2016.03.08   山雨来たらんと欲して風楼に満つ――習近平、更に上る一層楼
    ――八ヶ岳山麓から(175)――

阿部治平(もと高校教師)

中国の習近平国家主席は、2016年はじめから中国共産党の「核心」と称えられるようになった。天津市、北京市など省・市・自治区レベルの党書記が「習近平総書記という核心を断固擁護する」といいはじめ、すでに地方指導者20人が同じ発言をしている。国営企業・解放軍も「習核心」という表現を使い、党内では「核心意識」の徹底を求める学習運動が進められている。

このたびの「習核心」は「習氏が唯一の権力の中心」という意味だが、1,2年前までは「習核心」は習近平周辺に結集した党・政・軍などの頭脳集団を指すことばだったと記憶する。これをあらためて習近平の称号にしたとすれば、中国最高権力機関である中共中央政治局常務委員7人の中で、習近平が抜きんでた地位にあることを誇示しようとするものである。
習近平は、先日の「新聞世論工作座談会」ではメディアによる世論工作の重要性を説き「メディアは宣伝の陣地だ」と、まるで毛沢東の「延安文芸講話」のような「講話」をした。いま党規約とともにこれを学習し「合格党員」になることを全国的に呼びかけている。
1989年天安門事件後、鄧小平は趙紫陽をクビにして、江沢民を上海市党書記から党中央総書記にしたが、このとき江沢民を「核心」扱いにしたことがある。天安門事件で揺らいだ中共の権威を何とか維持しようとしたのである。
今日の「習核心」は党長老からもらった称号ではない。就任以来、剛腕を振るって政敵を失脚・投獄に追込んでかちとった称号であるが、地方指導者らが追随し学習運動をやっているところを見ると、作為を感じても仕方がない。「習核心」に実力が伴っているかは検討の余地がある。

以下は旧聞に属するが、2002年江沢民は総書記引退のとき、「太上皇」になることを企図し、党政治局常務委員の定員を2人増やして9人にし、自派のもの5人をこれに入れ多数派を形成した。このため胡錦濤政権は10年間江沢民の院政に苦しむことになった。社会格差を縮小しようとする「和諧社会(調和ある社会)」のスローガンは実現どころか近づくこともできず、むしろ拡大の一途をたどった。
胡錦涛政権内の江沢民の筆頭代理人は曾慶紅だった。曾慶紅は常務委員として国家副主席の地位を与えられた。彼もまた2007年に常務委員を引退するとき、自分の後継人として周永康を常務委員にした。周永康が担当したのは政法委員会である。元来は汚職摘発の権能をもつ部署だが、周永康が書記になってからは圧倒的な力でスキャンダルをもみ消す機関になった。江沢民親政と院政の20年間、腐敗は全国いたるところに蔓延した。

習近平政権は胡錦濤の二の舞はしたくない。江沢民を「太上皇」にしてはならない。政権安定のためには、江沢民・曽慶紅の上海閥殲滅は必須の課題である。だがこれに勝利するためには自派のスキャンダルには目をつぶって、相手方の腐敗を口実に上海閥をつぶすという綱渡りを続けなければならない。
そこで失脚した高級幹部を攻撃するキャンペーンが行われる。去年9月解放軍筋の「環球新聞時訊」は「党・政・軍のトラが寄集った罪は免れがたい」といい、党・政・軍高層の隠された罪過を暴くよう呼びかけた。トラとは失脚した薄煕来・徐才厚・郭伯雄・周永康・令計画らである。彼らの罪とは、習近平の総書記就任の際妨害を画策し失敗したことを指している。北京の「新京報」紙などはこの「陰謀」の詳細を立てつづけに掲載したが、中国人なら誰でも「陰謀」攻撃のマトは江沢民だとわかる。
今年2月に入って各種ネットは、かつて陸上競技で抜群の成績を上げた「馬家軍(馬軍団)」の薬物スキャンダルを暴露した。江沢民総書記はコーチの馬俊仁を接見しお褒めの言葉を与えたことがある。馬軍団攻撃のマトも江沢民である。
失脚高級幹部批判も馬俊仁批判も「含沙射影」という直接名指しすることなく人を攻撃する中国伝統の方法である。「射影史学」といって、いにしえの人を引っ張り出して今日の敵を叩く方法もある。
2月3日(中国の圧力に屈したとかいわれる)アメリカメディアのブルーグバーグ・ニュース(北京)は、「習近平はかつての毛沢東や鄧小平の独裁的地位に登った。少なくとも彼の前任者胡錦涛よりは高い地位にある」と評した。さらに2月10日同ネットは「習核心の確立は中国新強人領袖の道」という見出しで、「江沢民は天安門事件があってその地位に登った過渡的人物である。真正の核心の名には値しない」と習近平を持上げ、江沢民をくさした。
毛沢東は1949年の革命に勝利し、鄧小平は市場経済導入という反革命を断行して中国を救った人物である。かりに習近平が胡錦涛よりは強い権力を握ったとしても、ブルーグバーグ・ニュースのように習を毛・鄧と比較するなどお笑い種でしかない。

いま習近平の足元を見れば、政治局常務委員会7人のうち3人は、江沢民の手もものという。しかも2015年初江沢民と曽慶紅は、習近平の総書記罷免を謀って密かに退職長老の間を走り回ったが、胡錦濤の反対にあって不発に終わったといわれる(香港誌「全哨」2015・9)。これからすれば、上海閥はかなり手足をもぎ取られたといっても、まだまだかなりの活動力を残していると見なければならない。
そのためか、習近平政権はそれほど脆弱ではないのに、政権批判には神経質に対応し、新聞記者や弁護士などを片っぱしから逮捕し、政権批判本を出版した香港の書店主などを秘密裏に連行した。近頃では先の習近平講話を批判した北京の大不動産会社「華遠地産」会長任志強の「微博」アカウントを強制閉鎖し、また「南方都市報」紙の女性編集者を、習近平講話を暗に皮肉るような紙面作りをしたとしてクビにした。

いまさらいうまでもないが、習近平のやり方は力づく、しかも徹底していて明の朱元璋の非情政治を思わせる。ほとんどみせしめである。彼は周永康を失脚させると、親族、部下300人以上を逮捕し、要職にあった歴代秘書も次々と逮捕した。令計画失脚のときも妻や兄弟など親族はほとんど捕まった。新華社記者の末弟令完成だけが米国に逃亡できた。
だが江沢民側も黙って没落に甘んじるはずはない。ただメディアは習近平側にあるから我々には江沢民・上海閥の動きはわからない。おおまかにはこのたびの全国人民代表大会と協商会議のなりゆきが教えてくれるだろうが、結論は次期党大会まで待たなければならない。
習近平の今年の仕事のヤマは、江沢民・曽慶紅との最後の戦いで彼らを無力化することである。
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