2016.03.14  映画評「サウル(シャウル)の息子」

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 ネメシュ・イェレシュ・ラースロー監督になるハンガリー映画A Saul fia(Son of Saul、サウルの息子、2015年封切り、2016年日本上映)が、2016年オスカー賞(外国映画部門)を受賞した。1982年に「メフィスト」でオスカー賞を受賞したサボー・イシュトヴァーン監督から数えて34年振りの受賞である。すでに、2015年カンヌ映画祭グランプリ、2016年ゴールデングローヴ賞などかずかずの賞を受賞したこの映画は、これまでのアウシュヴィッツ物とはひと味違っている。舞台はアウシュヴィッツ=ビルケナウのユダヤ人強制収容所。1944年10月7日から8日の2日間の出来事を脚本にして制作されたものである。

舞台背景
 ユダヤ人強制収容所にはユダヤ人で構成される死体処理班が存在した。Sonderkommand(特殊任務)と呼ばれる特殊班は、ガス室で殺害された死体を処理する係で、死体を運び出して焼却炉へ運ぶ仕事やガス室の清掃、死体焼却後に遺灰を川に捨てる仕事を行っていた。外部には秘匿にすべき事実を知っているこの特殊任務班のユダヤ人は、生活上は他のユダヤ人から切り離されて生活し、他のユダヤ人よりは日常生活条件に恵まれていた。しかし、この処理班に属するユダヤ人は虐殺の生き証人でもあるから、ほかのユダヤ人と同様に、最終的に抹殺される対象であった。4ヶ月ごとに特殊任務班の全員がガス室に送られ、新たな特殊任務班が構成された。主人公のサウルは1944年秋に、この特殊班の属するハンガリー人である。
 主人公がどのようにしてここに連行されてきたのか、どのような家族構成だったのか、いかにして特殊任務班に入れられたのかの描写は一切ない。主人公のサウルの2日間の行動が、いっさいの説明なしで描写される。
 通常のアウシュヴィッツ映画の多くは、収容所内部での厳しい生活を描写し、蜂起の準備や蜂起を詳しく描き、最終的には連合軍による収容所解放を描くのが常だが、この映画には事の始まりも、事の終わりもない。一人の主人公の2日間の行動だけが、描写されている。

あらすじ
 1944年10月、特殊任務班は密かに蜂起の準備を行っていた。サウルは成り行きでそれに荷担するが、蜂起を主導するわけでも、それに自らの解放を賭けているわけでもない。たまたま、ガス室から運び出された死体の中に、息をしている男の子を見つける。ドイツ人医師は診断の後、子供の口をふさぎ窒息死させた。子供の死体は解剖するために診療室へと運ばれたが、サウルは診療室に入り込み、子供を見つめる。そこへ入ってきた医師に問い詰められる。サウルはその子を息子だというが、映画を見る限り定かではない。自らの分身をその子に見たのかもしれない。
その医師も同郷のハンガリー人だと分かり、子供の死体を秘匿するように頼む。サウルはとにかくその子をユダヤ教の儀式に従って葬ってやろうとして、狭い収容所の一角を奔走する。
 サウルは子供をユダヤの儀式にしたがって祈りをあげ、火葬ではなく、土葬にしたいと望む。そのために、収容所に連行されてガス室へ向かうユダヤ人の行列から、祈りの儀式を行うラビ(ユダヤ教の宗教者)を探すのに必死になる。この混乱のなかで、蜂起の準備として、女囚から受け取ったダイナマイト粉を落としてしまう。サウルは蜂起より埋葬に心を奪われていた。
翌朝、密かに死体を布袋に入れて外に運び出し、土中に埋めようとするが、そこでSonderkommandの蜂起が始まる。サウルは子供の死体を包んだ布袋を背負い逃亡する。逃亡の途中で穴を掘り、男の子を土葬しようとするが、追っ手が迫り、埋葬を諦め、川を泳いで向こう岸に渡る。しかし途中で布袋が手から離れ、流されてしまう。自らも溺れそうになるが、一緒に逃げた同僚に助けられ、向こう岸にたどり着く。小さな森の小屋で一休みするが、突然、サウルの眼前に一人の男の子が現れる。男の子がすぐに森に戻った後に、追手の銃声が鳴り響き、映画は終わる。
サウルが最後に見た男の子は幻想だが、埋葬しようとした男の子は息子ではなく、自らの分身だったのではないか。蜂起の準備を忘れるほどに、懸命に埋葬の祈りを準備し、土葬にこだわったのは、自らの死に場所を探したからではないか。

