2016.01.23 中国における国有企業・腐敗・格差の関連について
――八ヶ岳山麓から(170)――

阿部治平(もと高校教師)

たまに山から下りて町の本屋へ行くと、中国関係の本がいっぱいある。だいたいは中国を暗いものに描いている。すでに20数年前、中国経済はまもなく破綻するという専門家の予言があった。いまだにこのたぐいの本が店頭に並ぶのは、中国が日本の上を行くのを好まない日本人がかなりいるからだろう。

ところが、まったく逆に中国の経済をほとんど手放しで楽観する人もいる。
雑誌「経済」(2016・1)の特集「中国経済事情」の井手啓二先生である。井手論文の内容は、習近平政権の成立から現在までの3年間のまとめと2020年までの見通しを、ところどころに留保意見をつけながら、中国の公式発表をほとんどそのまま書いたものだ。
おおまかには「中国は年毎に、急速に豊かになり、貧困層を、年1000万人をはるかに超える規模で消滅させ、近代化でも、富裕さでも、そしてもっとも見劣りする民主化でも前向きであり、先進国を猛迫している」という観点である。
井手氏は近年の成長減速化に対しても楽観的で、「中国は経済、政治、社会、文化、環境の5位一体、あるいは国防を加えて6位一体改革に取り組んでいる」という。私は総理李克強の三つの指標(鉄道貨物輸送量・銀行の融資残高・電力使用量)で見ればまた別な結論が出たかもしれないと思うのだが。

井手氏の論評は広範囲に及ぶので、ここでは目前の重要課題とされる国有企業改革と腐敗問題についてだけ少し意見をいいたい。
井手氏は、「GDPの約4割は国有セクターが担っている。15万社強の国有企業をどのように改革するのか共通見解は形成されていない」といいながら、「国有企業の株式会社化(民営化)、国有企業の混合所有化、私有企業への同党(中国共産党)の競争条件保障、『国進民進』『国民共進』の方向は広汎な一致があり、推進されてきた」という。
だが私は、中国の歴代政権は、国有企業の民営化を一部にとどめ、主要産業分野における国有企業の独占的地位を強化して来たと思う。たとえば2008年のリーマン・ショック対策では、4兆元という巨大資本を、国有企業が独占している鉄道、道路、空港といったインフラ分野に集中投資した。

国有企業改革については、すでに経済産業研究所の関志雄氏が問題点を指摘している(http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/151021kaikaku.htm)。
関氏によると、昨年9月に発表された中共中央・国務院の「国有企業改革を深化するための指導意見」は、「2020年までに……国有資本の配置をより合理的にし、才徳とも優れた経営者や技術革新能力と国際競争力を持つ国有主力企業を育成し、国有経済の活力、制御力、影響力、及びリスク対応能力を絶えず強化することである」というものである。
そのために、「政府は、国有企業の国際展開を支持し、国有企業間または他の企業とのM&Aをはじめとする提携を後押しし、世界一流水準の多国籍企業の育成を加速させる方針である」

関氏は「このような政策は、民営化を促進するどころか、逆に国有企業の独占力の強化、『国進民退(国有企業の拡大、民営企業の縮小)』、政府による経営への干渉の拡大に拍車をかけかねないなど、市場経済化の後退につながると懸念される」と批判している。私も同じ意見である。
これまで国有企業は産業主要分野を独占し多額の利潤をあげてきた。その大半は内部に留保され、2014年には純利益総額1兆2,551億元の11.0%しか国庫に納付しなかった(2020年にはようやく30%を上納することになった)。納付された利潤の大半も「国有経済構造調整支出」や「重点項目支出」「産業高度化と発展支出」という名目で、国有企業に還流している。なぜそうなるか。
答は、同じ「中国経済事情」特集の夏目啓二先生の論文にある。夏目氏は、世界の資源産業を分析したというイアン・プレマーを肯定的に引いて、「中国政府は、国有大企業を通して、石油化学、発電、銀行、金属・鉱物採掘、鉄鋼、港湾、兵器製造、自動車、エレクトロニクス、重機械、通信、航空など幅広い産業基盤の業界全体を支配し、自分たちの政治権力を維持・安定させるのに役立てている」という。

