2016.04.28 台湾海峡―こちらの雲行きも?
新・管見中国10

田畑光永 (ジャーナリスト)

 今月中旬、所用で数日間、台湾に行ってきた。ご承知のとおり台湾では1月の総統選挙と立法院(議会)選挙の両方で、野党の民進党(日本に同名の政党ができて紛らわしくなったが、台湾の民主進歩党=民進党のほうがずっと先輩)が与党の国民党に圧勝して、今は5月20日に蔡英文新総統が就任するまでの間の政権過渡期である。
 そしてこれもご承知のことだろうが、国民党が大陸との関係を重視してきたのに対して、かつては台湾独立を標榜していた民進党は、今でこそ「独立」は口にせず、大陸との関係は「現状維持」を看板にしているとはいえ、いずれ国民党との違いが出てくるはずというのが大方の見方である。
 そんな微妙な時期なのだが、滞在中に現地の新聞が大見出しを躍らせる出来事が2件もあった。いずれも大陸との間合いにかかわる事柄である。
 1つは東アフリカのケニアから台湾人を含む詐欺犯とその容疑者77人が4月8日と12日の2回に分けて中国に送られたというニュース。なんだそれは?とお思いだろうが、話はこうである。
 日本で今でもはびこっている「オレオレ詐欺」の多くに中国人がかかわり、犯行の電話が中国からかけられていた(いる)ことはご存知だろうか。台湾で聞いたところでは、この詐欺の手口を日本で学んだ大掛かりな中国人の詐欺団ができており、その幹部は中国人といっても台湾人が多いのだそうである。しかし、どこも取り締まりが厳しくなり、中国大陸からフィリピン、ベトナム、マレーシアと東南アジアの国に本拠を移し、さらに最近はなんとケニアにまで進出?していたのである。手段としてはかつては電話が主であったが、最近はインターネットやメールを使うことが多いので距離は問題にならないのだそうである。名前も台湾の新聞では「電信詐騙」と書かれていた。
 そのケニアでは一昨年、1人の中国人男性の焼死事件が発端となって77人の中国人詐欺グループが摘発され、不法入国、無線機器の無許可使用、それに「電信詐騙」に問われた。77人のうちの半数以上、45人が台湾人である。そして4月5日に裁判所で判決があり、37人がケニアでは無罪となった。しかし、詐欺の舞台は圧倒的に大陸であるため、中国の警察はあらかじめ係官多数をケニアに派遣して、あらためて45人の台湾人も含め全員を中国で裁判にかけるために自国の飛行機に乗せて北京に連行した。
 これに台湾の世論がいきり立った。台湾の主権、台湾人の人権を無視し、蹂躙するものだ、というわけである。ケニアは中国と国交を結んでおり、台湾との間には外交関係がない。台湾の政府は南アフリカにある大使館から人を派遣して、釈放された台湾人を台湾に戻そうとしたが、中国との関係を気にするケニア政府の協力を得られず、同胞を中国にさらわれる結果となった。
 蔡英文次期総統も中国に台湾人の返還を要求し、今はまだ野党の民進党や先の立法院選挙で議席を獲得した新党「新生力量」の議員が議会で政府を追及した。馬英九現総統も「釈放を要求するため、法務部(法務省)と大陸委員会(大陸との窓口機関)は、早急に人を派遣して台湾の厳正な立場を説明し、妥当な処理をせよ」と指示した。
 とはいえ、台湾側の反応も一色ではない。主権無視、人権無視といきり立つ声と一線を画しているのがほかならぬ法務部である。その裏にはこういう事情がある。
 じつは同様のケースが5年前にフィリピンとの間であった。その時はフィリピンから中国に送られた台湾人被疑者を4か月におよぶ交渉の末、台湾側は自国に取り戻し、自前の裁判で裁いた。しかし、犯罪の現場は大陸であり、被害者も証拠も大陸にあるのだから、台湾では裁きようがない。
 さらに問題となったのが、詐欺罪に対する大陸と台湾との量刑の差である。大陸の刑法では最高刑が無期懲役であるのに対して、台湾ではわずかに5年、場合によっては罰金ですませられる。げんに5年前のケースでは台湾での判決の最高は懲役3年8か月で、それも被告は罰金を払ってすぐに娑婆に戻り、「職場復帰」(?)した、という。だから、中国側は中国での電信サギの被害額は毎年100億元(1700億円)にも上るのに、台湾の裁判はあまりにも実情にそぐわないとして、自国での裁判にかけようとしているのだ。
 その5年前の事件以来、大陸と台湾との間では司法協力の話し合いが進んでいるため、台湾の法務部では、「相手は犯罪人なのだ。人権もあるが、犯罪は裁かれなければならない」と大陸の立場に理解を示すのだ、と見られている。
 野次馬として、こういう騒ぎを眺めるのは確かに興味深い。一方では、主権だ、人権だ、という大声に混じって、被告の母親がマスコミに登場して「子供を返して」と泣く。一方では、「ちょっと待てよ、彼らは憎むべき詐欺犯ではないか、それも彼らどうしは大陸も台湾もなしに同じ釜の飯を食って悪いことをしてるんだぜ」という声もある。
 結局、20日に台湾から10人の代表団が北京に赴き、扱いを協議することになった。落ち着き先はいまのところまだ見えない。

