2016.06.30  「英国のEU離脱」を後付け理由にする安倍政権
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

EU離脱は「リーマン級」か
 ユーロに加盟していない英国がEUを離脱したからといって、世界的な金融危機を惹き起こす必然性はない。シティはいままで通り営業を続けるし、ポンドがそのまま通貨として使用されるから、国際的な債権債務の処理で混乱することはない。もちろん、投資筋はあらゆる情報操作を行って、自らの投資戦略の実現に資金を動かすことはあっても、それが世界的な経済危機をもたらすことは考えられない。
EU市場向けに英国で投資していた製造業にとって、EUの関税障壁ができることは競争力の低下をもたらす。したがって、ポンドの信認が低下することは自然なことである。これは基本的に英国の産業の競争力の問題であって、EU離脱によって、それが再び露呈されるということに過ぎない。
また、いままでEUという枠組みの中で表に出てこなかった英国(連邦)内の地域間・階級間の矛盾が露呈され、それもまたポンドの信認を失わせる。
ポンドの信認低下によって円が買われ、円高が進むことを「リーマンショック級」の危機と宣伝するのは、自らの政策詐欺を覆い隠す、醜い言い訳に過ぎない。この程度の出来事はふつうの頻度で起こる可能性があり、一々それを消費税増税延期の理由にしていれば、永久に増税はできないだろう。そういう場当たり的な施策を繰り返しては、財政赤字の増加も政府累積債務の増加も食い止められず、将来の大増税か、大幅な社会保障水準のカットがますます現実的になるだけである。目先の利益にとらわれて、「そんなはずではなかった」という日が来るまで甘い言葉に騙される国民は賢いとは言えない。政治家の嘘を見抜く知力を持たなければ、日本社会の将来はきわめて危い。

アベノミクスの化けの皮が剥がれただけ
 アベノミクスとは、未曾有の金融緩和によって、円安誘導と株式市場の活況を図った政策であり、経済政策イデオロギーである。この政策実行によって、特定の輸出産業が濡れ手に粟の為替差益を手にし、官製相場の株式市場では金持ちが大儲けした。しかし、金融緩和すれば、資金が産業の投資資金に向かうというシナリオは作用せず、多くの資金は株式相場や不動産市場に流れ、その効果が一段落すると、挙げ句の果てには、株式相場を支えるために年金資産をつぎ込むという禁じ手まで使って景気高揚感を出そうとしてきたのが安倍政権である。
 アベノミクスの円安政策で、国外へ旅行する日本人の旅行費用は2割以上も上昇した。一部の産業が儲けた為替差益の分だけ、一般国民は為替差損を被っている。ところが、国民はそれに抗議することもなく、円安政策が日本の産業を救うという政府の宣伝に填まってしまっている。何重もの為替差損を被っている国民が、2%の消費税の引上げに翻弄されるのは喜劇である。
 過少に評価されすぎた通貨はいずれその評価を戻す。「国際経済危機」で安全資産である円が選好されているというのが、そうではなく、EU離脱などの出来事を通して、ユーロやポンドの過大評価が是正されるという市場の機能が働いているにすぎない。
 どう考えても、ポンドやユーロは円にたいして過大評価されている(円は過小評価されている)。自国通貨を過少評価させる政策が良い経済政策というのは、発展途上国並みの論理である。現代の日本経済は円の過少評価を利用して輸出を伸ばす発展段階をすでに通り過ぎている。
 とはいえ、安倍政権にとって円高と株式相場の下落は致命的である。今までの政策遂行が水の泡となるからである。しかし、安倍政権が倒れることなど、どうでもよいことだ。それよりもっと重大なことは、アベノミクス・イデオロギーによって、負の遺産が積み上げられていることである。日銀が野放図に買い込んだ国債は将来の経済運営を難しくし、株式投資へ運用した年金資産の目減りは将来の年金カットを不可避にする。その時になって騒いでももう遅い。馬鹿なボンボン宰相を信じてきた国民が、同じ程度に馬鹿だったというだけだ。

