2016.07.14 一国二制度18年後の現在――香港銅鑼湾書店事件を追って(続)
――八ヶ岳山麓から(190)――

阿部治平(もと高校教師)

<以前、「香港銅鑼湾書店事件(本ブログ2016.02.02)」を書きました。本稿はその続篇です>
中国本土で禁書とされている書籍を出版販売する香港の「銅鑼湾書店」関係者5人が失踪した事件で、6月16日元店長の林栄基が香港に戻った。4人目の香港帰還者である。
林栄基は公開記者会見で、自分の恋人と元同僚がいまも中国当局に拘束されていることを明らかにした上で、「(問題は)香港の自由に関わっており、自分ひとりのことではない」と語った。林氏は昨年10月、広東省に渡ったところ、税関で拘束され浙江省で24時間監視下におかれた。そこで「家族と連絡しない」「弁護士を雇わない」という内容の誓約書にもサインをさせられた。今回、2人の監視役と一緒に香港に戻ったのは、書店が扱っていた書籍の執筆者と購入者のリストを中国当局に渡す約束があったためだった。だが民主派議員と相談の上、記者会見ですべてを明らかにするという苦渋の決断をしたという(産経2016・6・17)。

またCNN.co.jpによれば、林氏を拘束したのは「特殊部隊」である。本土に入った際に、手錠をかけられ目隠しをされた状態で連行され、小部屋に拘束されていた。拘束理由は当初説明がなかったが、のちに本土で禁止されている書籍を違法に売買した罪だと伝えられたという。また中国国営テレビで放映された自身の「自白」の映像については、用意された台本を読み上げたものだと語った。つまり「やらせ」である。
一方、昨年12月末に香港から失踪し今年3月に香港に戻った書店親会社の大株主李波が18日、中国当局による連行をあらためて否定したことについては、林氏は、「李波氏は本土に親族がいるので、香港にいても本心を話せない」と指摘し、中国当局に強制されているとの見方を示した(共同2016.6.18)。
これまで中国当局は、銅鑼湾書店の5人の失踪者は自らの意志で中国に渡り、罪を認めたものと主張してきた。林氏の会見によって中国当局の主張はことごとく否定された。

林栄基店長の記者会見をめぐって、中国外交部(外務省)の6月17日の定例記者会見では海外メディアからの質問が殺到した。華春瑩副報道局長は「内政問題だ」と反論に終始し、林栄基について「中国の公民であり、中国国内で中国の法律に違反したのだから、中国の関係部門が当然、法に従い事件の処理に当たった」と主張した。
王毅外交部長(外相)も以前同じことを言っているが、香港での書籍出版を犯罪事件として中国公安機関が身柄拘束をしたとなれば「一国二制度」違反である。

「一国二制度」は1990年に「香港特別行政区基本法」により、97年7月1日付の香港返還から向こう50年間中国政府は香港を直接統治せず、外交と防衛を除いて香港の高度自治を維持するというものである。これによって、香港では、中国国内でなら発禁の新聞・雑誌・単行本を出版することが可能であった。
長期拘束を問題視する質問には、華副報道局長は担当部門に問い合わせるようにと、答えをはぐらかした。さらに「一国二制度に揺るぎはない」とする一方で「香港は中国の特別行政区であり、(事件は)内政問題だ」として外国に干渉する権利はないと述べた(共同2016.6.17)。
すくなくとも大陸で拘束された5人のうち1人はスウェーデン国籍、もう1人はイギリス国籍を持っている。イギリスもスウェーデンもこれについて発言している。これを単純な国内問題とは言えない。外交官ならこんないいわけが通用しないくらいはわかっているはずだ。

たしかに2014年12月には、駐英中国大使館は「香港特別行政区基本法」のもととなった1984年の「中英共同宣言」は「無効」との見解をイギリスに伝えてあった(産経2014・12・4)。だが、一方的な通達で二国間の合意によってつくられた「基本法」が無効になるはずはない。
しかしこの問題については、今年1月4日人民日報傘下の環球時報が中国当局の真意を明らかにしている。「銅鑼湾書店は、内地(本土)の政治について悪意に満ちた書籍を多く扱っており、すでに名誉毀損の域に達した」という論評をおこない、「罪状」と見る内容を明らかにした。
さらに1月6日には「全世界の『強力部門』は、通常罪に問われないような方法で被疑者に捜査に協力させる方法を持っている。それによって、法律や制度の最低ラインを越えずに目的を達成している」と書いて、香港で反中国政府行動をする者に警告した。
同時に「一国両制」の実質的意味を説いて、「両制」が「一国」よりも高いというような幻想を持つべきではない。香港にあっても、国家に危害を加える行動は容認しないと書いた。これはきわめて重要な発言である。

