2016.06.02  高島俊男『漢字と日本語』を読みながら

    ――八ヶ岳山麓から(185)――

阿部治平(もと高校教師)

私は夜間高校の地理と数学の教師だった。
当時もいまも高校・中学の地図帳には、文部省の方針に従って中国の地名は漢字にカタカナが併記してある。このため活字で地図が黒くなって地形がしっかり読み取れない。それに学習時間のすくない定時制生徒にとっては、漢字とカタカナの両方をおぼえるのは負担が大きい。もう40年ほど前のことになるが、私は民間の地理教育団体でこんな提案をしたことがある。

「新聞・雑誌などの中国の地名は漢字表記だけだから、実用を考えればペキン・シャンハイ・ホンコンなどすでに定着している地名を除いて重要地名であっても日本語の漢字音読みだけ教えればよい。中国史の授業もそれで十分に間に合う」と。
これは地理教師たちの総スカンを食らった。当時地理教育に熱心な教師には、文部省とは異なる原則の「現地読み」を重んじる人たちが多かった。「東シナ海」を中国流に「東中国海」とすべしという人がいたくらいだ。中国地名のカナ表記問題はずっと後を引いている。近くは明木茂夫『中国カタカナ表記の研究』(東方書店2014)がある。

これを高島俊男さんが『漢字と日本語』(講談社現代新書2016)でとりあげた(以下「この本」という)。高島さんは以前、週刊文春の「お言葉ですが」というコラムで、十何年間も我々を楽しませてくれたひとである。漢字問題では『漢字と日本人』(文春新書)・『漢字雑談』(講談社現代新書)がある。この本はその続きである。
私はこの本を読んで、日本語バイリンガルの中国人地理学者に、①ぺイハイ(北海)、②チャンチアン(長江)、③ター運河(大運河)などカタカナ地名20をあげて、これを漢字で書けるか聞いてみた(カッコ内は正解)。彼は一目見て「全然わからない」といった。カタカナ表記は中国語のようにみえて、しょせん日本語である。
結論からいうと明木さん、高島さんの結論は、私の提案とだいたい同じである。ただ高島さんの場合、結論に至るまでがたいへんに面白い。
人名にも似た問題がある。加藤秀俊氏は、中国人は日本人名を中国語でよぶが、これを日本語でよんでもらおう、我々も中国人名を中国語に近い発音で呼ぶことにしようではないかと提案したという。高島さんはこの意見に賛成している(文春文庫『お言葉ですが』シリーズ第7巻の「香港はホンコンか」)。
そうすると習近平を「シージンピン」、李克強を「リーコーチアン」とよぶことになる。毛沢東(マオツォトン)、魯迅(ルーシュン)まではなんとか生徒におぼえさせられるかなあ。康熙・雍正になると無理でしょうね。ジンギスカンだのヌルハチだの非中国語を例外として、人名も漢字の日本語音読みにするしかないと思う。これによって生まれる不都合は、漢字使用圏の持病とあきらめるしかない。

言語学はことばが意味を持っているという前提で成り立っているが、中国人も日本人もたいていは「漢字」が意味を持っていると思っている。学校で漢字は表意文字だと教わるからかしらん。
高島さんによると、中国の簡体字についてへっぴり腰ながら批判した中国人がいる。南海大学の向光忠という人。漢字の簡化は中国共産党の方針だから、簡体字(略字)問題でたてつくのは相当怖い。このブログでは簡体字が使えないので、以下、大変くどい表現になりますががまんしてください。

第一、本来の意味がなくなる。たとえば穀物の「穀」は、同じ音の「谷」で代用される。「穀」に「谷」の意味はない。おなじく麺類の「麺」の簡体字は「面」である。日本では「缺」を「欠」にした。「欠」はもともとあくびをするとか、まげた体を伸ばす意味である。
第二、つくりがでたらめ。「進」は「井」にしんにょうになった。「講」は言べんに「井」を書く。「隹」と「冓」がともに「井」になっている。ならば「構」は木へんに「井」のはずだが「勾」になる。さらに「又」はどこにでも使われている。「樹」は「木」と「寸」のあいだに「又」である。「難」は「又」の右に「隹」である。「権」は木へんに「又」である。「聖」は「又」の下に「土」である。
第三、「幹」「乾」「干」などは前のふたつをすてて「干」に統一した。これは日本略字にもありますね。わきまえるの「辨」、花瓣の「瓣」、辯護士の「辯」はひとまとめにされて「弁」である。
第四、漢字の意味を表わすへんやつくり(意符)が変形した。一番は「言べん」で、「さんずい」に近い形になった。「言」の字はそのままだから、「言」と「言べん」が表わす「説」「話」などの文字グループとの関係が薄れた。
第五、漢字の音を表わす部分(声符)が変ってしまって音を表さない。「標」は本来「票」が音を表わすのに、木へんに「示」になった。日本略字でも「仮」は元来「假」ですね。つくりの「叚」が「休暇」など「カ」を表わしたのに「反」とは。
日本の略字も中国の簡体字もゆくゆくは表音文字化を目指した過渡的な文字である。日本はカナかローマ字、中国はローマ字化を予定した。ところが両国とも漢字の廃止は不可能とわかってそのままになっている。数十年間の一時停車である。