なぜ今、離脱か
 英国政府はEU内の労働力の自由移動が自国の労働者に与える影響を過少評価していたことが、今回の国民投票に敗れた最大の理由だと考えられる。2004年の旧東欧諸国のEU加盟によって、一定の制限付きながら、東から西へのEU域内の労働力の移動が自由化された。この結果、ポーランドやルーマニアから英国へかなりの数の労働力が流れ込んだ。この労働力移動によって、ルーマニアでは国内労働力が不足に陥り、中国からの労働力によって、外国からの直接投資の労働力を補充するまでになった。他方、英国の産業地帯では東欧からの安い労働力の流入が労働賃金水準を低く抑え、さらには英国の労働者が低賃金でも働く労働力に職を奪われる事態をもたらした。さらに、移民労働者が数多く居住するようになった地域では、旧来の地域共同体が崩壊した。
 英国は欧州のなかでも社会階級が固定化している社会である。ロンドンの富裕層や政治的エリートは、労働者階級の不満を見逃していた。逆に、安価な労働力を英国産業の競争力の増強に利用できると考えていた。
 明らかに、移民労働者をめぐって、政治的エリートや産業界と、労働者や地域住民との間に、正反対の評価を生み出した。そして、政治的支配層や産業界は、労働者や地域住民の不満を過少評価していた。その意味で、今回の離脱はEU問題というより、なによりもまず、英国の内政問題なのである。

難民・移民に反対するのは「極右」か
 欧州の政治の世界では、難民や移民に反対するのは「極右」で、それを推進するのは「左派」という図式が存在する。すでに右とか左とかで議論できる時代ではないが、なぜか古い政治的図式だけが残っている。
 実際問題として、政権に就いている欧州「左派」は産業界と手を組んでいる「右派」である。難民問題の初期の対処方針から明らかになったように、難民を労働力と考え、その流入を歓迎する新自由主義と欧州左派政権は同一の利害関係にある。その立場から、難民の無制限流入に反対する政治グループを「民族主義」とか「右派国粋主義」として非難してきた。
 しかし、難民問題は単純に「右」・「左」で割り切れる問題ではない。欧州左派は欧州統合と労働力の流入による経済活性化を目指す立場から、難民流入に厳格に対処してこなかった。その結果、何十万人の「難民」とも「移民」とも区別の付かない人々が、身分証明の確認のないままEU域内に流入する事態を招いた。まさに、無政府的な「難民」・「移民」対応がEU域内に蔓延してしまった。欧州左翼は結果として、無政府主義的で無責任な難民対応を行ったと非難されても仕方がない。
 こういう野放図な「難民」・「移民」の対応が、英国の労働者の離脱志向を確信に変えたと言える。いったんEU内に定着した「難民」=「移民」がやがて英国にも流れ込むことは確実だからである。

次の爆弾は「難民強制割当」
 EUではドイツやフランスなどの大国と、人口が1000万人以下の小国とが共存している。しかし、難民対応などの主要な課題では、大国の利益が優先される。難民認定を厳格化するのではなく、流入した難民を自動的に加盟国に割り当てるという考え方は、旧宗主国である大国の利益を優先したものだ。大国が決めたことを小国が受け入れなければ、高額な罰金を徴収するという発想は、大国の論理かEU官僚の論理である。
 明らかに、EU官僚やEUの大国は統合の利益を急ぐあまり、強引とも思える政策を提案している。難民の強制割当を議論する前に、もっとやらなければならない議論があるはずだ。丁寧な議論抜きに、強制割当を提案するのは、弱小加盟国の反発を生む。
 ハンガリー政府は5月に提案された「難民強制割当」にたいして、国民投票を準備している。ハンガリー一国だけの出来事であればそのインパクトは大きくないだろうが、英国のEU離脱が決まった現在、ハンガリーに同調する国が出てくることが考えられる。ハンガリーの国民投票の行方が、ますます注目されることになろう。
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