2016.03.03  クーデター指導者を歓迎した安倍政権

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 2013年7月3日のエジプト・クーデターで、モルシ大統領とその政権を打倒した軍の指導者だったシーシ現大統領が日本を公式訪問し、2月29日、安倍首相と会談、記者会見もした。 
クーデターからわずか2年8か月、安倍政権は公式訪問を受け入れ、“お土産”に途上国援助として最大540億円の円借款の供与と外務防衛当局間の対話を定期化することで合意した。このことは、クーデターによる政権奪取と先月に本欄で3回連載したような、同胞団への流血の大規模弾圧を行い、逮捕・投獄したモルシ大統領とムスリム同胞団の幹部・活動家2千人以上、うちモルシ以下数百人に死刑判決(BBCの報道)を裁判所に下させたシーシ政権、厳しいデモ・集会の規制を発令し若者中心の民主化活動家たちを相次いで逮捕・投獄したシーシ政権の行動を、日本政府が事実上容認したことを世界に示した。せめて、死刑執行停止を求めるぐらいの人権重視の姿勢を示せなかったのだろうか。安倍首相には、国連加盟国として、そして憲法で人権尊重と民主主義を高く掲げる国の首相としての、当然の行動を求めることは無理なのかもしれないが。
クーデターとシーシ政権に対しては、欧米諸国が厳しい批判的姿勢をとってきたが、エジプトへの軍事援助を続けてきた米国が次第に柔軟化。2014年5月の大統領選挙でシーシが当選、就任後、オバマ政権下の米国もシーシ政権への批判的姿勢を和らげ、軍事援助も復活してきた。オバマ政権としても、中東の大国エジプトとの関係を悪化させたままにはできなかったのだろう。このため、安倍政権も安心してシーシの公式訪問を受け入れたに違いない。
それにしても情けないのは、メディアの姿勢だ。他新聞はチェックしていないが、1日の朝日新聞4面のシーシ来日、安倍首相との会談の記事。2段見出しの小さな記事だが、シーシがクーデターでモルシ前政権から権力を奪った軍部の指導者だったことは、一言も書いてない。それに先立って2月25日には、日本の新聞では朝日だけの単独会見記事を大々的(1面肩および4面全面)に報じているが、クーデターによるモルシ政権打倒については、1面肩記事の終わりのほうで「エジプトでは13年、イスラム組織『ムスリム同胞団』系のムルシ大統領が失脚した。」と書いてあるだけだ。クーデターを忘れたのか。当時の朝日新聞は、クーデターとその後のムスリム同胞団への流血の弾圧を、厳しく、批判的に、事実どおりに報道していたではないか。
モルシ政権の国防大臣だったシーシ将軍はクーデター後、最高憲法裁判所長官のマンスールを暫定大統領にした暫定政権をつくり、議会を解散。14年1月には新憲法を投票率38.6%、98.1%の賛成で採択、実施。2014年5月には大統領選挙を実施して、投票率46%、得票率96%で当選、就任した。クーデターで政権奪取後、前政権の政党や民主主義勢力など抵抗勢力を弾圧して弱体化する準備期間を経て、選挙を実施して大統領に就任する例は、軍事政権の常套手法。エジプトのシーシも、そうして大統領になった。
クーデター後の政権に対する国際的な制裁については前例が多くある。東南アジアのミャンマー(89年にビルマから改称)の場合は、1962年にネ・ウイン将軍がクーデターで政権を奪取、憲法と議会を廃止して独裁政権を樹立。88年にネ・ウインが公職を離れるとソウ・マウン国防相兼参謀総長が率いる軍部がクーデターで政権を奪取。その間、民主主義の回復を求める野党勢力や一般市民の抗議行動を鎮圧して、市民側に1千人を超える死者が出た。この事態を非難した日本を含む西側諸国は経済制裁を実施した。軍事政権は90年に総選挙の実施を約束し、政党活動を自由化したが、アウン・サン・スーチー書記長率いる国民民主同盟(NLD)への国民の支持が急上昇。このため軍事政権は彼女を国家破壊分子法違反で自宅軟禁、政治活動を禁止した。そのうえで90年5月、約30年ぶりの複数政党参加の総選挙が実施されたが、NLDが圧勝。しかし軍事政権は選挙結果を拒否して政権を維持し続けた。このため西側諸国の経済制裁が続いた。全面的に解除されたのは、スーチーさんの自宅拘束と政治活動の制限が完全に解除され、昨年12月の総選挙でNLDが圧勝し、軍部に割り振られている議席を含めてもNLDが過半数を占めることが確定的になってからだ。
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