2016.05.05  王毅外相の「四点の希望と要求」は中国外交の苦衷の表れ
          新・管見中国12

田畑光永 (ジャーナリスト)

 先月30日、北京での日中外相会談の際、中国の王毅外相は岸田外相に「中日関係改善についての四点の希望と要求」なるものをぶつけてきた。これには正直びっくりした。別に何か難しいことを決めようという会談でもないのに、のっけから希望だの要求だのというのは穏やかでないし、また両者が顔をあわせて、まだ記者やカメラマンがいるところでの、王外相の「中日関係がぎくしゃくしてきた原因が日本側にあることは日本側もわかっているはずだ」とか、「その(岸田外相の)言を聴き、その行いを見る」とかの上から目線でのもの言いも、はなはだしく外交儀礼に反する。
 これについて日本側では、『日経』に「外務省幹部が不快感を示している」という記事があったのと、『産経』のコラム「産経抄」がかつて小泉首相の靖国参拝について唐家璇外相(当時)が田中真紀子外相(同)に語った言葉と重ね合わせて、王外相を非礼をとがめているのが目についたが、その程度でこれという騒ぎにならなかったのは大人の態度としてよかった。
 私は王外相の言動に驚いたといったが、驚きの中身は「中国の外交は今、それほど苦境に立っているのか」ということである。中国の外交当局は自国政府がいかに諸外国から重要視され、その言動が尊重されているかを国民に見せることを、国益の擁護・増進と並んで、時にはそれ以上に重要な活動目的としている。したがって、自国政府に大っぴらに逆らう国には外交儀礼だからといって、にこやかに握手というわけにはいかないのだ。
 思えば改革・開放の道を30年、2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博(この年にGDPで日本を抜いて世界第2位の経済大国となった)以降、リーマン・ショック(2008年)によたよたする西側諸国と対照的に「巨大市場・中国」の存在感が世界規模に拡大したころに、中国外交は黄金時代を迎えたといえる。
 しかし、それも去年の秋、習近平国家主席が英国に招かれて、バッキンガム宮殿に宿を提供されたあたりがどうやらピークだった。経済成長にブレーキがかかったのが明らかになってからというもの、世界のいたるところで経済の話となれば、きまって「中国の減速」が枕詞にされるようになって、「巨大市場・中国」が「世界経済の巨大な重し・中国」となってしまったからである。
 AIIB(アジア・インフラ投資銀行)こそ発足したとはいえ、本格的な活動はまだ始まらないし、「一帯一路」もどことなく色褪せてきた。そうなると現金なもので、今の中国にとって落としどころの見えない南シナ海紛争の相手側であるASEAN諸国の態度も、インドネシアが中国漁船を拿捕したように、ひところよりだいぶ骨っぽくなってきた。この問題で米は「新型の大国関係」という中国からの談合の誘いに目もくれず、見て見ぬふりをしてくれないばかりか、空母や戦闘機まで動員して、中国の顔をつぶす行為を繰り返している。
 中国にとって、そこで腹立たしいのが日本である。4月10、11両日のG7の外相会議では、議長国としてわざわざこの問題を取り上げて、「一方的な現状変更に反対」などと当事者でもないのに余計な口出しをした。中国がこの問題で日本を批判するときには、必ず「説三道四(三と言い四と言う)」という言葉をつかう。日本語ならまさに「つべこべ言う」という意味の口語である。
 そういう日本の外務大臣を呼んで会談するとなれば、それなりの態度を自国民に見せなければ筋が通らない。それが会談冒頭の発言であり、「四点の希望と要求」なのである。今回が初めてではない。一昨2014年11月の安倍・習近平会談の際には、事前に谷地正太郎国家安全保障局長と楊潔篪国務委員との間で4項目の合意事項(内容は省略する)をまとめるという厄介な手続きを経て、やっと首脳会談となったのである(あの時の習近平の仏頂面と今回の笑わない王毅の顔は同じ演技である)。
 したがってじつは「希望と要求」の内容はそれほど重要ではない。最初の「歴史を反省して、一つの中国の原則を守れ」というのは、台湾の蔡英文政権が発足してもこれまでの枠から外れるような扱いはしないでくれ、という意味だろうし、次の「中国脅威論や中国経済衰退論をふりまかないでくれ」というのは、結構、それがこたえていることを問わず語りに言っていて、実感がこもっている。3番目の「経済面で中国を対等に扱い、協力を推進する」というのは、中国外交部のHPの文章を見る限り、どっちがより大きく相手に依存しているというような古めかしい考え方をすてて、対等に協力しようという程度のことである。最後の「地域や国際問題で中国への対抗心を捨てる」というのは、南シナ海問題で日本はわれわれに喧嘩を売らないでくれ、ということである。
 これは言うまでもなく、相手側の「希望と要求」であって、合意事項でもなんでもないのだから、こちらはそうですかと聞いておけばよいものである。その意味では匿名であっても外務省幹部が「不快である」などとコメントしたのは、言わずもがなである。
 なぜそう思うか。形とは別に今回の外相会談には「希望と要求」どころではない重大な兆候が現れていると私は見ているからだ。それは岸田外相に李克強首相が会ったという事実である。王毅外相の態度からすれば、李克強首相が出てこないほうが自然である。楊潔篪国務委員にしてもそうである。G7外相会議での南シナ海問題の扱いについて、しかるべき説明がない限り、(その理由を明示的に言うか言わないかは別にして)格上の首相や国務委員は会えないといっても、それこそ外交儀礼上の問題はない。これまでの外交部のこの問題での対日態度から見て、私は最後はそうなるとじつは思っていた。ところが両者とも出てきた。
 本欄でこのところ何回か書いてきたように、中国の内政、とくに経済をどう回復軌道に乗せるかはなかなか道筋の見えない難問である。その反映として、これまでの金にものを言わせた外交も行き詰まっている。米の尻馬に乗って言いたい放題の日本には腹わたが煮えくり返るが、ここで日本との関係までこれ以上悪くすることはできない、というのが、最高首脳部の判断だったのではないか。
 これが私の言う「重大な兆候」の中身である。あくまでも推測であるが、これまでの強気一点張りの中国外交もさすがに見直しを迫られているのではないか。とすれば、ここは日本も考えどころである。あくまでも中国側の事情による変化なのだから、なにもそれに付き合う必要はないという議論もあるだろうが、中国との関係を緊張させてもプラスはないのだから、お互い相手を刺激することは避ける方向に努力するべきではないか。すくなくとも、中国がそうならここはチャンス!などと考えて、G7サミットを舞台に反中国の合唱を響かせようなどという愚論が出てこないように願っている。(160502)
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