2016.02.15  原油安と中東の覇権争い-イランとサウジの暗闘
    サウジアラビア王室内に対米自立の兆しも

伊藤力司 (ジャーナリスト)

昨年から続く原油安-世界の石油価格の指標となるニューヨーク・マーカンタイル市場のWTI(ウェスト・テキサス・インターミーディエット)原油の先物価格は、1バレル30ドルを割っている。2014年1月には1バレル95ドル、2015年1月には47.5ドルだった。おかげで日本のガソリン価格は1リットル110円台まで下がった。

公共交通機関の発達した大都市圏は別として、買い物にも病院通いにも軽自動車を運転して行かなければならない過疎地域の住民にとって、ガソリン価格が下がるほど嬉しいことはない。「1億総活躍社会」とか言っている安倍首相は、まずは石油価格を安くしてくれているサウジアラビアに感謝しなければなるまい。

サウジアラビア(サウド家のアラビア王国の意味、以下サウジと略称)は、事実上世界中の石油価格を決めている。第4次中東戦争のあおりで起きた1972~73年のオイルショックの時、世界はOPEC(石油輸出国機構)の威力に恐れ伏した。以後40余年、北海油田の開発、ロシア産石油の市場流入、さらにアメリカでのシェール石油の開発などが重なってOPEC産油量は世界の石油消費量の3分の1程度までに低下した。

それでも世界一の原油埋蔵量を誇るサウジが減産しなければWTIの値決めは上がらないし、世界中のガソリン価格も上がらないのである。ではなぜサウジは減産に応じなのだろうか。ひとつには中東の覇権をめぐるサウジとイランの争いである。まずサウジはイスラム教の聖地メッカとメディナを抱えていることから、イスラム教スンニ派の盟主を自認している。

一方、かつて中洋(東洋と西洋の間のユーラシア大陸の中央部)全域を支配したペルシャ帝国の歴史を誇るイランは7800万の人口を抱え、中東ではエジプトに次ぐ大国である。1979年の宗教革命を経て、イスラム教シーア派の総本山の役割を自認している。一方、生粋のアラブ人3000万人弱を数えるサウジ国民の85%はスンニ派で占められるが、東部ペルシャ湾岸沿いには15%のシーア派のコミュニティーが存在している。

ペルシャ湾をはさんで立つサウジとイランは、世界有数の産油国でありOPECの両雄である。しかし2002年にイランの核開発疑惑が表面化して以来、アメリカを先頭とする西側諸国はイランに経済制裁を課し、イラン石油の輸入をストップした。経済制裁に加わらない中国や途上国しかイラン石油を輸入しなくなったのだから、イランの産油量は激減した。それだけ筆頭産油国サウジの発言権が高まった。
2014年秋から世界市場で石油がだぶつき始め、油価が低迷し始めた。原油安が続けば従来は、サウジがOPECの減産を主導して油価の低下をストップするのが通例だった。しかし今回、サウジは動かなかった。結果として、OPECは従来通りの産油量を維持して油価の低落を放置したのである。これによりロシアや英国(北海油田)、アメリカのシェール石油業界など非OPEC産油国も損害をこうむった。

一方イランの核開発疑惑は、国連安保理常任理事国5大国とドイツがイランとの10年余の長期交渉を経てケリが着いた。イランが核兵器開発に必要とされる水準以下にウラン濃縮を制限し、これを国際査察で検証することで合意したのである。その結果として、イランに対する経済制裁は解除され、イランは石油輸出を再開できることになった。イランにとって依然より安くなった値段でも原油を自由に輸出できることは大朗報である。

折も折、サウジでは高齢のアブドラ国王が2015年1月に亡くなり、サルマン新国王(80)が襲位した。これに伴い新国王の甥ナイフ王子(56)が皇太子に、新国王の実子サルマン王子(30)が副皇太子に任命された。ナイフ皇太子は内相と諜報機関を担当して国内治安の責任者に、サルマン副皇太子は国防相と経済開発評議会議長、つまりサウジ最大の産業である石油産業のトップに任命された。

ナイフ皇太子は、現代サウジ王室のプリンスとしては通例の米国留学の経験者で、親米派と目されている。一方、サルマン副皇太子は米国に留学せず、国内のリヤド大学に学んだ異例なプリンスで、米国に対しても中立的と言われている。サウジは今年1月2日、東部シーア派地域の指導者だったニムル師を斬首刑に処した。これに憤激したテヘランの群衆がサウジ大使館を襲撃、放火したことを受けてサウジ政府はイランと断交した。

この時期でのニムル師処刑はナイフ内相の決定とされる。サウジの反対にもかかわらず米オバマ政権がイランの核疑惑問題の交渉解決を進め、対イラン経済制裁解除に動いたことへの反発がその動機だったようだ。早晩イラン原油が国際市場に出回れば原油の需給関係はさらにゆるくなり、価格の低迷はさらに続くだろう。

問題は原油安がどこまで続くかである。サウジの歳入は90%以上原油収入である。2015年予算は史上最大の3670億リヤル(11兆7400億円)もの赤字だったという。それでもこれまでの巨額オイルダラーの蓄積があるし、国有石油会社アラムコの株式を5%も放出すれば財政赤字もしのげる見通しだという。とすれば、サウジは安値政策をまだ続ける余裕があるようだ。問題はいつまで安値政策を続けるのか。また安値政策の本当の狙いは何かである。

サウジはこれまで中東における親米枢軸の要の役割を果たしてきたが、オバマ政権が対イラン経済制裁の解除を導いたことに強い不満を持っている。サルマン副皇太子に代表される対米自立派は、アメリカのシェール石油業界が石油安に耐えられなくなって破産するまで安値政策を続け、自国の原油生産レベルを落とさない方針を貫く構えのようだ。

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