ここで思い出されるのは、日中両国の漢字を統一したらどうか、という意見である。本ブログに英語をめぐって興味深い話を展開をされる翻訳家の松野町夫さんも、以前日中の漢字統一を期待されたことがある。漢語と日本語はずいぶん距離が遠い言語だが、日本語に漢字はなくてはならぬものだから、こうした考えはごく自然に生まれる。
結論をいうと、両国当局がその気になりさえすれば、印刷字だけは正字(中国語では繁体字)にすることが可能である。日本字の「豊」と、「三」を|で串刺しにした簡体字は「豐」になる。そのかわり日中共通の略字「学」「当」「円」なども「學」「當」「圓」になる。手書きのときは略字を使えばよい。読む字と書く字が両方存在することになるが、昔からこれはあったからあまり問題ではない。

この本には中国語がよそから受入れた外来語についても興味深い話がある。葡萄とか駱駝とかは古い時代の外来語だが、明治以後日本から中国に入った漢字語は、高島説によると「何千とあるんじゃないか」という。
私は中国で日本語を教えたとき知ったかぶりをして、漢人学生に「社会科学・自然科学の術語には日本人がヨーロッパ語を漢字を使って翻訳し、それが中国に入ったものが多い」と何回かいったことがある。そのたび学生の多くは意外な顔をした。もちろん嫌な顔をして「でもその漢字は中国から日本へ行ったものだ」と反論する学生もいた。
こういうとき日本人教師としては、すかさず「ところが日本の数学の術語は中国製が多い」といわなければならない。「幾何だの代数、方程式、微分積分、抛物線(漢字制限のため放物線になった)なんかがそうだ。中国へやって来たカソリックの僧侶などが数学書をいち早く漢語に翻訳し、それが日本に入ったにちがいない」というと、学生たちは「そーらみろ」といった顔をしたものである。

高島さんは中国人によるヨーロッパ語の翻訳は、ポケットを「口袋」、タオルを「手巾」など意訳が多い傾向があるという。純音訳語でも使う方はいく分かは漢字に意味をこめる。チョコレートの「巧克力(チアオコリ)」は、食えば力がつくぞといったように。
高島さんは、音と意味を兼帯した外来語の傑作はアイスクリームの「氷淇淋(ビンチーリン)」だという(「氷」の中国漢字は「にすいに水」)。淇淋はもともとcreamの南方語による音訳で「キーリン」と発音する。標準語が北方語なので「チーリン」になった。氷と淇淋の組み合わせが巧みである。

だが私は、最高傑作はコカコーラの「可口可楽(カコウカラ)」だと思う。口にしてよし楽しむべし。マクドナルドの「麦当労(マイタンラオ)」など足元にも及ばない。
「可口可楽」については、高島さんも先の『お言葉ですが』の「だいぶまちがいがありました」の項でふれている。高島さんはこの訳語は戦後のものと思っていた。ところが上海事変(1937・昭12)の戦闘中の写真に「可口可楽」の看板が映っているのを知らせてくれた人がいたということである。
これを読んだとき私は非常に驚いた。私はベルギー生まれでフランスで活躍した中国文学の碩学シモン・レイズの翻訳だとばかり思っていたのである。わが家に寄宿していた若いオーストラリア人中国文学者が誇らしげに「私の先生によるものです」といったからである。シモン・レイズは文化大革命中に中国に滞在しその実態を明らかにしたために、その後の中国への入国を拒否された人である(太田千穂訳『中国の影』日中出版1979)。

……とまあ、ことほど左様に、この本にはあきれるほどの学識を下敷きにした面白い話がいっぱいつまっている。ご一読をおすすめしたい。
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