2016.05.18  EUの新たな難民・移民政策(下)
    対応を迫られるハンガリー政府

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

EUの難民対応の変遷
 2015年9月、ハンガリーへ大量の難民が流入した時点で、欧州委員会はハンガリーやギリシア、イタリアに滞留している難民のEU加盟国間での引受けクォーターを提案した。9月末に欧州司法・内務理事会では、ハンガリーを除く、ギリシアとイタリアに滞留する難民66000人の強制割当を決定した。この時、ハンガリーは自らが抱える難民を割当対象にすることを拒否したために、ハンガリーに滞留する難民は除外された。
 この強制割当の決議は特定多数決で行われたが、ハンガリーを初め、スロヴァキア、チェコ、ルーマニアなど旧東欧諸国は反対票を投じた。さらに、その後、スロヴァキアとハンガリーは強制割当決議の無効を訴えて、欧州司法裁判所に提訴した。この間、ハンガリーは難民登録を終えた難民を随時、ドイツへ送り出し、年末までにハンガリー国内には難民がほとんどいなくなった。
 9月以降に、それまでの流入数をはるかに上回る大量の難民が欧州に流れ込んだことで、9月の強制割当は事実上、機能しなくなった。また、メルケル・ドイツ首相は10月に、恒久的なクォーター性の導入を提案したが、これはEU加盟28ヵ国のうち、15ヵ国の反対で否決された。
 しかし、ギリシア、クロアチア、スロヴェニア、オーストリアを経由して、ドイツへ向かう難民の流れは収まらず、昨年末から今年にかけて、ドイツもオーストリアも入国者数の制限を打ち出し、経由地となるマケドニアも入国制限から国境閉鎖を打ち出したことによって、難民・移民はギリシアのマケドニア国境に滞留し始めた。
 この事態を受けて、EUはトルコとの協議を通して、3月20日以降にギリシアに到着した難民・移民は即座にトルコへ送還する合意に達した。密航業者の取り締まりもあって、以後の難民・移民の流入は激減している。
 このように事態が一段落したのを受け、欧州委員会は再び、強制割当の新しいメカニズムを提案することになったのである。この新しい制度を機能させることによって、ギリシアとイタリアの状況の早急な改善が期待されるというわけである。

ハンガリー政府の対応
 ハンガリー政府は異宗教の異民族を社会に抱えることを拒否し、中欧4ヵ国(V4)と連携して、強制割当に強く反対してきた。オルバン首相はあらゆる割当制度に反対しており、強制割当の是非をめぐって、国民投票を実施することを決めている。
 しかし、EUの金銭的支援を受けていながら、連帯して難民を引き受けることを拒否する態度は、他の加盟国から強い批判を受けている。オルバン首相は、「EUは加盟国に命令を下す超国家ではなく、合議制の連帯共同体である。ハンガリー社会が異民族を抱えるべきか否かは、EU委員会が決めることではなく、ハンガリー国民が決めることだ」と主張し続けている。
 すでに社会内部に異民族を多数抱える西ヨーロッパの諸国とは異なり、中欧諸国は単一民族国家に近い社会を維持している。したがって、新たに異民族を社会に抱え込むことに、大きな拒否感がある。そこがヨーロッパの旧宗主国やドイツと異なる点である。それほど難民を抱えたくなければ、EUから離脱すべきという声もあるが、それは感情論になってしまう。
 秋に予定されているハンガリーの国民投票の構想に、欧州委員会は危機感を抱いているが、ハンガリーの国民投票の結果は欧州委員会の決定に大きな影響を与えるとは考えられない。ただ、今回の提案のように、1人25万ユーロという高額な「罰金」がそのままEU委員会で承認されるとは限らない。V4やほかの国が異議を申し立てれば、この金額が下げられる可能性がある。
 現在、ハンガリー政府は後ろ向きの態勢で、欧州員会の提案に拒否を貫こうとしているが、現段階で拒否方針に固執するのは賢いとは言えない。ハンガリーから基本的原則にかんする議論や種々の具体的条件の問題提起を行い、提案された施策の有効性を議論する方向に向かうことが賢明だと思われる。