国有企業改革の停滞と腐敗問題とは密接な関連がある。井手氏は、習近平政権の「トラもハエも叩く」綱紀粛正を評価し、「公金私消」の解消、国有企業幹部の高額報酬にもメスが入り始めたという。さらに「……処長級の中級幹部でさえ、数億元の賄賂を溜め込むことができたという現実は衝撃的であり……大学の学長・副学長など大学トップの摘発は予期してはいたがショックであった」と書く。なにを今さら。すでに10数年前、私が勤務した大学でも副学長が収賄で摘発され、余生は監獄で送ることになっていた。

さきの夏目論文は腐敗構造について、大略以下のような事実を指摘している。
(夏目氏の文章はわかりにくいので私の理解でいうと)国有企業幹部には、原材料の仕入れ、製品販売など取引の際の価格やサービスなどについて、大きな裁量権が与えられる。国有企業と取引を求める業者は、権限をもつ管理者層に「人脈」を求め、これを使って取引先に一定の金額をキックバックしたり、取引外の便宜をはかることによって、取引を成立させるのが一般的である。当事者に法に抵触するか否かといった意識はとくにない。
夏目氏は、さらに「環境汚染物質の排出基準値に影響を及ぼす国家環境保護総局傘下の機関には資源・エネルギー国有企業の幹部や役員が着任している」など構造汚職の温床を指摘している。また管理者層が受け取る「ビジネス慣行」は彼らの平均月額(賃金?)の約5倍との報告もあり、この「慣行」が中国では広く「認知」され、それが所得格差を生み、大企業の製品やサービスの質と価値を低下させる原因となっているという。

すでに習近平政権以前の2010年、中国政府は富の偏在はアメリカよりも極端だと認めていた。官僚や利益を独占する少数グループに富が集中し、国有企業の幹部の平均給与は一般社会人のそれの128倍だった。電力、通信、石油、金融など主要国有事業の従業員数は全国の8%にも満たないが、給与と給与外収入の総額は全国の給与総額の55%を占めた。これに福利・待遇なども含めば、実際の社会格差はさらに大きくなる。さらに、集計されていない都市住民の所得は4兆8000億元に上ると予想され、その多くが都市住民家庭の10%を占める高所得者で、未集計所得の4分の3を占めた(中国網日本語版2010・6・10)。
中国のジニ係数は長年社会的危険が増すという0.4を越えている。2014年になっても0.469であり、全人口の10%にあたる富裕層が国全体の64%の資産を持っている(中国網日本語版2015・1・25)。

こんにち、海外「爆買い」観光に出かける人々は、東部大都市に偏る高所得層である。その「未集計所得」のかなりの部分は、さきの「ビジネス慣行」によるものではなかろうか。
中共中央の国有企業に対する位置づけがイアン・プレマーのいうようなものであり、そのうえ中共中央上層部が国有企業の利権に直接絡んでいれとすれば、彼らがこれ以上の国有企業改革に消極的になるのは必然である。地方では各レベルの党書記の異動があれば政策が変わるが、行政が企業経営に口を出し、官僚が億単位のカネを溜め込むのは変わらない。
習近平政権が司法の独立を認めこの利権構造を破壊するなら、井手氏のように国有企業改革は本気だとか、腐敗追及は「聖域なき摘発」だとか、格差是正には真剣だとかいえるだろう。だが庶民はなにも変わらないのを知っているから、中高級幹部が失脚するのに拍手を送る一方で、習近平の腐敗追及を「派閥抗争だ」と思っているのである。

中国が高成長から安定成長への転型期の舵取りを間違わなければ、今後数年間は不安定要素はありながらも成長を続け、GDPはアメリカに追いつくかもしれない。というのは経済成長の空間がまだあるからだ。だが、その後世界一の軍事力をもち金融において世界を支配する覇権国家になる可能性はかなりあやふやだ。
井手氏は、社会主義的混合経済と資本主義的混合経済の主たる相違は、前者が国民の共同富裕を目的として国民経済の運営を行う点だといい、中国が「共同富裕化を行おうとしており、先進国化の展望を明らかにしてきている」という。だが私は長年住んだ中国で、共同富裕・社会的公正実現のきざしを見出すことはできなかった。したがって「社会主義市場経済」といえば社会主義だとか、社会主義を目指すとかと考えるのは、現実軽視ではないかと思っている。

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