2016.02.02  一国二制度18年後の現在――香港銅鑼湾書店事件を追って
   ――八ヶ岳山麓から(171)――

阿部治平(もと高校教師)


昨年10月来、香港銅鑼湾書店の関係者4人が、さらには年末にもう1人が失踪したことが日本の各メディアで報道されている。いまだ全貌は明らかでないが、今年に入って少しずつ、事件の経過がわかり始めた。

さる1月17日夜、中国新華社通信は、香港銅鑼湾書店店主で昨年10月にタイで行方不明になっていた桂敏海氏について、「交通事故の罪を償うため出頭してきた」と伝え、氏が中国の公安当局の拘束下にあることを認めた。氏はタイで食料品を買っていたときに行方不明になった。
翌18日深夜には、香港警察が同書店株主で昨年末に失踪した作家の李波氏が、中国本土にいることを確認したと発表した。これは香港警察からの問い合わせに対し、広東省公安庁(警察)が回答したものだという。李波氏は昨年12月30日、店員に「倉庫にいってくる」といって出かけたまま行方不明になった。今、2人の行方はわかったが、残り3人も中国当局に拘束されていると思われる。
中国公安は拘束した人物に家族あての電話をかけさせ、「騒ぐな」といわせていた。このため失踪者の家族は当局の報復を恐れ、メディアの取材を拒否してきた。ところが5人目に失踪した李波氏の妻が香港紙の取材に応じ、また警察にも届出たために、事件は香港社会だけでなく、国際的にも大きな関心を集めるに至った(産経2016・1・20)。

もし中国の警察が香港で人を拉致、拘束したのなら、これは「一国二制度(一国両制)」違反である。だから中国認定の香港行政長官梁振英氏も、記者会見で「中国の治安当局者が香港で逮捕権を行使したのなら違法行為だ」と語らざるを得なかった。
一国二制度は、1984年の「中英共同宣言」をうけて、1990年に「香港特別行政区基本法」として成立したもので、一口でいえば、97年7月1日付の香港返還から向こう50年間中国政府は香港を直接統治せず、外交と防衛を除いて香港の高度自治を維持するというものである。

さきの李波氏は、香港返還時のいきさつから、かなり多数の香港人同様イギリス籍のパスポートを持っており(二重国籍)、一方の桂敏海氏はスウェーデン留学のいきさつから現在はスウェーデン国籍である。このため訪中したハモンド英外相は記者会見で、「罪に問われるとしても、香港の法によって解決されなければならない」と、あえて中国に苦言を呈し、またEUは1月7日の声明で「深い憂慮」を示して、中国側に調査を求めた。
これに対して王毅中国外相は「この人物はまず中国国民だ。根拠のない推測をすべきではない」と外交官らしからぬ不快感を示した。

「一国両制」によって香港では銅鑼湾書店に限らず、中国国内でなら咎められるような新聞・雑誌・単行本を出版することが可能である。だから中国指導者の私生活のスキャンダルや革命家・解放軍将軍などの回顧録、あるいは中国共産党中央の「正史」と異なる現代史なども刊行できたのである。もちろん中国国内に持ち込まれれば税関で没収されるが、漏れる本はかなりあって、それが庶民の噂のタネになってきた。
失踪した者の行方がおおかたわかる2週間前、1月4日付環球時報(人民日報系)は、「銅鑼湾書店は、内地(本土)の政治について悪意に満ちた書籍を多く扱っており、すでに名誉毀損の域に達した」と論評している。同紙は中共中央の意志を率直に伝えることで知られた新聞である。

1月6日環球日報はふたたび銅鑼湾書店事件に言及した。なかにぎょっとする文言がある。「全世界の『強力部門』は、通常罪に問われないような方法で被疑者に捜査に協力させる方法を持っている。それによって、法律や制度の最低ラインを越えずに目的を達成している」とある。
中国で「強力部門」といえば、その筆頭は超法規的権力を持つ「国家安全部(省)」すなわち特別高等警察である。「全世界」を「中国」と読みかえれば、このくだりは、合法非合法いずれにせよ被疑者を捕まえる方法はいくらでもある、反政府行動(あるいは出版)をする者は覚悟しておけ、という意味にしか受取れない。
さらにこの論評は、香港人は「一国両制」の実質的意味を明確にわからなくてはならない、「両制」が「一国」よりも高いというような幻想を持つべきではないという。香港にあっても、国家に危害を加える行動は容認しない、「両制」よりも「一国」の秩序維持が優越するのだという論理である。