 もう1つは昨年来大きな話題になってきたアジア・インフラ投資銀行(AIIB)への台湾の加盟問題である。
 台湾はかねてAIIBへの加盟を望んでおり、そのことは昨年3月末までの加盟申し込み期間中に財政部から「創始国(創設メンバー国)の一員」となる意向書を中国側に提出していた。しかし、同年4月に同銀行がスタートした時の57か国の「創始国」にはなれなかった。その理由は同銀行規約の第3条第2項に「主権を持たず、国際間の行動に自ら責任を負うことのできない申請者」は会員になれないという規定があり、そういう申請者は同条第3項により「国際間の行動に責任を負うメンバー国の同意を得るか、代わって申請してもらう」必要があるとされているからだ。
 こういう規定を作ること自体が、台湾側からみれば、「中国はことあるごとに台湾に恥をかかせようとする」行為となるのだが、ともかく台湾側はやむなく大陸・台湾間の大陸側窓口である国務院台湾弁公室を通じて加盟申請を行った。
 ところがこれがさっぱり埒が明かない。昨年11月にシンガポールで行われた「馬習会」(トップ会談)でも、馬英九総統からこの問題を持ち出して、習近平国家主席から「適当な形で台湾がAIIBに加盟することを歓迎する」という言葉を引き出した。
 ところが今年の1月、AIIBがスタート、金立軍総裁が就任すると、同総裁は台湾について、香港、マカオと同様に、前述の規約3条3項にしたがって、中国の財政部を通じて加盟を申請すべしという態度を打ち出した。
 香港、マカオは中国領内の特別行政区である。これと同じ立場で加盟を申請せよというのは、主権国家を自負する台湾を「中国の一部」扱いすることにほかならないから、ついに台湾側がキレた。12日、台湾の張盛和財政部長は「とうてい受け入れられない。われわれは無理に加盟しようとは思わない」と言い放った。これですくなくとも5月20日までの国民党政権の間はこの問題は行き止まりである。
 この2つの事例に通ずるのは、中国側が必要以上に台湾の「主権」を無視しようとしていることだ。詐欺団にしても、これまでの経緯があるのだから、台湾人をだまって中国へ連行する前に一言台湾側に連絡して、中国での裁判に台湾からの司法人員を参加させるとか、いくらでもやりようはあったはずなのに、それをせず、台湾のメンツをわざとつぶしたとしか見えない。
 AIIBはもっとあからさまだ。習近平が「適当な方式」と言って、気を持たせておきながら、結局「国内扱い」では台湾の立場がない。しかもそのあとも、ベルギー・ブリュッセルの国際鉄鋼大会では中国代表が台湾代表の肩書が低すぎると文句をつけて、会場から退席させるといった騒ぎがあったし、5月に開かれる予定のWHO(世界保健機構)の年次総会に台湾を出席させないよう事務局に働きかけて、招請状の発送をとめている。
 これまでも中国は「台湾は中国の一部」を大原則にしてきたわけではあるが、実務面では台湾の立場にも一定の理解を見せて、なかば独立国扱いを公認してきた。「中華台北」名義でオリンピックに出場してきたのが代表例である。
 両岸の実務関係がますます密接になってきた今、あらためて相手のメンツをまるつぶれにさせようとするのは、とても大人の態度とは思えない。思うに総統に当選した蔡英文民進党党首が「中国は1つ」という1992年にシンガポールで戦後初の両党(共産党と国民党)接触が行われた際の「合意」について、沈黙を守っていることを「敵意」の表れと見て、揺さぶりをかけているのであろう。
 ここ数年、中国が大国として世界に認められ、首脳がどこでも大歓迎されたのは、経済が成長を続ける大きなマーケットとしての魅力がものを言ったからだ。それが陰りを見せてきたので、焦っていることは分かるが、だからと言って身内(のはず)の台湾にことさら当たり散らすことが、第三者の目にどう映るか、習近平も考えたほうがいいのでは?
                                (160420)
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