2016.07.07 公的年金運用の失敗か
―GPIFの10兆円マイナスを考える―

半澤健市 (元金融機関勤務)

《GPIFの大損発生はアベノミクスの破綻》
 「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の2015年度決算(2015年4月~16年3月)で、運用資産に巨額のマイナスが発生したと報道されている。その上、今期に入り英国のEU離脱による世界株価の下落で更にマイナスが拡大した。『東京新聞』(2016年7月5日)は、野村證券の西川昌宏アナリストによる推計をもとにして、GPIFの巨額損失を報じ、日本総研の西沢和彦氏のコメントや、「解説」記事で、政府の説明不足を厳しく批判している。
私の金融機関勤務は20年前に終わり知見は陳腐化していると思うが、それでも昨今のメディア報道や政治家の論議はあまりに幼稚だと思うので一言したい。
以下の3点に絞り問題点を述べる。
一つは、運用成果の開示について。
二つは、投資期間の長短について。
三つは、投資成果の測定基準について。

《運用成果は日々分かっている筈だ》
 GPIFは、約140兆円の資産を運用する世界最大の機関投資家である。
確かに巨額である。しかし、その運用資産は国内外の債券、株式、金融派生商品であり、常識で理解できないような難しいものではない。読者は、証券投資信託(投信)には馴染みがおありだろう。日本国内でも何千種類の投信が発売されている。その基準価格は日々発表され、投資家はその価格を見て、売買をしている。基準価格とは、簡単に言えば組み入れ銘柄の株数に当日の株価を乗じたものの合計である。今、株価や証券価格はインターネットで容易に検索できる。読者は、たとえば、Bloombergという金融情報会社のサイトを開けば、東京やニューヨークは勿論、ブラジルでも、バングラデッシュでも、モンゴルでも、株式市場の指数をリアルタイムで見ることができる。
GPIFは、金額が大きい投信と考えればよいのである。GPIFの内部では、おそらく時々刻々に、保有資産明細(ポートフォリオ=書類挟みの意)が端末の画面に表示されている筈だ。とりわけ日本株については毎秒単位で銘柄別損益が計算されていると思う。同じ画面は首相官邸からもアクセス可能だと思う。
報道によれば、GPIF資産内容の3月末データは7月末でないと発表できないといっている。国会議員は何をやっているのか。国政調査権は行使できないのか。官僚出身議員は本当に知らないのか。メディアの経済部で何十年も証券市場をカバーしている記者は、こんなことも分からないのか。国民は年金官僚にナメられている。

《安倍晋三は長期・短期を都合良く決めるな》
 安倍晋三首相は、アベノミクスで株価は2倍以上になったと強調している。
しかし株価が下がると「年金資産」運用は、長期運用だから一時的な下落に一喜一憂する必要はないと発言する。これは古今東西、プロの資産運用者が、顧客に対して叫び続けてきた常套句である。私自身も運用者のはしくれだったときに同じ言辞を弄した。
なぜ、こういう言い訳が、通用してしまうのか。
それは「長期」「短期」の定義に合意がないからである。外国為替のディーラーであった友人は、外為では「長期は5秒・短期は1秒」だと言った。これは誇張に過ぎると思うが何となく分かる。こういう事例をみても、実際の話、合意は非常に難しい。しかし難しいことを認めること、あるいは「暫定的な合意」を形成することが必要である。そうしないから安倍答弁のようなゴマカシが永遠に続くのである。ここでも国民はナメられているのである。

《通信簿の点数基準をみない金額論争》
 メディアの報道や国会論戦は、何兆円「損した得した」という話でいつも終わっている。私は、そういう数字を挙げて国民の関心を呼び起こす手法は認める。問題は、話がここで終わり年金資産の「投資成果の測定基準」に議論がつながらないことである。投資成果測定というと難しく聞こえるか、年初に100だった資産が年末に110になった(資産自身の値上がりが8、配当が2)、即ち年間収益率(利回り)は10%である、というのが投資成果である。常識でわかる話である。
といっても、実務上では、投資対象が、株式、債券、金融派生商品、それも国内外にわたるから多種、多様で話は複雑になる。そこで、それぞれの投資対象別に、ベンチマークを設定する。たとえば「日本株」であれば、東証株価指数=TOPIX)との比較で投資成果を測定する。TOPIXと同じ投資成果を挙げるためには、東証上場株式と同一のポートフォリオを組めばよい。投資専門家でもベンチマークを凌駕することは極めて難しいから、同一ポートフォリオを組むケースは多い。これを「パッシブ(受身)運用」、「インデックス(指標)運用」といい、全ポートフォリオ中での、その割合は極めて大きい。これらの多様な投資対象の集積が、GPIFである。GPIFの実質目標利回りは、現在年率1.7%に設定されている。この利回りは、100年先までの変化を予測して、5年ごとに見直される。この目標との対比で、10兆円の損失を論じなければ意味がない。
 

《情報開示・国民との対話・受益者間の論義・年金教育》
 ここまで読んだ読者は、運用問題をどう理解されるであろうか。
私は、命の次に大事な年金運用の問題が「専門性」の名の下に、説明や情報開示が少なく、論義が入り口で終わっているのは残念だと思っている。
新聞記事に感じた点を駆け足で書いた。上記の「小見出し」が活発になって欲しいと思う。
繰り返すが、私の見解は、20年前までの業務知識とその後の常識に従っている。誤りがあれば指摘を願いたい。なによりも年金運用への問題意識が拡がるのを望んでいる。(2016/07/05)

Comment
GPIFの損失を論ずる新聞報道が表面的に過ぎることは毎度のことながら失望させられる。官僚的な配布資料を処理するのは、縦割主義というやつで、ことによったら証券担当の部ではなく政治部だったりするのかもしれない。記者クラブ御用達の資料をそのまま印刷してコメントは専門家の肩書を持つ第三者の弁舌に任せるのでは安易に過ぎる。その専門家の属する組織は実は第三者とは言えず、たとえばGPIFの運用に関わっていたりしないだろうか。ベテランの証券記者は腕の振るい場がなくて切歯扼腕しているかもしれない。
GPIFの巨額損失報告はアベノミックスの放った矢が地上に舞い戻ってきたものである以上、アベノミックスの破綻とすることに異論はない。しかし、GPIFの投資対象としての株式への配分比率の問題はアベノミックスとは切り離して論ずべき問題である。株式の価格は常に変動にさらされている。したがってGPIFの最終的な受益者である国民を代弁する新聞はGPIFの資産の短期的な動きに一喜一憂するのではなく、その趨勢をこそ論じるべきである。
これは目下弁解に追われている政府の弁護ではない。GPIFは純粋にその資産価値を高めることを専一にして投資活動(資産配分の変更を含めて)を行っているのだろうか。政権の意に沿った投資行動はないだろうか。これらのことを明らかにするためには資金運用に関わる透明性を高めなければならない。投資対象ばかりでなく、誰が運用の決定に当たっているのか、誰がその投資活動から利益を得ているか(取引手数料や顧問料など)、インサイダー取引などに通ずる情報の管理に抜かりはないか、などを明らかにしておく必要がある。
shoji oshima (URL) 2016/07/07 Thu 15:05 [ Edit ]
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() 2016/07/09 Sat 08:10 [ Edit ]
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