2016.04.09 パナマ文書が教えてくれること

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

何が問題なのか
 タックスヘイヴン地(国)の一つであるパナマにあるモサック・フェンセカ社(法律事務所、資産運用会社、信託会社)が顧客と交換したメイルや契約書などのおよそ40年分のデータが漏洩した。この会社を通して、秘密裏に会社を設立して、私財をここに溜め込んでいた人々は、夜も眠れず、戦々恐々としていることだろう。
タックスヘイヴン地と一口に言っても、規制や課税システムはさまざまで、法人税率を極めて低く設定しているハンガリーなどもそれに含める論者もいるが、一般には無税か、きわめて低い課税システムを武器に、国外から資金を呼び込み、かつ顧客データを秘匿できる地域(国)をいう。
 たんに架空の会社が登記されているだけでなく、ヨーロッパで実際に大きなビジネスを展開している会社が、本社をタックスヘイヴン地に置いて、利益課税を節約している事例は多い。このような会社はオフショア企業と呼ばれ、たとえばハンガリーで実際に事業を展開している会社に参画しているオフショア企業は、600社近くあると言われている。
たんにタックスヘイヴン地に会社を持っているからという理由だけで、出所が怪しいお金のマネーローンダリングを行っているとは断定できない。タックスヘイヴン地に会社を設立しているから怪しいのではなく、その会社がどのようなお金を個人間や会社間で移動させているかが問題なのである。とはいえ、オフショア企業同士で動くお金は、税務当局を含め、第三者がその情報に接することができない。したがって、出所が怪しいお金を移動させる場合に、オフショア企業同士の取引を使うことが多い。事実上の脱税行為であるだけでなく、オフショア企業を経由させることによって、マネーローンダリングが簡単に行われる
パナマ文書はこの秘匿された情報を暴き出した点で、画期的なリークである。

体制転換と公的資産の私物化
 昔から大金持ちは資産を秘匿して、種々の課税から逃れようとしてきたからこそ、タックスヘイヴン地域が存在する。とくにこれといった産業がなく、企業税収を得られない地域や国と、一部の金持ちの思惑が一致して、持ちつ持たれつの関係が出来上がってきた。ソ連共産党の資金やIMFから融資されたソ連政府資金の一部でさえ、タックスへイヴン地に分散保有されていた。だから、今回の暴露によって、旧ソ連や中国の政治家(関係者)の資産がタックスヘイヴン地に秘匿されていることに何の驚きもないが、企業を経営しているわけでもない政治家が、どうして巨額の資産を取得して、秘匿できるのだろうかと疑問を持つ人は多いだろう。それを理解するために、まず社会主義を標榜してきた社会の倫理・行動規範を理解することが必要だ。
 社会主義体制が崩壊し、体制転換が始まった諸国では、政府や党資産の再分配をめぐる激しい闘いが繰り広げられた。私はこれを「体制転換における資本の原始的蓄積過程」と名付けている。多くの経済学者は、体制転換を「社会主義から資本主義への移行」などと描いているが、「社会主義国営企業が民営企業に移行した」と考えるのは、綺麗事が好きな学者の幻想にすぎない。社会主義権力の崩壊と共に、社会主義工業はほとんどが壊滅してしまったから、「民営化によって社会主義企業が資本主義企業に移動する」という歴史過程は存在しなかった。つまり、体制転換は、国民経済的には、経済崩壊という無の状態から市場経済の基礎を作ることだったが、その元手は国家(国営企業、国営銀行)資産と党資産しかなかった。ここに目を付け、体制転換のドサクサに紛れて、国有資産を私物化し、国有財産を私的財産に転換できた者が、市場経済環境のなかで事業を始める元手を得たのである。
 最初はとにかくあからさまな略奪だった。旧社会主義政府の高級官僚と共産党幹部は、どこにどのような資産があるかを知っているわけだから、結託して私物化することに何の問題もなかった。社会主義権力のインサイダーでなければ、事業を興すことなしに、巨額の富を手にすることはできなかった。体制転換のドサクサの時期には、富の公正な配分を制御する法的システムなど存在しなかった。
 日本のように、左翼が権力を取ったことがない国に住んでいる人には理解できないだろうが、社会主義あるいは人民民主主義を標榜する政治家や政党がいったん権力に就くと、ほとんどの場合、高い倫理的な規範を失ってしまう(もともと高い倫理的規範をもっていない)。要するに、右も左も、権力に就いてしまえば大差ない。皆、権力が自由にできる資産や金銭に目がくらんでしまう。とくに、市場経済的な倫理や規範を経験していない社会では、贈収賄という観念自体が存在しない。なぜなら、共産党独裁自体が巨大な贈収賄システムなのだから。共産党員だけが特権を享受できる社会など、封建的規範が支配する社会なのである。政治家も人々も、社会主義理念で生活しているのではなく、毎日の飯の種と特権享受のためにあくせくしているだけなのだ。
 体制転換のプロセスの中で、共産党やその青年組織の有能なリーダーたちは、競って会社を設立し、私物化した国有財産を急いで国外に持ち出した。その時に利用されたのが、タックスヘイヴン地に設立された会社である。体制転換で東の市場に入り込んだ西側の金融機関や会計事務所は、資産運用を手がけようと、積極的にオフショア企業の設立を勧め、資産の国外流出を手助けした。

