2016.02.26  野党共闘三者三様、野党共闘の相手が見つからない大阪、オール与党に包囲される京都、野党共闘を拒否する兵庫
          ~関西から(180)~

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

昨年11月の大阪ダブル選で大阪維新が圧勝して以来、投稿を暫く控えてきた。書くことがなかったわけではない。拙ブログではその後も京都市長選や宮崎自民党衆院議員の不祥事などをそれなりにフォローしてきたつもりだ。しかし、リベラル21同人の国際色豊かな論調の展開に比べて、関西では次の政治状況を切り開くような新しい切口がなかなか見つからない。そうこうしているうちにどんどん日が経っていく。橋下氏という稀代の極右ポピュリストが第一線を引いた今、関西では「エアポケット」のような政治的空白が広がっているような気さえする。

大阪ダブル選後の大阪の政治情勢の変化と言えば、吉村市長が低姿勢に徹して公明党の抱き込みに全力を挙げていることだ。もともと公明党は大阪維新の与党であり、大阪維新と公明で市議会の過半数を制する。大阪ダブル選でも公明は「自主投票」を掲げてオール大阪陣営とは一線を画し、態度を明らかにしなかった。そして終盤になって吉村候補が優勢と見るや、創価学会は学会員に「吉村支持」を流して大阪維新に一気に加担した。いわゆる「勝馬に乗る」戦術である。

定数4の参院選大阪選挙区では、おおさか維新が複数候補を立てると公明に脅し(ブラウ)をかけている。おおさか維新が2人の候補を立てると残り2議席は自民、公明(現職)、民主(同)、共産の争いになり、公明が必ずしも議席を維持できるとは限らない。また衆参ダブル選になり、おおさか維新が小選挙区すべてに候補を立てることになると、公明の現有4議席は危うくなる。公明が大阪ダブル選での大阪維新への協力と引き換えに、衆参選挙でのおおさか維新との「棲み分け」を模索するのはこのためだ。

大阪自民にはもはや「オール大阪」時代のかけらも残っていない。中山泰秀氏が大阪府連会長に就任した瞬間から組織は分裂状態となり、方向性が定まらなくなった。これからも大阪維新と対決するのか、それとも公明に引きずられてなし崩しに維新と手を結ぶのか、最終的に維新与党になるのかならないのか、政策も会派方針もすべて五里霧中だ。このままの混迷状態が続くと衆参ダブル選では「自民全滅」もあり得るとされるが、この危機的状況を乗り切るだけのリーダーシップを取る人材がいないのだから、この状態はまだまだこれからも続くことになるのだろう。

大阪共産党の政策責任者は、「ダブル選挙で敗退したとはいえ、ここで築かれた『反維新』の『共同』の絆は引き続き維持され、深まりを見せています」(しんぶん赤旗、2016年2月19日)などと強がりを言っているが、市議会での共産党の孤立状態を打開できる見通しはここ当分ない。また、民主党は市議会での議席がなく、ダブル選でも表立った選挙運動は行わなかったので、野党協力が話題に上ることもない。要するに、大阪では野党共闘の相手がいないのである

それでは、京都はどうか。2月7日投開票日の京都市長選では、保守現職候補に自民・公明はもとより民主・社民(府連)までが相乗りし、共産推薦候補を包囲するという「いつもの光景」が繰り広げられた。半世紀近くも続いてきた「非共産オール与党」が盤石の体制を組み、現職候補を中心にして自民党の谷垣禎一幹事長、公明党の北側一雄副代表、民主党の泉健太府連代表らが「揃い踏み」を披露したのである。安保法案反対の論陣を張った福山哲郎参院議員(夏の参院選で改選時期を迎える)も、市長選になると連合の集会で「共産党候補と徹底的に戦う」と闘争宣言するようになるのだから、京都の反共戦線の根は深い。参院選での野党選挙協力など「どこ吹く風」といった空気が市内一円に充満している。

これに対して共産陣営は、市長選に勝って革新市長を実現することよりも夏の参院選に目標を設定した。いわば、夏の参院選の「前哨戦」としての市長選の位置づけである。その意図は「憲法市長」というキャッチコピー、「子どもを戦場に送らない」「戦争法を廃止しよう」などといった国政選挙を意識した基本政策によくあらわれている。しかし選挙結果は、現職の非共産系統一候補25.5万票(得票率64%)、共産系候補12.9万票(同32%)でダブルスコアの大敗となった。投票率は35.7%で前回36.8%とほとんど変わらなかった。

 前回2012年の京都市長選も同じような「非共産 vs 共産」の対立構図だった。2期目の現職候補は22.2万票、共産系候補は19万票でその差は3.2万票だった。前回と今回の得票数を比較すると、現職候補は3.3万票上積みをして票を伸ばしたが、共産系候補は6.1万票減らしてその差は12.5万票と大きく開いた。敗因は、共産党が京都市民から「真面目に」市長選に取り組んでいない、市長選は参院選のための「党派選挙」であり「事前運動」だとみられたからだ。京都市民の政治を見る目は鋭い。大阪では市役所への「反発と無関心」という裏返し感情が強いが(橋下ブームの政治社会的基盤)、京都では「付かず離れず」といった権力への冷めた態度が支配的だ。京都市民は京都市政に対しても「白か黒か」の二者択一的な態度をとらず、「いいものはいい」「悪いものは悪い」という事柄の是非を判断してから対応する。こんな京都人の価値観や気風に配慮しないで国政選挙ばりの「反安保」選挙を展開すれば、そこに「ズレ」が生じるのは当然だろう。山田京都府知事が「(共産推薦候補が)争点をかみ合わせよとしなかったことに有権者が失望したのではないか」と指摘していたが、この指摘は的を射ている。間違いなく京都市民(有権者)は共産党に「失望」したのである。

