2016.03.26  EUとトルコ間の合意内容およびドイツ地方選挙結果
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

3月17日および18日にブリュッセルで開かれたEU首脳とトルコ政府との協議において、難民のトルコ送還が決まったと伝えられている。この会議については、正式な記者会見が開かれず、文書も公表されていないが、「3月20日よりトルコからギリシアへ渡る不法入国者(難民も含め)は、簡単な登録の後に、短期間でトルコへ送り返されることが決まった」と報じられている。
さらに、一連の措置をとる条件としてトルコ側が要求した30億ユーロの追加支援と4月からのトルコ国民の入国査証免除協定の発効、トルコのEU加盟交渉の促進については、EUはトルコの要求を丸のみせず、昨年11月に決定された30億ユーロが費消された後に、支出先を明確にして順次、追加的に支出されること、入国査証免除については通常の審査にもとづいておこなわれること、EU加盟交渉についても通常の手続きにしたがって進められることが合意されたと伝えられている。
トルコ側が当初、EUの足元を見て、ここぞとばかりに吹っ掛けてきた要求は、事実上、取り下げられた形になった。EU加盟国内部でも、トルコの要求にたいして、批判的な意見が強かったと言われている。
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                                              © englishblog.com
これまでの経緯
 以下の図は、昨年秋からEUが試みた難民問題解決案を時系列でみたものである。
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上の4つの項目のうち1番目について、これまで900名強の分散受け入れが実行されただけで、ほとんど機能していない。当初は月5600名の割当を実行する予定だったが、これに賛成した加盟国も、実際の受入れに動いておらず、しかもこの決定が行われた9月以降、EU域内に不法入国した難民・移民の数が50万人以上に上っているから、すでに9月の割当数字そのものに現実性がなくなっている。なお、スロヴァキアとハンガリーは強制割当という決定そのものの無効を訴えて、欧州司法裁判所へ提訴している。
2.については何も実行されていない。3.については首脳会議の多数決で否決された。4.については順次実行されつつある。
このように、EUは難民問題での実質的進展を得られないまま、今年に入ってから、個別加盟国が国境審査の厳格化や国境閉鎖措置をとってきた。オーストリアが1日の入国者数を制限する措置を打ち出してから、スロヴェニアやクロアチアがそれに続き、ギリシアからドイツへの流入国境になっているマケドニアは事実上の国境閉鎖を打ち出し、今月に入ってから、正規の公的書類をもたない者の入国を禁止した。これにともない、トルコからギリシアへ流入した不法入国者はマケドニア国境のみならず、ギリシアの各地で溢れている。そのため、EUとしても、これ以上の不法入国者を抑制する実効措置の導入を迫られていた。

EU-トルコ間の合意内容
 今回の合意は、あくまでギリシアに滞留する不法入国者数を抑制するために、これから到着する不法入国者を即時にトルコへ送り返すことだけである。とりあえず、ギリシアの状況をこれ以上悪化させない措置が取られたということだ。ただし、実際にこの送還がどのように行われるのかは、ギリシアとトルコの実務的な協議と実行態勢にかかっている。ギリシアはすでに入国している者とこれから入国する者を区別するために、エーゲ海の小島に滞留している不法入国者をいったん別の島に移動させて、島を空にする作業を始めている。
 即時の集団送還について、国連難民高等弁務官事務所は批判しているが、通常の入国審査において、難民とは認められない不法入国者を出発地に送還することは、国際法上、ふつうに行われていることである。また、トルコは紛争地ではなく、平和国家として認定されているから、トルコへ返還することも国際法に違反しないと考えられる。
 また、膨大な利益を貪っている密航業者を取り締まることも重要で、送還合意によって、トルコが真剣にこの問題に取り組むのかも、今後の関心事の一つである。
さて、先週の首脳会議では、「現在ギリシアに滞留するトルコから流入した不法難民・移民をトルコへ送還する場合、1名の送還者について、EUは1名のシリア難民を正式な難民として受け入れる」というバーター取引について、議論も決定も行われていない。決定されたのは今現在ギリシアに滞留している難民についてではなく、2016年3月20日以降にギリシアに到着する不法入国者を即座にトルコへ送り返すことだけである。この問題は、今後の展開を待って議論されることになろう。

