2016.02.03  サウジ、イランと断交 シリア和平交渉は難航
    反体制派代表団の構成でもめる

伊藤力司 (ジャーナリスト)


昨秋以来ケリー米国務長官が数回訪露してラブロフ露外相と会談を重ねた結果、シリア紛争の和平交渉がようやく途に就きかけたところ、1月6日サウジアラビアがイランと断交という重大ニュースが発生した。悪くすると和平交渉がとん挫するかもしれない。

シリア内戦は間もなく5年を数えるが、今日も政府軍と反体制派武装勢力が近代兵器を駆使した残酷な殺し合いが続いている。シリア人口約2,200万人の半数が、死亡または国内避難民、国外に出た難民に数えられるという惨状だ。1日も早く和平交渉を進めて、殺し合いをストップしなければならない。

シリアのアサド政権を倒そうとする反体制側は、今や世界最悪のテロ集団となった「イスラム国」(IS)をはじめ、アルカイダ(AQ)系のヌスラ戦線などの過激派武装集団やムスリム同胞団系のイスラム軍、さらに政府軍から離反した将兵で構成する自由シリア軍などが割拠して政権側と死闘を続けている。これらはいずれもイスラム教スンニ派に属する集団である。

欧米諸国とサウジアラビア、トルコなどスンニ派諸国は反体制派を支援してアサド退陣を要求、逆にロシアとイスラム教シーア派のイラン、イラクなどはアサド政権擁護の立場だ。欧米諸国・スンニ派諸国はこれまで、反アサドを理由にISを側面支援してきたが、昨年11月のパリ同時多発テロ事件を契機に米ロ交渉が進展した結果、欧米中露イスラム圏が一丸となって「公敵ナンバーワン」のIS撃滅を優先させるとのコンセンサスが生まれた。

国連保理は昨年12月18日、国連が仲介してシリア和平交渉を始めるとの決議を全会一致で採択した。これまで和平交渉の前提条件としてアサド退陣を要求していた米欧・スンニ派側が、その前提条件を外すことに同意した結果である。ウクライナ紛争をめぐって「冷戦再燃か」とまで言われた米露関係だが、IS退治優先では一致した。

関係者が一堂に会する和平交渉は1月25日にジュネーブで始まる予定だったが、サウジアラビア・イラン断交の余波で1月29日に延期された。ところが1月29日は、反体制側代表団がジュネーブに到着せず、アサド政権の代表団と調停役のデミストラ国連特使が顔を合わせただけという変則的な交渉開始となった。

サウジの首都リヤドに集まった反体制派各派が代表団の構成で合意できなかったためだが、1月31日になってようやく反体制側代表団もジュネーブに到着、デミストラ国連特使と会見した。しかし同特使は当面、双方の代表団が一堂に会することは不可能と判断、特使が個別に別々の代表団と会談して調停するという変則的な協議を続ける予定だ。こんなことでは緊急に求められている停戦合意の見通しも立たない。

反体制側には思想的にISに近いサラフィスト派や、「9・11米中枢同時テロ」のアルカイダ(AQ)系などの過激派が混在している。国連決議に基づいて和平交渉を取り仕切る国連特使としては、これらテロリストとみなされるグループを排除しなければならない立場にある。国連側は反体制派のスポンサーであるサウジ側にテロリスト系を代表団から外すよう迫ってきた。そのせめぎ合いが交渉開始日まで決着が着かなかったのだろう。

反体制派各派はいずれもサウジから資金提供を受けてきた。そのサウジ政府は1月2日、5年前に国家騒動罪で死刑判決を受けていた同国のシーア派指導者ニムル師を斬首処刑に処した。これに反発したイランの群衆がテヘランのサウジ大使館を襲撃して放火。ローハニ・イラン大統領は直ちに遺憾の意を表明したが、サウジ政府は6日にイラン断交を宣言した。

ペルシャ湾岸を挟むイランとサウジはいずれも世界有数の大産油国で、中東の覇権を争うライバル関係にある。イランは国民の95%がシーア派の信徒で、この国は事実上シーア派の総本山のような立場にある。一方のサウジは、イスラム教の聖地メッカやメディナを抱えていることから、スンニ派の代表を自認している。サウジ国民の85%はスンニ派だが、東部ペルシャ湾岸に住むシーア派が15%を数える。