このことは、毎日新聞の出口調査でも明らかだ。本来ならば、本田陣営が獲得しなければならない無党派層の6割が現職候補に投票しているし(前回市長選では中村氏が無党派層の6割を獲得した)、狙った民主党支持層も2割強しか獲得できなかった。「非共産 vs 共産」となった過去の市長選の中で共産支持票が最低になり、これまでの「上げ潮」に水を差されることになったのも「むべなるかな」というべきだ。

 こんな京都とは対照的に、兵庫県では昨年12月以来地道な努力が重ねられ、4回にわたる準備会合を経て、2月14日に「野党協力を求める市民・政党討論集会(第2弾)」と「安保関連法の廃止を目指す市民選挙・連帯兵庫」(愛称:連帯兵庫みなせん)設立総会が神戸市婦人会館で開催された。市民・政党討論集会には、安保法案に反対する6野党(民主党、共産党、社民党、生活の党、新社会党、緑の党の兵庫県代表者)が勢揃いし、各党が野党選挙協力に対する態度と方針を述べ、参加者が意見や質問をするという形で進められた。6野党が勢揃いするこのような場は(兵庫県では)かって一度もなかっただけに、会場には開始1時間前から参加者が集まりははじめ、開始定刻には補助椅子を用意するまでの満員状態となった。

会場は百数十人の参加者の熱気がみなぎり、それに応えて各党が前向きの積極的な姿勢を次々と示すなかで、際立ったのは共産党(県委員会書記長)の異様な態度だった。
「参院選挙での野党選挙は1人区での話だ(兵庫は3人区だから必要ない)」
「参院選挙で改憲阻止のための3分の1以上議席確保にはこだわらない、改憲反対勢力が3分の1以上の議席を取らなければ日本が一挙にファシズム化するといった情勢分析には組みしない」
「大事なのは安保法制廃止2000万人署名を広げて国民世論を高め、国会を包囲する政治情勢を作り出すことだ」
「中央での野党間協議が開かれていない段階で、地方での野党選挙協力の話には応じられない」といった独自の見解を滔々と披露したのである。

加えて質疑応答の中では、次回の市民と政党が話し合う会議には「参加しない」と通知したファックス文書までわざわざ示して不参加を強調する始末、会場は呆気にとられると同時に激しい怒りに包まれ、やがては嘲笑に変わった。市民と野党各党が一堂に会して改憲を阻止するための討論集会に、ことさら水をかけるような発言を平気で繰り返すその「並外れた度神経」に会場はどよめき、かつ呆れたのである。

「中央」「中央」一点張りで地元の政治動向や市民の呼び掛けには一瞥だにしない、「地方」の意見を「中央」に突き上げる上げることなど考えもしない、ただひたすら「中央」の指示・命令に従うだけで自分の頭では判断しない(できない)――、そんな化石のような共産党兵庫県委員会書記長の姿を目の当たりにして、会場参加者は(私も含めて)野党選挙協力がいかに困難な課題であるかを改めて思い知ったというわけだ。

ところがあれから10日も経たない間に、共産党「中央」では劇的な変化が生じていた。2月19日の5野党党首会談の合意を契機に、(1)選挙協力の協議では、参院選1人区を優先して協議を進める、(2)無所属の野党統一候補の擁立は、可能性があるところでは追求する、(3)選挙協力の形態は、地域の実情に応じて』幅を持った対応になるが、単なる「すみわけ」ではなく、本格的な「協力」をめざす、(4)衆院小選挙区における選挙協力は、直近の国政選挙の比例代表選挙の野党各党の得票を基準にした「ギブ・アンド・テイク」を原則にして推進するなどの方針が提起され、2月22日の全国都道府県委員長・参院選候補者会議で了承されたのである(しんぶん赤旗、2月23日)。

おまけに志位委員長は、「国民の共同、野党の共同を何よりも大切にし、共同の力で政治を変える党」との新しい共産党のイメージを強調し、「他党との協議・交渉、立場の違う市民・国民運動の人たちといろいろ話し合いを続けてきた各県委員長らの活動について、『その県の日本共産党を代表する政治家として、多面的な活動に乗り出してきている』と指摘するなど、「地方」の自主性と努力を称えた。この会議を兵庫県党幹部はいったいどのような気持ちで出席していたのであろうか。ただひたすらにメモを取り、帰ったら県の会議でそのお達しをそのまま報告するのだろうか。それとも「兵庫県では国民共同や野党共闘など見向きもしない」「孤高の立場を維持する」と、これまでの態度を高らかに確認するのだろうか。
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