英紙サンデー・タイムズは1月24日、同紙は昨年4月25日付の内部文書「広東行動計画」を入手し、香港に隣接する中国広東省の公安当局に対し、中国本土では発禁になっている指導者に関する本を扱う本屋や執筆者、その情報源に対して「反撃」を加えることを許可した。取締対象として香港の14の出版社と21の出版物を特定しており、香港紙によると、銅鑼湾書店もこの中に含まれていたという(毎日2016・1・26)。
米国務省は6月13日、国別人権報告書2015年版を公表し、銅鑼湾書店事件について、「中国の公安当局者が関与しているとみられる」とした(産経2016.4.14)。

林栄基の記者会見を受けて、香港行政府は声明で事態把握のため警察が林栄基に連絡を取る意向だとしたうえで、「すべての香港市民の個人の安全を重視している」と述べた。香港政府の親中国の梁振英行政長官も、21日この事件について中国政府に対して当局者による越境活動の有無を問うとともに、香港市民の懸念を伝える文書を送付したことを明らかにし、香港市民が中国本土の法律に違反した場合、(香港・大陸間で)どのように処理するかや、事件処理が「一国二制度」で保障されている香港の言論や出版の自由に影響を与えることがあるかどうかを確認するとした(共同2016.6.21)。

さらに7月4日梁振英行政長官は、袁国強司法官らが5日に北京を訪問し、中国公安省当局者らと事件について協議すると発表した。中国本土で香港人を拘束した場合に香港当局に通報する仕組みの改善などを話し合うという(共同2016・7・4)。しかし、中国政府の高圧的な香港政策の前にどの程度の実りある話合いになるかわからない。
当初中国政府は狙いどおり、恐怖感を与えて香港出版人の自己規制を生んだが、そのかわり香港人を怒らせて反政府気分を醸成し、台湾の総統選挙では台湾独立派の民主進歩党を勝たせるのに貢献した。
香港では中国政府に批判的なメディアが次々と中国側に買収されて、自由な言論が危機にさらされているうえに、中国当局主導の愛国主義教育や、本土からの旅行者のマナーの悪さ、日用品の買い占めなどが一般香港人の嫌悪感を増大させている。香港の政界には親本土派と民主派の対立があるが、ここに中国当局の神経を逆なでするように、若者のなかに「独立」を目指す政党が現れた。

ところが事態はますます緊迫してきた。
中国公安部(省)は7月5日、香港帰還後に中国当局による長期拘束を暴露した書店店長の林栄基氏に対し、本土に戻って取り調べを受けるよう求め、応じない場合は「刑事的な強制措置に変更する」と警告する声明を発表した(共同)。
「一国二制度」からすれば、中国公安当局が香港で林栄基を本土に連行すれば、「香港基本法」違反である。だが、さきの環球時報の主張だと「一国」の論理は「二制度」を超越しているのだから、林栄基が本土行きを拒否すれば、中国公安の強制連行は十分に予想できるところである。
そうなれば香港世論は湧くし、国際的にも問題になるだろうが、中国当局は何ものも無視して強行するだろう。やるといってやらなかったら面子を自らつぶすことになる。これに成功すれば、次の標的は香港独立派である。彼らはおおかた国家分裂罪を適用されるだろう。

「一国二制度」が消滅の運命にあるのは、文字通り目に見えている。亡くなった中国外交官呉健民が憂慮したナショナリズム=大中華民族主義は、いま中共中央と解放軍の一部で声高に語られている。狭隘なナショナリズムは判断の昏迷を生む。国内では言論弾圧・人権侵害、対外的には拡張主義と強硬外交である。これを二つながら演じてみせたのが香港銅鑼湾書店事件である。
事件はますます深刻なものとなってまだ続く。

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