同論評は、李波氏について、彼は妻への手紙で「自分のやり方で中国に来た」といっているではないか、ならばそれ以上は本人が語るのを待つ以外ないではないか、という。これ以後の展開を見ると、盗人猛々しいというべき理屈である。
また新華社によれば、中国内地出身の桂氏は1996年にスウェーデン国籍を取得したが、2003年12月に浙江省で飲酒運転のため死亡事故を起こした。翌年8月、裁判で懲役2年、執行猶予2年の有罪判決を受けたが、執行猶予期間中に海外に逃亡し、その後、良心の呵責に耐えかねて中国に出頭したという。
桂氏は罪を認めて「私はスウェーデン国籍であるが、自分はやはり中国人だと切に感じている。誰も、どんな機関も、私が(中国へ)帰国した事情に介入したり干渉したりしないでほしい。特に悪意をもって騒ぎ立てることはやめてほしい」と語っているそうだ。また桂氏は中央テレビCCTVにも登場して、香港メディアが中国当局を批判するのに反論して、罪状を認め、自分の罪は自分で解決するむねを語った。だが桂氏の娘は、交通事故など聞いたことがないといっている。
このところ習近平政権は治安関連法を多発し、昨年は100人に近い人権・民主活動家を拘束している。これに対して内外の批判が高まると、拘束された人物がテレビで前非を悔いて謝罪するという演出をするようになった。先日も人権派NGOのスウェーデン人活動家が、「反中国活動と違法行為」を認めてCCTVで謝罪したばかりだ(この人は国外追放処分をうけた)。

1月10日には香港市民6000人(警察発表は3500人)が、中国当局が5人を拘束しているとして、即時釈放を求めるデモ行進を市街中心部で行った。報道写真で見ると、プラカードには「強力部門」「尋ね人」「越境連行された香港人、一国両制の破壊」「政治拉致に抗議し、一国両制を守り抜こう。即時銅鑼湾書店の5人を釈放せよ」などの文字がある。
話は香港から台湾にゆくが、1月16日の総統選挙と立法院選挙では民主進歩党が国民党に圧勝した。これには香港銅鑼湾書店事件がかなり影響したと私は見ている。もしも国民党が勝利して台湾統一に進み、香港同様に「一国両制」の「高度自治区」体制に入ったとき、台湾社会はどうなるか。民主化以前の国民党独裁時代の恐怖政治を思い起した人、香港の現状を台湾の将来に重ね合わせた人は多かろうと思うからである。

今回の銅鑼湾書店事件は誰が見ても、中国政府自らがその名誉をおおいに傷つけている。こんな拙劣なことを中共中央の意志でやるだろうか。
ところが、英紙サンデー・タイムズは1月24日、中国共産党が香港と台湾を主な標的にして禁書の「根絶」を指示し、中国本土から当局者が香港に越境して活動することを容認していたとみられると伝えた。
同紙は昨年4月25日付の内部文書「広東行動計画」を入手し、(中共中央が)香港に隣接する中国広東省の当局に対し、中国本土では発禁になっている指導者に関する本を扱う本屋や執筆者、その情報源に対して「反撃」を加えることを許可した。取締対象として、香港の14の出版社と21の出版物を特定しており、香港紙によると、銅鑼湾書店もこの中に含まれていたという(毎日2016・1・26)。
これが正しいとすれば、銅鑼湾書店事件がどんなにみっともなくても、「香港基本法」違反という国際的批判があっても、香港は中国領、警察権行使は内政として押し通すつもりであろう。

環球時報などの論理と事実の経過からすれば、習近平政権が植民地の名残である「一国両制」を廃止し、直接統治を目指している可能性は否定できない。すでに2014年12月、駐英中国大使館は「香港基本法」のもととなった1984年の「中英共同宣言」は「無効」との見解をイギリスに伝えてある(産経2014・12・4)。解放軍も香港に駐屯している。香港の本土化はロシアのクリミア制圧よりは無理がない。
このたびは、越境して司法権を行使し世間の反応をみた。その結果が国際的非難は口だけ、香港人はデモ程度の抵抗しかできないとなれば、中共中央任命の党書記と行政長官が香港に赴任する日はそう遠くないと考えるのが自然であろう。(2016・1・27記)

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