2016.03.17  ミャンマーで歴史的な民主政権がまもなく発足
    ―現地への旅のお勧め

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

ミャンマー(米、英政府や一部メディアなどは旧称ビルマを使用)で、アウン・サン・スーチーさんに率いられるNLD(国民民主連盟)中心の民主的政権が、3月31日か4月1日に発足する。ミャンマーの国会は15日、大統領選挙で、スーチーさんの側近の財団幹部ティンチョー氏を大統領に選出。軍人議員団選出の大臣とNLD所属上院議員の二人が副大統領になることになった。スーチーさんは、彼女の就任を阻むために軍が入れた憲法条項のため、大統領になれないが、NLDの党首として、国政に強い指導力を発揮することは確実だ。
1962年のクーデターで軍が権力を奪って以来、軍は軍政あるいは事実上の軍政で支配してきたが、昨年11月の国内・国際監視団の下での総選挙でNLDが圧勝、この平和的な政権交代となった。選挙の対象となった国会の4分の3の議席(4分の1は軍が占有する非改選議席)のうち上下両院とも80%をNLDが獲得、軍の議席を含めた全議席でもでもNLDが60%を獲得した。
88年の再クーデター(一般市民も巻き添えで千人以上死亡)も挟んで54年間、軍が支配をつづけたビルマでは、民主化を求めるNLDを中心とする野党勢力への厳しい弾圧を軍が繰り返した。しかし民主化勢力はそれに耐え、再起してきた。軍政は民主化勢力のリーダーで、「建国の父」故アウン・サン将軍の娘スーチーさんを抹殺できず、計21年間も自宅軟禁にしたが、ついに民主化への国民の強い要求と国際的な制裁、圧力に屈して昨年11月、民主的な国会の総選挙を実施した。

そのミャンマーを2月下旬、親しい友人のNさんと、彼の友人の実業家のお誘いで訪ねた。新生ミャンマーのリーダーとなるアウン・サン・スーチーさんは、新政権について、事実上の軍政首脳部とのギリギリの協議を続けていたため、会えなかったが、最大都市ヤンゴン(旧首都ラングーン)と、11-13世紀の王国の遺産で、数千の仏塔や寺院が現存するバガンを訪ね、さまざまな人々と会うことができた。選挙でNLDに投票した大多数の国民は、喜びの中、落ち着いて歴史的な新政権を待っていた。
話を交わした何人かの人は、“新政権がやらなければならないことは大変だ。軍の影響力は依然つよい。スーチーさんは長年苦労をしてきたのだから、大統領の職に就かないで、最高指導者としての役割を果たしたほうが良いかもしれない”とも話していた。

▽新生ミャンマー旅行の勧め
 “百聞は一見にしかず”。ぜひ、新生ミャンマーへの旅行をお勧めしたい。何人もから強い関心で質問を受けたので、順不動で書いてみようー
1. 日本の旅行社ツアーもいろいろある。どれも、豊富なプランで、観光旅行として十分に価値がある。だが、少し旅慣れた人なら、知り合いがいなくても、フリーな個人旅行がいい。ツアーだと現地の人々との交流が少なくなる。旅行社のツアーは30~40万円台。全日空のヤンゴン直行便を使うので高くなる。私が使ったキャセイ航空のチケットは5万円台、全日空は13万円台以上。
2. まずビザが必要。品川区のミャンマー大使館で申請すればいいし、ネットでも簡単にとれる。
3. 季節は4-9月が雨季、11月―3月が乾季。もちろんお勧めは乾季
4. ヤンゴンとバガンやマンダレーなど観光地のホテルは質が高く、決して高くないし、予約もネットで簡単にできる、わたしが泊まったヤンゴンとバガンのホテルは2人部屋の1人使用で、一泊90ドルと70ドル。どちらのホテルも十分な水準で、含まれる朝食は素晴らしかった。バガンのホテルには大きなプールもあった。
5. 食事は街中のレストランも食堂も満足。中国系のビルマ食は日本人の趣向にぴったり。ただし、ツアーで食べる食事は、国籍不明の“まあまあ”ばかり”という。
6. ミャンマーの人々は人柄がよい。私の感じでは、アジアの人々の中で、ミャンマーとラオスがもっとも人柄がいいと思う。タイがそれに次ぐかも。仏教徒であることも深いかかわりがあるかもしれない。
7. 治安は非常に良い。私は中東で長く暮らし、戦争やテロの取材でいろんな国に行ったおかげで、街の危険に対して敏感だと思うが、ミャンマーではヤンゴンでもバガンでも、昼夜ほっつき歩いて、何の危険も感じなかった。ヤンゴンでさえ街中には警官も兵士もあまり見かけない。
8. ヤンゴンの人口は521万人。日中の交通渋滞が猛烈にひどいが、交差点に信号機が良く配置され、警官の交通整理が必死に行われているので、何十分も待たされることはまずないようだ。走っているバスや乗用車の9割ぐらいは日本車で、そのまた9割ぐらいは中古車。電車もバスも、日本語を大書したまま走っている。
10.ヤンゴンではまず、巨大な仏塔を中心とした聖地シュエダゴン・バヤーをゆっくり鑑賞し、毎日あつまる信仰心豊かな市民たちと交わる。これだけでもミャンマーのことがかなり分かった気がする。そのあとには現地の旅行社に行って、旅のプラン、国内航空やバスの予約をする。
11.以上のようなことすべてで、「地球の歩き方、ミャンマー(ビルマ)」が信頼でき、
   非常に役に立った。(了)

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① ヤンゴンのシュエダゴン・バヤーは、ミャンマー最大の仏教聖地。
釈迦への祈りをささげる人々が、一日中詰めかけている。


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② 中部バガンの、シュエズィゴォン・バヤー。バガンには11-13世紀に栄えたバガン王国の時代に築かれた、大小さまざま数千の仏塔や寺院が林立している。

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③ ビルマは、太平洋戦争当初に占領した旧日本軍と、連合国軍との激戦の場だった。
日本軍のもっとも無謀な作戦の一つだった1943年のインパール作戦だけで、日本軍は戦死・戦病死者計72、480人、英・インド軍の戦死者17、587人をだした(木坂順一郎「昭和の歴史7太平洋戦争」小学館)。バガンには、戦没者慰霊碑がある。





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