これまでサウジは中東の親米国ナンバーワンとして自他ともに許していたが、そのアメリカ・オバマ政権がイランの核開発問題の交渉にけりをつけ、欧米側のイラン経済制裁が解除されることが確定した。こうした経過を苦々しい思いで眺めていたサウジのサルマン国王が、イランを挑発する結果になることを承知の上でニムル師の処刑、さらに対イラン断交に踏み切った。シリア和平交渉開始を前にイラン側に一撃を浴びせたわけだ。

イラン核疑惑は2002年に亡命イラン反体制派が、イラン政府は核兵器開発を目指してウラン濃縮を進めていると暴露したことから表面化した。以来国連安保理常任理事国5か国とドイツの6カ国が、イラン政府に核兵器開発をやめさせようと辛抱強い交渉を続けた末、イランが核兵器開発につながるウラン濃縮を制限するという条件を呑んだことで、欧米側がイランに課してきた経済制裁を解除するという合意が成立した。

 アメリカには「軍産複合体」(Militaro-industrial complex )という悪名高いロビー団体がある。退役した陸・海・空・海兵隊4軍の将官や国防総省の元高官、軍需産業のオーナー、軍需工場立地地域を地盤とする政治家などが、米国製兵器の売り上げに資する国際情勢を導くようホワイトハウスや国防総省、連邦議会に工作する専門家集団。言うなれば「死の商人」のコンツェルンである。

この「軍産複合体」の存在がアメリカの政治・経済・社会を歪ませる危険を含んでいることを最初に警告したのが、何と第2次世界大戦の英雄で1955~61年に大統領の職にあったアイゼンハワー元帥である。元帥は1961年1月、ケネディ次期大統領の就任を控えた自らの離任式で、初めてMiritaro-industrial complex という言葉を使って、アメリカ国内に巣食う危険に警告を発したのである。

 しかし60年代以降のアメリカは、ベトナム戦争(1965~72)、イラク・イラン戦争(1980~87)、湾岸戦争(1991)、アフガン戦争(2001~)イラク侵攻(2003~11)と、次々に本格戦争に関与して軍産複合体を喜ばせてきた。前ブッシュ政権によるアフガン、イラク侵攻のツケを払わされたオバマ政権は、現在のシリア紛争でも空軍による空爆と小規模な特殊部隊しか介入させず、軍産複合体の望む地上軍の大規模介入を避けている。

 それは必ずしもオバマ政権が平和的だからというわけではなく、長期化したイラク戦争とアフガン戦争であまりにも巨額な軍事費を使い、世界一の経済大国であるアメリカに世界一巨額な財政赤字を生み出したからである。それでも軍産複合体はシリア、イラクで戦乱が続くことを望んでいる。戦乱が続く限り兵器は必要であり、兵器の最大輸出国であるアメリカの軍需産業は栄えるからである。

 軍産複合体にとって、第2次世界大戦後70年間紛争の絶えたことのない中東は最高の稼ぎ場である。軍産複合体の申し子とも言うべきネオコン(新保守派)は、チェイニー国防長官、ウォルフォウィッツ国防副長官らがブッシュ共和党政権の中枢を占め、アフガン戦争、イラク戦争を推進した。

ネオコンと一線を画したオバマ民主党政権は、軍産複合体とイスラエルが組んだタカ派路線から距離を置いてきた。とはいえ2014年11月にC・ヘーゲル国防長官が突如辞任、A・カーター氏が後任に就任した「事件」の影には軍産複合体の影響力が指摘されている。ともあれカーター国防長官が登場して以降、南シナ海をめぐる対中関係や中東政策で、米国の方針が以前より強気になったことは否定できない。

こうした状況下、サウジはイランが強く反発することを十分に予測しながら、敢えてニムル師の処刑に踏み切った。しかしオバマ政権は、シリア和平交渉を積極的にバックアップしてIS征伐を優先することを内外に公約している。サウジがどこまで交渉にブレーキをかけられるかが問題である。

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