2016.04.20 ナチの授権法を類推させる自民党改憲草案
『ヒトラーとナチ・ドイツ』を読んで

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 石田勇治著『ヒトラーとナチ・ドイツ』を読んだ。2015年6月20日に発行された講談社現代新書である。たまたま、「日本の現状を考える上で参考になると思うよ」という友人の勧めで手にした本だったが、一読して、少なからぬ戦慄を覚えた。1933年1月にドイツで政権をにぎったヒトラー率いるナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)が独裁政権を樹立してゆく過程で決定的な役割を果たした授権法と、自民党の日本国憲法改正草案にある「緊急事態条項」の内容があまりにも似ていたからである。

 『ヒトラーとナチ・ドイツ』は、ヒトラーの生い立ちから稿を起こし、その後、ヒトラーがナチ党の党首から首相、さらに総統に登りつめるまでの経緯、独裁者としてホロコースト(ユダヤ人迫害)を行ったり、第2次世界大戦を起こし、ナチ・ドイツが壊滅するまでの歴史を検証した著書である。著者の石田勇治氏は東京大学大学院総合文化研究科教授。専門はドイツ近現代史、ジェノサイド研究。多くのことを教えられたが、とりわけ印象に残ったのは、授権法に触れたくだりだった。

 同書によれば、戦前のドイツでヒトラー政権が成立したのは1933年1月30日であった。これに先立つ国会選挙(1932年11月)でナチ党が手にした得票率は33・1%、議席数は196(総数は584)に過ぎなかったが、ナチ党は政権をにぎる。当時のドイツは「大統領内閣制」で、ヒンデンブルク大統領が国会第1党のナチ党の党首ヒトラーを首相に任命したからだった。ヒトラーは、国会選挙での得票率8・5%、議席数52の国家人民党と連立政権をつくった。それでも国会では過半数に届かず、少数派政権としてスタートした。

 同書によると、「ヒトラーがすべてを賭けて手に入れたかったもの、それは授権法だった」という。授権法は「全権委任法」とも呼ばれるが、正式には「国民および国家の苦境除去のための法」。その内容は、同書によると、次のようなものだった。

第一条 国の法律は、憲法に定める手続きによるほか、政府によっても制定されうる。
第二条 政府が制定した法律は憲法と背反しうる。
第三条 政府が制定した法律は、首相の手で認証され、官報に公示される。
第四条 外国との条約で立法の対象となるものは立法参与機関の承認を必要としない。そ    のような条約の遂行に必要な規定は政府が発令する。
第五条 本法律は、公示日をもって施行される。一九三七年四月一日をもって失効する。    現在の政府が取って代わられたときにも失効する。

 政府は、国会審議を経ずに法律を制定できるばかりか、憲法に反する法律を制定する権限をもつ。まさに驚くべき内容をそなえた法律だ。
 ヒトラー政権はこれを1933年3月23日、国会で可決・成立させた。賛成444票、反対94票。同書によれば、ヒトラー政権はこれを可決・成立させるために、国会議事堂炎上事件を悪用して共産党の国会議員を排除したり、議院運営規則を変更したり、さらにカトリック政党を懐柔するなど、あらゆる手段を講じたという。
 この授権法がどんなにすさまじい威力を発揮したかはすでによく知られているから、ここでは述べない。

 さて、自民党が2012年4月27日に決定した日本国憲法改正草案には次のような条文がある。

 第九章 緊急事態

 (緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3(略)
4(略)
 (緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 この条文のミソは「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」というところだろう。ここにナチ・ドイツの授権法との類似をみるのは行き過ぎだろうか。
 私としては、麻生太郎副総理兼財務相が3年前、講演で、憲法改定をめぐってドイツのナチス政権時代に言及し、「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。あの手口を学んだらどうか」と述べたと報じられた時、さほど気にも止めなかった。が、今では、これは私たちとしては無視できない発言なんだな、思うようになった。

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