2016.06.14  消費税引上げ再延期は「政策詐欺」
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

欧州の消費税率
 ハンガリーの消費(付加価値)税(2016年の標準率)は27%で、ヨーロッパ諸国のなかで最も高い。これに次いで高いのが北欧諸国で、スウェーデン、ノルウェー、デンマークが25%、フィンランドとアイスランドが24%である。ハンガリー周辺の諸国を見ると、クロアチアが25%、ギリシアが26%、スロヴェニアが22%、オーストリア、スロヴァキア、ルーマニアが20%である。財政赤字が大きい諸国のうち、ギリシアとポルトガルが23%、イタリア22%、ベルギーが21%である。
 ハンガリーの消費税率が高いのは国の公的累積債務が大きいからで、北欧諸国のそれが高いのは高水準の福祉を維持するためである。それぞれ国の財政事情によって異なるが、19%のドイツを除き、欧州諸国の消費税は20%以上に設定されている。
 ところが、直近のデータ(2015年末)で見ると、ハンガリーの公的累積債務/GDP率は75.3%で減少傾向にあるのにたいして、多くの諸国の債務率は増加傾向にある。EU平均は85.2%だから、ハンガリーはEU内では中程度の債務国である。ハンガリーよりはるかに深刻なのはギリシア(176.9%)、イタリア(132.7%)、ポルトガル(129%)、ベルギー(106%)で、これらの諸国の消費税が30%になったとしても何の不思議もない。
 このように、財政状況と消費税率との間に、厳密な相関関係があるわけではないが、社会保障の水準が高い欧州では、どの国でも高い消費税率が維持されている。

アメリカの売上税
 アメリカには消費税がないと言われるが、これは間違いである。欧州の付加価値税と同様に、最終消費者が負担する売上税(sales tax)が存在する。欧州のように、製造-卸-小売のそれぞれの段階で付加価値税の徴収と還付を繰り返すことなく、最終消費の段階だけで課税する方法である。付加価値税とは仕組みが異なるが、売上税もまた最終消費者が負担する消費税の一種であることに違いはない。
 また、アメリカの売上税は国税ではなく地方税で、州ごとに税率が異なり、ほぼ4%から6%の範囲にある。これは税収の考え方の違いによるもので、間接税ではなく、直接税に税収を依存するアメリカのやり方を反映している。つまり、消費ではなく、所得に課税するという考え方で、個人所得や法人所得に課税することを基本としている。
 こういう税制度の違いは社会保障制度の違いにもとづくもので、アメリカでは公的な社会保障制度は最低限に抑えられており、社会保障の財源を広くとる必要がないことが、消費税率を低く抑えられる要因になっている。

国の借金で維持する「いいとこ取り」
 現在の日本の消費税は欧州型の付加価値税である。社会保障財源を確実にするために、さらには膨大な政府累積債務を削減するためにも、消費税率の引き上げは不可避である。ところが、歴代の自民党政府はこれを政局に絡めてしか考えてこなかった。あたかも、消費税率はアメリカのレベルで、他方で社会保障は欧州並みのレベルを維持することが永遠に可能であるかのように振る舞ってきた。
この無責任な政治家と政府の対応の結果が、毎年増え続ける政府債務の累積である。2014年のOECDデータによれば、日本の政府の累積債務の対GDP比は、実に247%に達している。ギリシアを遙かに上回る水準である。現在の日本の財政状況で見ると、社会保障費だけで、毎年GDPの9%近い赤字が発生する。こういう状態を放置し続ければ、政府の累積赤字がGDPの300%に達するのに、それほど時間がかからない。不足する財源をすべて借金で賄っていれば、こういうことになる。国は破産しないから、永遠に借金が可能なように考える馬鹿な「アベノヨイショ」もいるが、そんなことはあり得ない。財源を増やすことができなければ、どこかの時点で必ず抜本的な歳出削減が必要になる。その日が来るまで、政治家は嘘をついて国民を騙し続けるのだろうか。100%安全と宣伝してきた原発推進と同じ構造である。
こんな「いかさま」政策を続ければ、将来の消費税率引き上げ幅が大きくなるだけでなく、増税だけでは賄えきれない部分を処理するために、社会保障費の大幅削減(健康保険本人負担の引上げや年金の一律カット)が必要になる。増税が遅くなればなるほど、消費税率の目標水準を引き上げざるを得なくなる。欧州でさえ25%程度の消費税率である。年間40兆円もの財政赤字を垂れ流している日本の場合は、30%を超える消費税率を導入しても、財政赤字を簡単に解消することはできない。
このまま財政赤字が増え続ければ、いずれ年金大幅カット、健康保険5割自己負担、国債暴落と超円安で輸入物価が高騰し、今のギリシアどころではなくなる。その時になって騒いでももう遅い。馬鹿な政治家を選んできた国民の自業自得である。

