2016.03.19 黙字(silent letter)
英語の黙字は、過去には発音していたということを示す証し

松野町夫 (翻訳家)

黙字(もくじ)とは、単語の中で発音されない文字のこと。英語では黙字を a silent letter または a mute という。たとえば日本語の場合、「和泉(いずみ)」の「和」、「伊達(だて)」の「伊」、他人事(ひとごと)の「他」、「英彦山(ひこさん)」の「英」などが黙字である。ちなみに英彦山(ひこさん)は、福岡と大分の県境にある標高 1200 mの山。また、サントリーの緑茶ヒット商品、「伊右衛門(いえもん、Iyemon)」の「右」も黙字である。

日本語には黙字は少ない。漢字を使う人名、地名、熟語に多少ある程度だ。表音文字のひらがなやカタカナには黙字がない。。朝鮮語のハングルも表音文字なので黙字はない。ただし二重パッチムを除く。中国語の漢字もすべて読みがあるので黙字はないか、あったとしても少ないと思う。

しかし英語には黙字がきわめて多い。それこそ掃いて捨てるほどある。仕事柄、英単語に接する機会が多い私は、このことを日々痛感している。たとえば、日常頻繁に使う wh-疑問詞にしても、what [wɑ́t], when [wén], where [wɛ́ǝ], whether [wéðǝr], which [wítʃ ], why [wái] のように、h は発音されないのが普通だ。この場合、h は黙字となる。もちろん、h を発音しても間違いではないが、現代英語では h は発音されない傾向にある。ただし、who [húː] を除く。

ここではとりあえず、語頭、語中、語尾の3種類に黙字を分類する。

■語頭の黙字(g, h, k, m, p, w)
語頭では「黙字の k」 (silent k) が有名。このグループの単語はすべて kn で始まる。古英語(こえいご)では k は発音されていた。

k → knack [nǽk] 要領、こつ; knapsack [nǽpsæ̀k] ナップサック; knead [níːd] こねる; knee [níː] ひざ; kneel [níːl] ひざをつく; knife [náif] ナイフ; knight [náit] 騎士; knit [nít] 編む; knob [nɑ́b] ノブ、つまみ; knock [nɑ́k] ノックする; knoll [nóul] 円丘(円い塚); knot [nɑ́t|nɔ́t] 結び目; know [nóu] 知っている; knowledge [nɑ́lidʒ] 知識; knuckle [nʌ́kl] 指の関節

g → gnarl [nɑ́ːrl] (木の)節; gnat [nǽt] 〔昆〕 ブヨ; gnaw [nɔ́ː] かじる; gnu [njúː, nuː] ヌー
h → heir [ɛ́ǝr] 相続人; honest [ɑ́nist] 正直な; honor [ɑ́nǝr] 名誉; hour [áuǝr] 1 時間
m → mnemonics [nimɑ́niks] 記憶術
p → pneumatic [njumǽtik] ニューマチック(空気式); psychology [saikɑ́lǝdʒi] 心理学

w → whole [hóul] 全体; wrack [rǽk] 漂流物; wrap [rǽp] 包む; wreath [ríːθ] 花輪; wreck [rék] 残骸; wrench [réntʃ] レンチ; wrestle [résl] レスリングをする; wrestling [résliŋ] レスリング; wriggle [rígl] 身をくねらせる; wring [ríŋ] 絞る; wrinkle [ríŋkl] しわ; wrist [ríst] 手首; write [ráit] 書く; wrong [rɔ́ːŋ] 正しくない; wry [rái] ゆがんだ、ねじれた