今後に残された問題
 今回のEU-トルコ間の合意はきわめて限定的なものであるが、トルコからの集団密航を欧州が拒否するという姿勢を示したことは重要である。しかし、これで欧州が抱えている難民問題が解決するわけではない。
現在、ギリシアに滞留している数万人に上る不法入国者をどうやってトルコへ送還するのか、送還者と交換でEUが正式な難民(シリア難民に限定)をトルコからどうやって受け入れるのかは、まったく白紙の状態にある。この種の大量な強制送還が可能なのか、またトルコからどうやって「正式難民」を選抜するのか、さらにEUが受け入れたのちに、難民を加盟国に強制的に割り当てるのか、それとも加盟各国の自主的な受入れに任せるのかについて、まったく何も議論されていない。
さらに、トルコ以外からの不法入国者の問題は議論もされていない。イタリアには北アフリカからの不法入国者が滞留しているが、この問題は手つかずのままである。
 ハンガリー首相は今回の合意について、「危惧していた強制割当の話はなかった」と記者会見で安堵した様子だったが、ハンガリーの野党は「強制割当がなくなった」のだから、国民投票で強制割当反対を国民に問う意味はなくなったと主張している。しかし、首脳会議では、当該問題について、議論もされず、何も決められなかったと考えるのが正しい。
 EUはとりあえず、今回の合意がどこまで実行されるのかを見てから、次の実行策を議論することになろう。
ドイツ地方議会選挙結果
 さて、3月初めにドイツの3州で、地方議会選挙がおこなわれ、メルケル首相率いるCDUと、連立を組むSPDは敗北を喫した。ラインラント-プファルツ州は他の2州と異なる結果をになっているが、どこも難民抑制を主張する新党AFDが大躍進を遂げた。
旧東独に位置するザクセン-アンハルト州では、CDUよりも、旧左派勢力の凋落が際立っている。それにたいして、新党AFDは24.5%もの得票率を獲得して、CDUに次ぐ第二党となった。
明かに、旧東独の州では、難民・移民にたいする住民の警戒心が強いことを教えてくれる。失業率が高いからと説明できるが、左派勢力が失った得票以上に、AFDが得票を得ていることは注目すべきである。旧左派勢力は今次の難民・移民問題に有効な策を打ち出すことなく、無制限受入れという無責任な政策を主張し続けたことが、住民の支持を失った原因と考えられる。
 SPD(社会民主党)の退潮傾向はドイツのみならず、欧州全般に見られることだが、そこには不法な難民・移民にたいする安易で無責任な政策が影響していると考えられる。
 バーデン-ヴュテンブルグ州の結果はより鮮明にそのことを教えてくれる。
 ここでは、CDUとSPDがともに10%以上も得票率を落とし、新党AFDが15%を獲得した。ここは隣接するバイエルン州と同様に、オーストリアから入る難民・移民の受け入れ口に近く、日常生活に大きな支障がでている州である。与党が実に2割以上も得票率を減らしたのは、連邦政府が有効な措置をとっていないことへの住民の不満の現れである。
 これにたいして、ラインラント-プファルツ州では連立与党の得票率にほとんど変化がないばかりか、SPDがわずかに得票率を伸ばしている。しかし、ここでもAFDは一挙に12.6%の得票率を獲得した。
 この地域は難民流入の騒動から比較的隔離されたリゾート地帯にあたり、住民の直接的な不満がなく、それが与党の安泰をもたらしたと考える。しかし、このような特殊な地域でも、AFDが高い得票率を得た点は、連邦政府への危惧を感じる住民が増えている証左である。
 いずれにしても、すでにドイツも無制限に難民・移民を受け入れられる状況にはなくなっている。これ以上の流入は政権そのものの存亡にかかわってくることが明確に意識されている。各国が難民規制を導入し始めた現在、何らかの政策転換が要請されている。
 こうした状況のなかで、とりあえず、トルコからギリシアへの不法入国者を送り返し、流入の根元を断つ政策が必要になっている。それと当時に、現在ギリシアに滞留している数万の難民の送還と、バーターによる「正式難民」の受入れが、ドイツを含めたEUの次の課題になっている。                                                  (3月20日)
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