政治家はどうやって巨額の資産を得るのか
 事業を行ってもいない政治家がどうやって巨額のお金を手に入れることができるのか。ロシアの場合には体制転換前後から政治家、官僚、青年同盟幹部、会社幹部が、石油ガス企業や資源関連企業を私物化し、新興財閥(オルガルヒア)に成り上がったプロセスは多くの書物によって詳細に描かれている。プーティン政権の権力基盤の一つであるガスプロムは今もなお事実上の国営企業で、そこにかかわっている政治家や会社幹部は最大限の権益を享受している。
 ガスプロムを食い物にする方法はいろいろあるが、その一つがガスを供給している国に、ガスプロムの子会社を設立して、ガス売上げをその子会社を通す仕組みを作ることだ。その子会社の陰の所有者として会社幹部や政治家がいるわけだが、その時に重宝するのが、オフショア会社である。そうすれば、実際の所有者の名前が表に出ることはない。ガスプロム幹部は各国にこの子会社を設立して、売上げの中間搾取を行っている。
2000年初頭にウクライナに設立されたガスプロムの子会社はハンガリーに登記された会社だったが、そこに名を連ねていた代表者はまったくのダミーで、会社の実質所有者はイスラエルの会社だが、その本社はキプロスにあった。そのキプロスのオフショア会社こそ、FBIの重要手配人物でウクライナ出身のロシアマフィアの大物、モギレヴィッチの合法会社である。モギレヴィッチ夫人がハンガリー人だったこともあり、モスクワのマフィア戦争を避けて、1990年代のほとんどをブダペストで過ごし、そこから指令を発していた。旧ソ連でガスプロムの経営管理を長く担当し、ガスプロムの部分的民営化の過程で利権を確保したチェルノムイルジンは、プーティン政権下でウクライナ大使の任を得た。彼は裏と表の関係を利用して、ウクライナへ販売したガス代金を形だけの会社を経由させることで、巨額の中間利益を得る仕組みを作った。年間、何百億円規模の詐取である。この事実が西側のメディアで報道され、ウクライナでも公になった結果、プーティン大統領とクーチマ大統領(ウクライナ)はハンガリーに設立した会社を清算し別会社を作ったが、詐取のスキームであることに違いはない(詳細は、http://www.morita-from-hungary.com/japanese/07.htm)。
ガスプロムの幹部たちは、政治家と一緒になってこの種の子会社を作って、会社の売上げを横領してきたのである。だから、彼らが何百億円単位の資産をオフショア会社に保持していても、何の驚きもない。
 プーティン政権前のエリツィン大統領時代に、アエロフロートの経営権を握ったベレゾフスキーは、外貨売上げをスイスの会社を経由する仕組みを作り、中間搾取を行っていた。プーティン政権誕生とともに、ベレゾフスキーはイギリスに亡命したが、2013年にロンドン郊外の自宅で死亡しているのが確認された。死因は不明だが、他殺される理由は数多くある。
1990年代にエリツィン大統領を操り、オルガルヒに成り上がったベレゾフスキーを中心に、オルガルヒたちの蓄財の詳細を描いたGodfather of Kremlin, Houghton Mifflin Harcourt, 2000を記したフォーブス記者ポール・クレブニコフは、フォーブスのモスクワ支局開設直後に暗殺された。クレブニコフを恨んでいた人々は多いが、とくにベレゾフスキーの憎悪は大きかったはずである。この書物によってオルガルヒの成り立ちが明々白々に成り、プーティンがオルガルヒへの民衆の敵意を利用して、ベレゾフスキーやホドルコフスキーたちを追いやったのだから、ベレゾフスキー以外にもクレブニコフを恨んでいた人は多かっただろう。数百ドル程度で、嘱託殺人を請け負う者がいる国である。

オフショア企業の設立を奨励する会計事務所
 ハンガリーでは大手会計事務所が、顧客にオフショア企業の設立を勧めていた節がある。実際、会計事務所の社長を務め、社会党政権末期に国立銀行総裁になったシモル・アンドラーシュは、自らの資産のほとんどをキプロスに設立した会社に移していたことが発覚した(2009年)。野党は辞任を求めたが、シモルはオフショア会社を清算して、ハンガリーに資産を移し、辞任を拒否した。マネーローンダリングが行われたわけではないが、国民に緊縮政策を求める政府の一員が、自らの資産を国外に移動させ、資産を守ろうとするなど許されない。アイスランド首相が今回のパナマ文書で辞任したが、国家資金を入れて援助した銀行の株式をパナマに設立した会社が保有していたのは、権力を利用したインサイダー取引だから、辞任は当然である。
 ハリウッドの映画プロドューサーだったアンディ・ヴァイナは、2000年以後、ハンガリーに事業を拡大し、カジノやNobuレストラン、テレビ局の買収など手広く事業を展開しているが、これらの会社にはキュラソー島、ルクセンブルグ、デラウェア州などのタックスヘイヴン地に設立した会社が所有者として登記されている。
 中国の政治家が蓄財する仕組みを調べたことはないが、ロシアや中・東欧で旧支配層が利用した仕組みとさほど違いはないだろう。親族の名義で設立したオフショア企業が、大きなディールのコンサルティング会社として仲介したことにすれば、巨額の仲介報酬や賄賂がオフショア企業に流れる仕組みを作ることができる。先進市場経済国家では犯罪を構成するが、封建的な規範が支配している国家では検察が摘発することもない。いずれにしても、そういう知恵を付けたのは、西側の金融機関か、コンサルティング会社であることは間違いない。

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