2016.08.06  バラク・オバマは広島へ何しに来るのか(4)
    ―高村薫の文章に共感する―

半澤健市 (元金融機関勤務)

 高村薫の連載「作家的覚書」のタイトルは、「2016年のヒロシマ」であった(『図書』、岩波書店、16年8月号)。
彼女はオバマ米大統領の広島訪問を、「私にはひどく不思議に感じられた」と書いている。私(半澤)は、高村のわずか一頁の短文に共感するところが多かった。その一部を抜萃して紹介する(■から■)。文章全体の三分の一ほどになる。

■一日本人として、大きな違和感とともに、「なぜ」と自問せずにはいられなかった。なぜ、あの日広島には怒りの声一つなかったのか。なぜ、誰ひとりとしてアメリカの原爆投下を非難しなかったのか。

戦時下とはいえ一般市民が史上初の原子爆弾の実験台にされ、想像を絶する地獄絵図を味あわされたことの怒りと恨みは、戦後の平和の下で行き場を失っただけで、けっして消え去ってはいない。そう思い込んできた私にとって、抗議行動どころか歓迎ムード一色だったオバマ氏の広島訪問は、いろいろな意味で戦後の日本人の在り方への思いを揺るがすものとなった。

ヒロシマ・ナガサキは核兵器の悲劇のシンボルとなる一方、苦しみの主体だった被爆者たちと日本人の怒りは漂白され、核兵器廃絶の理想を語る言葉だけが踊る。核のボタンを持参して平和公園に立ったオバマ氏と、怒りを失った被爆地の姿が、くしくも核兵器に溢れた世界の現実を表している。■
(2016/07/30)
  
Comment
■フィデル・カストロのオバマ演説批判
 以下は『東京新聞』(2016年8月14日)の記事の一部である。
・キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長は、2016年8月13日の90歳の誕生日を前に共産党機関誌にコラムを寄せ、5月に訪広した米オバマ大統領の演説は「何十万もの広島の人びとを殺害したことへの謝罪がなかった」と非難した。カストロはオバマ演説を「高潔でなかった」と切り捨て、米国は原爆の威力を知りながら広島と長崎に投下しており「犯罪行為」と批判、「どんな大国でも多くの人命を奪う権利はない」と強調した。(リオデジャネイロ・共同)
■安倍晋三首相の「所感」
 念のためオバマを歓迎した安倍晋三首相の所感の一部を掲げておく。
・広島の人々のみならず、全ての日本国民が待ち望んだ歴史的訪問を心から歓迎する。日米両国の和解、信頼と友情の歴史に新たなページを刻むオバマ氏の決断と勇気に敬意を表する。広島、長崎では原爆爆弾により罪もないたくさんの市井の人びと、子供たちが犠牲となった。断腸の思いを禁じ得ない。再びこのような悲惨な経験を繰り返させてはならない。(『東京新聞』、2016年8月15日)
半澤健市 (URL) 2016/08/15 Mon 09:30 [ Edit ]
以下に引用するのは、ジャーナリスト臺宏士(だい・ひろし)氏が、雑誌『世界』(2016年11月号)に書いた、本年8月のキューバ報告「ハバナの「平和の小路」で―ゲバラ広島訪問がもたらしたもの」の一部である。前半(「」の部分)は、氏がインタビューしたオマール・フェルナンデス氏(85)の発言。フェルナンデスは、1959年のチェ・ゲバラ使節団訪日時の副団長だった。後半は、臺報告本文の一節である。
■「飛ばされた夫は数日たっても戻らず、探しに行きました。見つかったのは、何百もの遺体が積み上げられている場所でした。そこから戻り、数ヶ月後に子どもを産みました。母乳で育てるしかなかったのが、とうとうその赤ちゃんは死んでしまったのです」
彼女の母乳は、汚染されていた。体は放射能でいっぱいだったのだ。今まで見せたことのない悲しい顔をしたチェがそこにたたずんでいた。心の痛みを映し出していた。私たちにできることは、彼女を抱きしめることだけだった。そのとき、案内人は私たちに、「そんなことをしてはいけません。放射能が体にうつってしまう」と言った。チェは、「何がうつろうとも、これ以上につらいことはないのだから」と言い、抱きしめ続けた。
■今回、挨拶に娘のアレイダ・ゲバラさんをゲバラ研究所(ハバナ)に訪ねた。時節柄、原爆投下に話題が及んだが、ゲバラと同様の趣旨の話をしていたのが印象深かった。「戦争に負けたのだから仕方がない」という日本人の受け止め方は理解できないようだった。それとこれ(原爆投下)は別だというわけだ。
半澤健市 (URL) 2016/10/10 Mon 13:19 [ Edit ]
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