欧州員会提案の問題点-難民と移民の同一視 
 欧州員会の提案では、難民は自動的に移民の資格を獲得できるような前提に立っている。何よりも、この前提の是非を議論すべきではないか。
 難民はあくまで一時的に母国から逃れ、他国での庇護を受ける立場である。だからこそ、難民は自ら庇護される国を選択することはできない。そこが経済移民と異なる。難民はあくまで一時的庇護を受ける立場にある人々で、母国での生活の脅威がなくなり、平和的社会が復元されれば、当然、母国に帰るべき人々である。もちろん、庇護された国で言語と技術を習得し、そこで移民権を得ることはあり得るが、原則は一時的な庇護である。
 したがって、難民の庇護はあくまで一時的なものであり、滞在許可は定期的に審査され、事情の変化が起きれば滞在許可が延長されないこと、また移民を希望する場合には一定水準の言語習得と労働技術の習得が必須になること、当該社会の法的規範を破るものは国外退去とすること、当該国の法や社会の価値を否定するものもまた、滞在許可の延長を拒否されることなどを、明瞭にすべきだろう。
 ところが、欧州員会の文書のどこを読んでも、このような記述がない。そればかりか、欧州の人口減を補う労働力として、熟練労働者を積極的に引き受けるべきという提案や、革新的な事業者を惹き付けるべきだという提案を行っている。明らかに、これは難民問題とはまったく異なる文脈での議論であり、難民問題を経済移民問題と同一視している。これは明らかに、ドイツなどの一部の工業国の資本の要請にもとづくものであり、労働力不足にない諸国がそれに倣う必要がないことである。
 また、割当の対象となる難民は、これから流入する難民なのか、それともすでにギリシアやイタリアに滞留している難民なのかについての言及は一切なく、普遍的にこの配分メカニズムが提案されている。もし将来にわたって難民を継続的に受入れるメカニズムとして提唱されているなら、再びこのメカニズムに乗ろうとして、世界の各地から難民や経済移民が欧州に殺到する契機にもなりうる。明らかに、この提案を準備した官僚組織はEUの恒久的な難民・移民の自動配分メカニズムを構築することを意図しているのだろうが、目的を限定しない恒久的施策の提唱は、不法な移民の流入を加速させることになろう。
 このように、欧州員会の提案にはその基本的な原則のところで問題を孕んでいるだけでなく、具体的な対象の議論を排除している点で問題が多い。ところが、ハンガリー政府は一切の割当を拒否するという頑なな態度から、25万ユーロの罰金が高すぎるという議論に傾斜している。政府を批判する識者も、25万ユーロを得られるなら良いビジネスだから、否定的態度を貫かないほうが良いと提案する者もいる。この双方とも、議論の道筋を間違えている。
 難民問題と経済移民の問題は、きちんと分けて議論したほうが良い。パリのテロ事件もブリュッセルのテロ事件も、旧宗主国が受け入れた移民の二世や三世が起こしたものである。移民をたんに労働力補充とだけ考え、欧州社会への同化の問題をないがしろにしてきた結果である。欧州委員会は難民や移民の社会同化の原則について、きちんとした議論やルールを明瞭にすべきである。それなしに、難民問題を労働力不足にかかわらせて議論するのは間違っている。
まず難民の取り扱いについて厳格な条件を付し、庇護が一時的なものであることも原則を明確にすることが議論の前提にならなければならない。それに関連する種々の条件を厳密に規定する方向こそが、ハンガリー政府にとっても正しい戦略になるはずだ。連帯金や労働力不足の議論に集約されるべき問題ではない。
(関連する議論は、http://www.morita-from-hungary.comを参照されたい)

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