2016.05.27  「CIAの秘密戦争」マーク・マゼッティー著
    小谷賢監訳・池田美紀訳 早川書房 2200円+税

伊藤力司 (ジャーナリスト)


CIA(アメリカ中央情報局)と言えば、世界で最も予算の多い諜報機関であることは誰でも知っている。そのCIAが1991年のソ連邦解体で冷戦が終結した結果、予算はぶった切られ、有能なスパイたちを含む人員整理の嵐に見舞われた。しかしその10年後、米国を襲った9・11同時多発テロ事件を受けてCIAはテロとの戦いの最前線に立つ機関としてよみがえった。

「9.11」を受けて「愛国者法」を制定した時のブッシュ政権は、アフガン戦争(2001年)とイラク戦争(2003年)を相次いで開戦、アメリカをテロ戦争に組み込んだ。そしてアフガニスタンとイラクの政権は崩壊させたが、テロを封じ込めることはできなかった。後を継いだオバマ政権はイラクから撤兵、アフガニスタンからの撤兵計画を進めている。しかしこの間、イスラム過激派のテロは中東からアジア、欧州に拡大、世界的不安を呼び込んだ。

本書は「9・11」後のアメリカが展開した戦争の中で膨張したCIAの現代史を、同時並行的に描いたドキュメントである。CIAは本来敵方の機密情報を集めて分析するスパイ機関なのだが、このテロ戦争の時代にCIAは直接敵方と戦う戦闘機関に変質した。その結果、本来の戦闘集団である陸海空軍を司るペンタゴン(米国防総省)とはライバル関係に陥り、ホワイトハウスの関心を引くために両者が張り合う姿が活写されている。

ブッシュ政権は、イラクのフセイン政権が大量破壊兵器(WMD)を隠し持っているとのCIA情報を根拠に、イラクに侵攻してフセイン政権を打倒したがWMDは見つからず、世界の失笑を買った。イラクはWMDを持っていないとするCIAの分析もあったのだが、フセイン政権打倒に血道を上げていたブッシュ・ホワイトハウスはこれを無視した。フセイン時代のイラクはアルカイダなどイスラム過激派を弾圧していたのに、フセイン後の混乱の中でイラクにはアルカイダ系の過激派が勢力を伸ばした。
ウォーターゲート事件で失脚したニクソン大統領に代わって副大統領から昇格したフォード大統領(第38代)は1976年、大統領行政命令によってCIAに暗殺禁止を命じた。CIAがひんぱんに暗殺行為を行ったベトナム戦争への反省からである。この暗殺禁止令は第43代ブッシュ大統領時代になし崩し的に解禁され、第44代オバマ大統領になって公然化した。

オバマ政権でCIA長官(2009~11年)と国防長官(2011~13年)を勤めたレオン・パネッタ氏は、2015年ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで「この14年間はCIAの勝利だった」と語っているという。本書で繰り返し述べられているように「9・11」によってCIAは組織の絶頂期を迎えたのである。

こうして予算と権限を与えられたCIAは世界中でテロリストやその関係者を捕まえ、情報を集める。拘束された容疑者は、悪名高いグアンタナモ基地(在キューバ)で尋問・拷問を受ける。得られた情報はCIAの工作部門に伝えられ、最終的にドローンによる暗殺が行われる。「暗殺」という言葉は使われず「標的殺害」という言葉に置き換えられる。

ドローンによる標的殺害は現在も続けられており、それに巻き込まれた民間人の犠牲も決して少なくはない。パキスタンだけでも、これまでに400回を超えるドローン攻撃が実施されて数千人が死亡し、一般市民の巻き添え犠牲者は1000人を下らないと言われている。2015年10月3日にアフガニスタン北部で「国境なき医師団」の病院が誤爆され、多数の死傷者が出たことが大きく報道されたが、これはむしろ例外で闇から闇に消えた民間人の犠牲者は多い。
このようなCIAの活動はペンタゴンを中心とする米軍との軋轢を生んでいる。ドローンによる標的殺害はまさに軍事作戦であり、それを諜報機関であるCIAが行うとなると、米軍、特に特殊作戦群軍(SOCOM)との縄張り争いに発展する。ワシントンにおけるCIAとペンタゴンの対決は先鋭化してゆく。軍の方も自らスパイ組織を立ち上げ、逆にCIAの領域を侵そうとする。この経緯についても本書は詳しく書いているが、まさに「諜報機関が戦争を行い、軍事組織がインテリジェンスを収集しようとしている」という事態が進んでいるようだ。

本書の著者マーク・マゼッティー氏は米国生まれのジャーナリストで、現在ニューヨーク・タイムズ記者。エコノミスト誌、ロサンゼルス・タイムズ紙で政治記者として安全保障問題を中心に取材、その間イラクやパキスタンでも取材活動を続け、そこでCIAの秘密活動に触れたという。本書を一読すれば判るように、氏はCIAやペンタゴンに対して辛辣な姿勢を崩さない。アメリカ世論の多くは対テロ戦争を手放しで支持しているが、マゼッティー氏のように政権批判する人物は貴重な存在と言えよう。

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