特殊な撮影手法
 この映画では特殊な撮影手法が使われている。始まりのスクリーンにはぼやけた映像が映し出され、次第に主人公の姿だけが鮮明に浮き出る。この映画の撮影では1台のカメラしか使われておらず、それが全編を通して、主人公サウルの背後あるいは横、正面を映し出すだけだ。主人公の映像は鮮明だが、サウルの周辺の映像は常にぼやけている。どこに居て何が起こっているかは分かるが、周辺状況に焦点が当たっていない。鮮明な画像は常に主人公の近傍だけで、あとは不透明な背景に閉じ込められている。いわば一人舞台のような、一人称の映画と言ってよい。主人公サウルの息づかいや心理描写がこの映画の主題である。
 映画制作予算の節約という意味がないわけではないが、こうしたカメラワークはこの映画の制作の考えにもとづいている。この映画はアウシュヴィッツのいろいろな場面を見せてはいるが、それは主人公が動き回る背景的な舞台にすぎない。主題はあくまで一人の主人公の一挙手一投足であり、彼の息遣いである。主人公一人を近接した撮影で焦点を当てることによって、彼の心理状態が感じられ、息遣いが聞こえてくる。
 このようなカメラワークは聴衆に苦痛をもたらす。主人公が目で見る大きな画面が、激しく動くと、映像を見る聴衆は目が回りそうな不快な気分になる。心地よい状態で映像を見ることができない。それはそうだろう。舞台は収容された100万人以上ものユダヤ人のほとんどが虐殺された場所だ。その舞台を見るのに、心地よく見てよいはずがない。聴衆も舞台の背景を想像しながら、主人公の息遣いを感じて苦しまなければ、この映画を観たことにはならないのだ。ポテトチップスを食べ、コーラを飲みながら見る奇想天外の娯楽映画とは違う。
 もう一つの特徴は、映像を飾る音楽が一切ないことである。あたかもドキュメンタリーをみているがごとく、すべての音は周囲の環境から発せられる声や叫び、雑音のみである。アメリカの娯楽映画の世界とは天と地ほど違う、現実の人間の営みが映し出される。

もう一つのハンガリー作品
 ハンガリーの小説・映画作品で、同様なテーマを扱ったものに、2002年にノーベル文学賞を受賞したケルティース作『運命ではなく』(Fateless、Sorstalanság、邦訳、岩崎訳、国書刊行会、2003年)がある。この自伝小説は、著者が15歳の夏に、日常生活から突然にブダペストの強制収容所へ連行され、その後、ブッフェンヴァルト(Buchenwald)の強制収容所へ移送され、翌年春の収容所解放からブダペストに帰還するほぼ1年のにわたる体験を淡々と描いた実話小説である。
 この作品も、いわば従来のアウシュヴィッツ物とはひと味違い、戦時下のふつうの日常生活から突然に非日常の世界へ放り込まれ、10ヶ月ほどの収容所の生活を淡々と描き、再びブダペストの日常生活に戻った少年時代の自分を描いたものだ。
 ノーベル賞受賞講演で語っているように、ケルティースの哲学は主体(主観)と独立した客体(客観)の存在を認めない。「客体」が「現実」であるのは、「自分」という「主観」を通してだ。その主観を経由しない客体は、彼にとって疎外されたものだ。この哲学的視点は、サルトルやカミュなどの実存主義的な現象主義に近い。この視点から、強制収容所を経験する少年が、その主観を通して観察した事象を、たんたんと叙述する。そこに、ケルティースの小説の特徴がある。だから、イデオロギーも、予見もない。そうだからこそ、逆に、人々はケルティースの世界に、自己を同化することが容易になる。
 彼にとって、ユダヤもナチも強制収容所も皆、与件であり客体である。それが「現実化」するのは、「自分」を経由する、つまり体験することを通してである。とすれば、人が生きていくことは、生きていく限り回転していく世界を受容していくことであり、その与えられた条件や環境の中でしか、人は自由でありえない。だから、そのような「現実」から独立した「運命」など存在しない。したがって、「運命」で過去や未来を断定することに意味はないし、「運命からの自由」という考え方も人の生き様を説明しない。「運命」と「自由」という二分法は「生きること」を表現するのにふさわしくない。これが『運命の不在』で読者に伝えたいメッセージである。
 ケルティースはこの小説の映画化を想定した脚本も記した。2005年に、サボー監督と組んでメフィストの撮影を担当してきたコルタイ・ラヨシュが監督する、小説と同名の映画の映画が制作された。昨2015年、ようやく日本でこのDVDが発売された。
映画化にあたっては、基本的なストーリーは維持されているが、原作にないアウシュヴィッツ性(強制収容所の苦難)が強調されすぎ、小説の主題が十分に描かれていない。     (2016年3月2日)
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