姑息な官邸喜劇
 安倍首相が選挙公約を破って、消費税の8%から10%への引上げを先延ばしにしたのは、参議院選挙での勝利を確実にしたかったからに過ぎない。消費税引上げの延期を問いかけて総選挙した安倍内閣である。「リーマンショック並の危機」が来ない限り、消費税引き上げを行うというのが公約だった。だから、引上げを再延期するためには、「リーマンショック級」の証拠が必要だった。
 今年に入ってから、安倍首相は消費税引き上げ再延期を狙っていた。アベノミクス効果がほとんど雲散霧消し、手詰まりの中で迎える参議院選挙である。その状況のなかで、消費税率引上げを既定方針とすれば、議席減は明らかである。だから、内閣の延命のために、なんとしても再延期する必要があった。
 しかし、たんに再延期すると言ったのでは、あまりに見え見えだ。だから、手の込んだ芝居を打ってきた。5月のG7サミットを期限に、「リーマンショック並」を証明する材料収集のために、今年3月から「国際金融経済分析会合」なる会議を開き、国外の経済学者やエコノミストから、「リーマン級」の言質を得ようとした。ノーベル経済学賞受賞者を初めとする内外の経済学者やエコノミストから意見を聞く会を5度も開き、「世界経済はリーマンショック並不況の前夜にあり、消費税引上げは不適切」という言質を取ろうとしたのだ。
 しかし、これらの経済学者からは、安倍首相がすぐに飛びつけるような言質を得られなかった。ちなみに、この「分析会合」でどれほどのお金が使われたのか知る由もないが、講演料(プラス資料作成費)は1人当たり、500万円から1000万円だろう(あるいはもっと払っているかもしれない)。これにファーストクラスの航空運賃やそれなりのホテル宿泊費が必要になる。5回の分析会合にかけた費用は1億円程度だろう。官邸がこういう無駄遣いを続けるから、いくらお金があっても足りない。
こうやって、首相官邸では経済閣僚や党の役員に相談せずに、「リーマン級リスク」のシナリオが準備された。G7の会合で「リーマンショック並リスクの前夜」を無理やり挿入することで、再延期のシナリオが練られた。なんとも手の込んだ姑息な官邸喜劇である。
 
政治家も国民も目先のことだけに関心
 官邸主導の消費税引上げ再延期で、自民党内部に分裂が起きるかと思いきや、「総選挙で信を問え」という正論はすぐに引っ込められ、自民党は「首相の判断に従うしかない」と簡単に折れてしまった。安倍内閣になってから、一事が万事、上意下達で済んでいる。異論はすぐに封じ込まれてしまう。選挙に立候補する者にとっても、選挙前に増税既定路線を明確にするより、延期を決めた方が良いに決まっている。だから、皆、黙りを決め込んだだけ。小泉進次郎は、「そんなおいしい話に若い人はだまされない(増税なしで社会保障予算の手当てができる)」と言い放ってみせたが、それ以上の動きはない。騒げば、選挙妨害になってしまうからだ。
 要するに、政治家は目先のことしか眼中にない。当座の選挙を乗りきることが、国の将来より重要ということだ。こういう政治が続く限り、財政改革など絵に描いた餅に過ぎない。それは野党も同じだろう。
 他方、国民の反応も、政治家と五十歩百歩だ。各種世論調査では、増税延期に賛成が6割を占めるが、他方で安倍首相の延期理由は納得できないとする回答も6割近い。理由が納得できないのに、どうして決定に賛成なのか。目先の利益と無知がこのような矛盾する回答をもたらしているのだろう。要するに、「理由は納得できないが、税を払わなくて済むから良い」という単純な話だ。なんとも、情けない世論である。
 問題はたんに増税を延期するだけの話ではない。延期にはそれ相応の将来代価が伴う。しかし、世論の理解度はこの程度だから、将来とるべき延期の代価を明確にしなくても誰も文句は言わない。本来は、「延期する代わりに、将来の消費税率の引上げ幅は大きくなります。社会保障費が圧迫されるので、近い将来、健康保険の自己負担率の引き上げと、年金カットを実施します」と言わなければならない。これが消費税引上げ延期の代価である。しかし、本当のことを言ってしまっては選挙に負ける。口が裂けても、本当のことは言えない。だって、次の消費税引上げ時に、議員でいるかどうかも分からないのだから。原発事故の時のように、自分たちの不始末や不人気な増税は野党が政権についたときにやってもらえば、これほど都合がよいことはない。政権に返り咲きするのも簡単だ。要するに、消費税引上げ再延期は安倍内閣の政策詐欺。
政治家もけしからんが、国民もだらしない。世論調査の設問設定も間違っている。増税延期の是非は、その結末としての代価とペアにして問うべきだ。そうなれば、単純な賛否では済まないはずだ。国民はもっと賢くならなければならない。そうしないと、子供や孫の世代が苦労する。彼らが成人した後に、父母や祖父母の世代の無知と定見のなさを嘆くことになるだろう。「どうして、こんな単純なことで、政治家に騙されたのか」と。オレオレ詐欺に引っかかる人を笑っている場合ではない。国民はもっと壮大な政治家の詐欺に引っかかっているのだ。

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