2016.04.11 24日投開票の衆院京都3区補選―民進党にお灸をすえる選挙に
~関西から(183)~

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 破廉恥極まる不倫問題の発覚で、宮崎健介元衆院議員(自民党を離党)が辞職したことに伴う衆院京都3区の補欠選挙が間近に迫った。告示日は4月12日、投開票日は4月24日だ。自民党と共産党が候補擁立を見送ったこともあって、立候補したのは民進党現職、おおさか維新と日本のこころの新人2人、そして諸派・無所属の新人3人が加わって計6人となった。4月3日には民進党候補の事務所開きも行われ、京都選出の民進党国会議員が勢揃いした。

 その中での前原衆院議員(民主党元代表)の挨拶が面白い。前原氏は人も知る橋下おおさか維新元代表と肝胆相照らす仲のはずだか、今回は自民党が候補擁立を断念したこともあって、「本来の敵は自民だが、今回の敵は野党か与党かわからないおおさか維新だ」とおおさか維新を牽制してみせた。選対本部長の福山参院議員も「大阪のことは大阪でやっていただければ結構だ」(毎日新聞2016年4月5日)と口をそろえ、民進党とおおさか維新の「対決」ムードを盛り上げた。今回の衆院京都3区補選は見たことも聞いたこともない泡沫候補が乱立する選挙戦なので、地元有権者は白け切っている。選挙戦を盛り上げるためには誰か「敵」をつくらなければならない。その標的がおおさか維新だというわけだ。

 そう言えば、読売新聞も民進党とおおさか維新の「対決」をしきりに強調している。4月4日の朝刊は「民進とおおさか維新軸、衆院京都3区補選12日告示」との見出しで、おおさか維新関係者が大挙して京都入りしたとか、ビラを精力的にばらまいているとか、とかくおおさか維新の姿を大きく見せようとしている。たしかに京都3区の中心の伏見大手筋商店街では、緑色のジャンパーを着たおおさか維新の運動員がビラを撒いているが、しかし私の見るところでは買物客のほとんどはビラを受け取らないで素通りしていく。その前で客待ちしているタクシー運転手などは「大阪が京都に来てもアカンやろ」と皮肉っていたが、どうやら大阪の運動員たちも勝手が違って相当戸惑っているようだ。

 そんなときに現れたのが朝日新聞編集委員、曽我豪氏の珍説だ。曽我氏は4月3日の政治コラム「日曜に想う」で4月24日投開票の衆院補選の意義について述べ、「北海道は首相が力説する通り『自公対民共』という与野党の主軸が全面対決する闘い」、「京都は民進党とおおさか維新の会の対決が前面に出る野党の主軸を争う闘い」だと位置づけた。前原氏でさえおおさか維新を「野党か与党かわからない」と言っているのに、曽我氏はおおさか維新を堂々と「野党」として扱い、しかも京都3区補選は民進とおおさか維新の「野党の主軸を争う闘い」だと言い切ったのだ。意図するところは「京都でおおさか維新が勝てば、ダブル(選挙)にせよ消費増税にせよ、首相は進むも引くも自在の求心力が得られよう。そればかりか民進党を揺さぶりつつ、宿願の憲法改正へ向け、おおさか維新と共に『自公お』の多数派構築への第一歩と称することも不可能でない」(同上)ということだろうか。

東京本社にいて首相官邸に入り浸っている「アベ友」の曽我氏には、大阪本社社会部の記事など目に入らないのだろう。3月16日の朝日記事は、「ダブル補選攻防本格化、北海道5区与党 vs 野党統一候補、政権引き締め図る、京都3区自民は擁立断念、民進問われる存在感」という見出しでもわかるように、どこにも民進とおおさか維新の対決なんて書いていない。「京都3区は民主、維新両党が合流する民進党にとって初の国政選挙で、政権への対抗軸としての存在感を示せるかが焦点だ」とあるように、問われているのは新しくスタートした民進党の存在感であり、どれだけ票を集められるかに焦点が当てられているのである。

 話を元に戻そう。私は選挙事務所開きの前原氏のあいさつを聞いて、一瞬「野党か与党かわからない」のは自分たちのことではないのかと思った。前原氏らが牛耳る民進党京都府連は、府議会でも京都市議会でも自民・公明と並ぶ「純与党」であり、政策も体質も自民と同じで何ら変わらない。国政でも前原グループは「民進党保守系」と言われ、「野党か与党かわからない」行動をとり続けている。その張本人がわざわざおおさか維新を「敵」と言うのだから、まさに「目糞、鼻糞を笑う」類の話なのだ。

 読売紙は連載「政治の現場、野党融合」(第4回、2016年4月5日)で、今回の衆院補選で前原氏が果たした役割を次のように書いている。
 ―前原氏が民主党京都府連の会合で「共産党に協力を依頼するか、一切交渉せずに独自に戦うか」と補選の対応を問うと、全地方議員が「交渉せず」を支持したという。前原氏自身も共産党との選挙協力は「絶対に受け入れられない」との立場だ。岡田代表が共産党との連携を進めているのに対し、前原氏は「共産党はシロアリ、(協力すれば党の)土台が崩れる」と言い放ったこともある―。

 京都の民進党の態度はその後も一向に変わらない。学者や弁護士でつくる市民団体が4月3日に京都市内で開いた集会は、安保法制廃止に向けて国政選挙での「野党共闘」を盛り上げるためのものだったが、衆院補選に立候補する民進党現職は姿を見せず、選対本部長の福山参院議員が出席したものの「京都では共産党と共闘できない。今後も選挙で戦うわけだから」と言い切り、会場を唖然とさせた。

 いま私の手元には「京都はいったいどうなっているのか」との問い合わせが全国から相次いでいる。同じ衆院補選とは言いながら、北海道5区とはあまりにも情勢が違い過ぎるので、どう考えればよいか多くの人が戸惑っているからだろう。共産党の志位委員長は3月20日の京都駅前の街頭演説で、「京都の民主が連携を拒む中、『野党は共闘』と言う市民の声に応えた」と訴えたが、市民の声とはいったいどこの市民の声なのか、京都市民の多くは納得していない。

 衆院京都3区の補選は、民進党とおおさか維新の「野党対決」でもなければ、福山氏が言うように「自民党にお灸をすえる」ための選挙でもない。「野党か与党かわからない」勢力が自民・共産が候補を擁立しないスキに乗じてただ議席をかすめ取ろうとして争っているだけだ。こんな不毛な選挙は今まで見たことがないし、野党共闘の大義からいっても許されることがあってはならないだろう。

私は端的に言って、衆院京都3区の補選は京都の「民進党にお灸をすえる」選挙だと思っている。5野党が合意した野党共闘の原則を踏みにじり、党利党略選挙を強行する京都の民進党には立憲主義も何もあったものではないと考えるからだ。京都3区の有権者はこんな民進党にお灸をすえなければならない。私個人としては「積極的棄権主義」を掲げて行動するが、多くの市民は記録的な低投票率でそれに応えてくれるだろうと思っている。

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