ったが温和な印象だった。ジャンベンジャツォ曰く。

――朱維群は罪をチベット人地域やチベット仏教になすりつけようとして、「やつらはカネやモノをチベット人地域に持ち帰り、各種の違法行為をおこない、もっと悪いやつは分裂主義を支持する活動に使っている」といった。いったいその「やつら」というのは誰のことだ?「分裂主義を支持する活動」をやり、「国家の安全に危害を加えている」事実があるなら犯罪じゃないか。ここははっきりさせてもらいたい。
朱維群は談話の中で呉達鎔と張鉄林の問題にひとことも触れず、批判の矛先をチベット人と僧侶に向け、ニセ活仏をかばっているのだ。彼はニセ法王と親しくし、汚い関係を結んできたのに全部隠している。
――葉小文は天安門事件以後民族宗教行政を担当し、18年余もやって来た宗教問題の「専門家」だ。彼が宗教政策を担当したおかげで、チベット仏教界は文化大革命期同様、緊張し混乱し腐敗した。葉小文は「寺院と活仏を徹底的に整頓する」として寺院と活仏を区分けして、県・地区(州)・省の各レベルの活仏を決め、地方政府が「活仏証」を発行するようにした。また活仏が高低に応じて全国から地方に至る各レベルの代表大会の代表や、政治協商会議の委員になれるようにした。
葉小文らは「活仏認証制度」という、官僚が賄賂をとる仕組みを作った。あるものは積極的に寺院に欲望の手を伸ばし、寺院・活仏のなかにも、出世昇級をめざして賄賂をつかうものが現れた。「政教分離」を提唱しながら、政府と寺院、官僚と僧侶の癒着が生まれたのである。これによって社会に混乱と腐敗がひろがった。
メディアは「活仏証があるのが本当の活仏だ」というが、それは間違っている。葉小文の輩が発行した「活仏証」をもって闊歩しているのは、人をだまし寺院の仏像を盗み売り飛ばしているニセ活仏だ。
彼らは宗教局の指導者として記念写真を撮った(ジャンベンジャツォの抗議文には葉小文らが「バイマオセル法王」と撮った写真がある)。呉達鎔と張鉄林が演じた「活仏即位」の騒ぎは表面現象で、ニセ活仏の黒幕は彼ら高官である。葉小文は呉達鎔と張鉄林からいくらもらったか!

チベットでは名僧が現れると、化身菩薩といわれ尊崇されてきた。だがその転生者が現実にあるとするのは、いかにも常識的ではない。ところがチベット仏教各宗派は宗派の勢力争いのために、15,6世紀からあえてこの方法をとって民衆の崇拝を求めた。その結果、宗派ごと高僧ごとに転生ラマ(漢語で活仏)の系列が生まれた。現在大寺院には複数、その末寺にも活仏がいるのはこのためである。
これまで各寺院は聡明な幼児の中からさまざまな証拠や占いによって、高僧の転生者を「発見」して仏教修行をさせ、あたらしい高僧にしあげてきた。十四世ダライ・ラマや十世パンチェン・ラマもそのようにして養育され大成した。
だが、今日「活仏」を決めるのは寺院・高僧ではなく、「活仏証」を発行する各レベルの宗教局である。活仏と認定されるには、寺院はまず宗教局に活仏の「活仏認定書」を申請する。それには国家宗教事務局の法令によって、地元の多数の信徒と寺院管理委員会が転生者を求めていること、転生の系統が真実にそれを伝承していること、転生者を申請した寺院が転生者の僧籍のある寺であり、また転生者を教育できることなどの条件がある。この手続きの過程で寺院が賄賂を差出さなかったら「活仏証」はなかなか得られない。

チベット人地域でも新疆(東トルキスタン)でも、民族宗教担当の高級官僚らは文化大革命期同様の少数民族を見下し統制する政策を実施して、緊張状態を作り出すのが通例だった。これによって国家予算を獲得し官僚はその余禄に十分にあずかる仕組みである。
「活仏認証制度」は新たな実入りの口である。これによって宗教局は競り市場になり、教学修行もいいかげんな活仏が世に氾濫するようになった。ジャンベンジャツォがニセ活仏というのはこれである。チベット人地域の高等師範学校の私の学生にも活仏がいたが、まったくのダメ学生だった。また横柄でいばるだけの活仏にも出会った。

中国には昨年も大規模な人為的災害があった。そのたび中国には生活安全関連の法律はないのかと聞かれる。だが産業廃棄物の規制だって建築基準だって立派な法令があり、災害防止機構がある。ただ官僚も業者もそれを守る気がない。賄賂が潤滑油となって法令は無視されている。ところがニセ活仏問題は賄賂が動くことによって「活仏認証制度」が厳格に守られているのである。
ジャンベンジャツォのブログ記事は、すみやかに公式筋?の手によって抹消された。いまはただ彼の勇気を讃え、身の安全を祈るのみ。

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