2016.04.22 衆院京都3区補選は泡沫候補の乱立で「烏合の衆選挙」と化した
~関西から(184)~

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 4月17日は衆院京都3区補選のラストサンデーだった。通常、国政選挙のラストサンデーともなれば、各党の街頭宣伝が入り乱れて騒然とした雰囲気になるのが普通だ。ところが、どうだろう。京都3区の最大の商店街である伏見大手筋商店街は異例の静けさに包まれ、運動員の姿もまばらで周辺には候補者の街宣車もいない。まるで、選挙が行われているのかどうかも分からないほどの雰囲気なのだ。聞こえてくるのは、九州の熊本大地震の被災者支援を呼びかける募金運動の声ばかりなのである。

 熊本の被災者への配慮で一時選挙運動を自粛したのではないかという人もいるが、国政選挙ならば被災者への支援活動の一環として選挙戦を戦うこともできるはずだ。安倍首相が「東北の復興なくして日本の未来はない」と云いながら、東日本大震災から5年も経てば被災地や被災者を振り返ろうともしない姿勢に対して、鋭い批判を選挙戦を通して展開することもできるのである。だが、京都3区の候補者たちにはそんな政治意識もなければ政治感覚もない。教え込まれた選挙スローガンやスピーチをただ繰り返すのみだ。

 今回の補選候補者たちはいずれも保守票目当ての選挙戦を展開しているので、安倍首相の批判に直接つながるような演説や宣伝は一切避けている。だから「伏見生まれの伏見育ち」しか言わない地元候補者もいれば、着物姿で「京都のおもてなしの心を政治に活かす」と観光大使まがいの演説に終始する候補者もいる。また「身を切る改革で京都を変える」とまるで京都のリストラを目的にしているかのような言葉しか口にしない候補者もいて、これが国政選挙なのかと思わず耳を疑ってしまう。

 だいたい「伏見生まれの伏見育ち」なんて、22万人もの有権者がいる伏見区ではゴマンといるではないか。それが国政選挙のキャッチコピーになるのであれば、少なくとも数万人の「伏見生まれの伏見育ち」の市民が国会議員になれるはずだ。馬鹿も休み休み言ってほしいと思うが、これを繰り返すことが票になると思っているのか、本人はいっこうに止めようとしない。それに着物姿の候補者なんて京都ではちっとも珍しくない。最近の京都の観光客は(外国人も含めて)みんなレンタルの着物姿で歩いている。着物姿で票を取れるのなら簡単だが、それを本気で実行に移すところが余りに水準が低くて悲しい。

 「身を切る改革」が表看板の候補者などは如何にも俄か仕立ての落下傘候補者らしく、運動員も含めて京都の地名などにはまるで無頓着(無教養)らしい。長岡京市の演説では「神足」(こうたり)を「かみあし」と読んで聴衆を唖然とさせたという噂が伝わってきている(散髪屋さんで聞いた)。おまけに肝心の彼ら自身がそのことに最後まで気づかなかったというから、これはもう笑い話しにもならない。選挙戦で地名を正確に喋ることはきわめて重要だ。随分前のことだが、京都府知事選で自民候補の応援に来た公明党代表が「清水の舞台」を「しみずのぶたい」と云って京都市民の失笑(嘲笑)を買ったことは、いまでも笑い継がれる語り草になっているのである。

 事実、告示日前後の各紙を見てもその見出しに苦労している。
「衆院選前哨戦 京都3区6人届け出」「自共不在、異例の構図」「乱立補選、かすむ争点」(京都新聞)
「参院選占う2補選告示、衆院北海道5区与野党対決、京都3区は6人届け出」「自民・共産不在 選択は、京都3区保守層・無党派層を意識」「自民漂流奪い合い、京都3区『不戦敗』 与党支持層に不満」(朝日新聞)
「民意反映どこまで、衆院2補選告示、自民不在 京の陣」「6人舌戦スタート、自共不在 未来誰に託す」「声どう届ければ、衆院補選 自共不在、『激戦』京都3区『質も議論を』」(毎日新聞)
「民新 おおさかか維新、国政選 迫る初陣、不在の自民・共産票争奪」「有権者『争点は何?』、京都3区補選告示、候補者ら第一声」「不祥事原因『情けない』、『地に足着いた議論を』、有権者冷ややか」「与党不在 対決色どこまで、自民支持層動向カギ」(日経新聞)
「自共不在 異例の構図、京都3区補選 3党首駆けつけ出陣」「3党 党名売込み、初の国政選挙『勢いつける』、自共支持者『投票先ない』」(読売新聞)
「自共不在 異例の幕開け、野党同士、票奪い合い」(産経新聞)

ここでは「自共不在」「異例の構図」「6人乱立」「争点あいまい」「民意は反映できるか」「投票先ない」など一連のキーワードが浮かび上がっており、有権者はもとよりマスメディア自体もどのように情勢分析をしていいのか戸惑っている様子が見て取れる。また京都3区補選に関しては関連記事がもともと少ないうえに、とりわけ熊本地震が発生してから以降というものはほとんどまとまった記事がない。これでは、有権者がどう判断していいか分からない状態がこのまま続いていくかもしれない。

自民候補と野党統一候補の文字通りの一騎打ちになった北海道5区補選に比べて、京都3区補選の有様は泡沫候補が乱立する「烏合の衆選挙」になったと云ってもよい。北海道5区の勝敗の行方は、間違いなく参院選(衆参ダブル選)のみならず安倍政権の命運にも多大の影響を及ぼすであろうが、京都3区の結果はどう転んでも政局には影響しない。北海道5区補選はいわば野党共闘の「表の顔」であり、今後の政局を左右する「要の一石」としての戦略的意義を持つ国政選挙であるのに対して、京都3区は野党共闘の「裏の顔」ともいうべき醜い党利党略が渦巻いているだけだからだ。そこには安倍政権を打倒しようという「大義」のヒトカケラも見られないし、こんな選挙なんて行きたくもない、見向きもしたくないというのが有権者の本音ではないか。

 2014年12月衆院選京都3区は、自民、民主、共産、維新の4党が争い、投票率は49%で全国平均53%を若干下回った。今回補選の期日前投票は4月16日現在、前回よりもやや上回っているが、そのペースは日が経つにつれてダウンしてきている。もともと自民議員の不倫問題が原因で発生した今回の補選は、2億6千万円もの公金を使うとあって有権者から厳しい批判を浴びている。その批判を払拭するだけの大義のある選挙が行われるのであればまだしも、現実には泡沫候補が乱立する烏合の衆選挙になったのでは、前回以上の投票率を期待する方が無理というものだ。京都3区補選は、勝敗の結果よりも投票率の水準が選挙の意義を左右する前例のない(異例の)国政選挙になったのである。

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