■語中の黙字(c, d, g, gh, h, l, p, s, t, w )
語中では「黙字の gh」が多い。とくに ght で終わる語は600語以上ある。

gh → bright [bráit] まぶしい; copyright [kɑ́piràit] 著作権; delight [diláit] 楽しませる; drought [dráut] 日照り; eight [éit] 8; fight [fáit] 戦い; flight [fláit] フライト; freight [fréit] 積み荷; fright [fráit] 恐怖; light [láit] 光; height [háit] 高さ; night [náit] 夜; neighbor [néibǝr] 隣人;

c → indict [indáit] 起訴する; indictment [indáitmǝnt] 起訴
d → handkerchief [hǽŋkǝrtʃif] ハンカチ; Wednesday [wénzdei] 水曜日
g → align [ǝláin] 一直線にする; design [dizáin] デザインする; foreign [fɔ́ːrǝn] 外国の
h → ghetto [gétou] ゲットー; ghost [góust] 幽霊; John [dʒɔ́n] ジョン; whistle [wísl] ホイッスル
l → could [kúd], should [ʃúd], would [wúd], walk [wɔ́ːk] 歩く; talk [tɔ́ːk] 話す
p → receipt [risíːt] 領収書
s → island [áilǝnd] 島; aisle [áil] 通路; viscount [váikàunt] 子爵
t → listen [lísn] 聞く; castle [kǽsl] 城; often [ɔ́ːfǝn] しばしば
w → answer [ǽnsǝr] 答え; sword [sɔ́ːrd] 剣; two [túː] 2

■語尾の黙字(b, e, gh, n, ps, s, t)
語尾では「黙字の e」 がきわめて多い。あまりにも多いので、ここではそのほんの一部を記載する。語尾の e は、古英語(Old English)や中英語(Middle English)では発音していたが、近代英語(Modern English)や現代英語では黙字となった。たとえば、stone(石)を例にとると、
OE stana [stɑ́ːnɑ] → ME stone [stɔ́: nǝ] → ModE stone [stóun]

e → able [éibl] できる; above [ǝbʌ́v] 上に; absolute [ǽbsǝlùːt] 絶対の; abuse [ǝbjúːz] 乱用する; accurate [ǽkjurǝt] 精確な; active [ǽktiv] 活動的な; acute [ǝkjúːt] (痛みが)激しい; advantage [ædvǽntidʒ] 利点; appetite [ǽpǝtàit] 食欲; apple [ǽpl] リンゴ

b → bomb [bɔ́m] 爆弾; climb [kláim] 登る; comb [kóum] くし; limb [lím] 手足
gh → high [hái] 高い; sigh [sái] ため息をつく; although [ɔːlðóu] ~ではあるが;
n → autumn [ɔ́ːtǝm] 秋; column [kɑ́lǝm] 柱; damn [dǽm] ののしる
ps → corps [kɔ́ːr] 軍団 (比較: corpse [kɔ́ːrps] 死体)
s → debris [dǝbríː] 残骸
t → ballet [bǽlei] バレエ; debut [deibjúː] デビュー; depot [díːpou] 貯蔵所

語尾の e はそれ自体は発音しないが、その単語の発音を示唆する役割がある。たとえば、

tap [tǽp] タップ → tape [téip] テープ、
pin [pín] ピン → pine [páin] パイン
cut [kʌ́t] カット → cute [kjúːt] キュート
pet [pét] ペット → Pete [píːt] ピート(男性名; Peter の愛称)
hop [hɔ́p] ホップ → hope [hóup] ホープ

上記の母音(a, i, u, e, o)の発音に注目すると、前者はいずれも短母音(æ, í, ˄, e, ɔ)だが、語尾の e がつくと、二重母音(ei, ai, juː, ou)や長母音(iː)に変化しているのがわかる。つまり後者の母音はいずれもアルファベットの読み方(エイ、アイ、ユー、イー、オウ)になるという次第。

一般に、「母音+子音+e」で終わる単語の場合、母音はアルファベット読み(エイ、アイ、ユー、イー、オウ)になり、語尾の e は発音しない。
例: date, make, take, bite, like, wine, huge, use, tube, gene, complete, dome, scope, etc.
もちろん、原則に例外はつきもので、すべての単語に通用するわけではない。たとえば、engine [éndʒin], medicine [médǝsin], opposite [ɑ́pǝzit] のように、アルファベット読みしない場合もある。

発音は時代とともに変化するが、綴り(spelling)は保守的なのでズレがが生じる。これは英語にかぎらず、言語一般に共通する傾向であるが、英語の黙字は過去には発音していたということを示す証しであり、名残でもある。

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