2016.08.15  天皇の「お気持ち」と天皇制のはざま
    暴論珍説メモ(148)               

田畑光永 (ジャーナリスト)

 天皇が「生前退位」を望んでいる、という報道を最初に目にした時の感想は「この人は偉いな」というものだった。ほとんど同世代の一員だから分かる、と言っては不遜に過ぎるかも知れないが、自分の高齢を理由にその職位や立場から自ら身を引くというのは、出来そうでいてなかなか出来ることではない。まして、だれもそろそろおやめくださいなどとは言っていないにも関わらず、である。
 天皇の公務という仕事が肉体的にどれほどの負担を伴うものなのかは想像がつかないが、
8日のビデオメッセージで天皇は「次第に進む身体の衰えを考慮する時、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と言われた。世の老人たちの多くが本音では、「まだまだ俺は(私は)なんでもできるのに、周りが寄ってたかって年寄り扱いする!」と不満を嵩じさせているのに比べて、なんとまあ潔いことか。
 しかもこの「お気持ち」には「天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えてきたことを話したいと思います」という前置きがついていた。これにはびっくりした。天皇本人が皇室制度のことを話すにあたっても「国政」について発言したと受け取られないようにしなければならないということに、だ。これについては後でまた触れるが、制約を押しての発言ということになる。
 だから私は、「お気持ち」を直接聞いた国民はもろ手を挙げて「どうもご苦労様でした、ゆっくり余生をお過ごしください」と拍手とともに天皇の「生前退位」を受け入れるだろうし、事態はそのように進むと思った。
 ところが報道を見ていると、そう簡単にはことは運ばないらしい。なぜか?
 その理由は憲法第4条に「天皇はこの憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する機能を有しない」とあり、その前の第2条に「皇位は世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とあるから、かってに自分で退位することはできないということのようである。
 では皇室典範にはどう書かれているか。第4条に「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」とあるだけで、それ以外の形での皇位の継承は書かれていない。つまり、「崩じる」以外、天皇はやめようがないということなのだ。
 皇室典範がそう決めたころはそれで不自然でなかったかもしれない。しかし、高齢化が進んだ現代では、この規定は不合理である。現代の医療では病を得て意識を失ってからも長期間生存するという例はいくらもある。だったらこの機会に皇室典範を天皇の「お気持ち」を実現できる適当な形に変えればいい。
 簡単な問題だと私は考えている。
 ところが、見ていると、法律の規定もさることながら、ことを簡単に運びたくないという空気がなんとなく国会とか内閣とかの世界を覆っているようなのである。
 報道によれば、「お気持ち」の公表を受けて、政府は「有識者会議」なるものを設置して、検討作業を本格化する方針を固めた、という。なにを大げさな、という感じを否めないが、その「検討」にしても「結論をいそぐべきではない」という声が強いそうだし、また天皇の「お気持ち」を受けてすぐ有識者会議を設置するのは、天皇の発言が政治の動きに直結したような印象を与えるので、しばらく間を置いたほうがいいという議論さえあるという。
 これは「お気持ち」の前置がふれている「具体的に触れることを控える」こととつながる。
 さらには自民党・高村副総裁は「象徴天皇制がいかにあるべきかの制度設計の作業をしなければいけなくなるかもしれない」と発言したという(『日経』8月9日電子版)。象徴天皇制にはすでに70年近い実績がある。その間、その「制度設計」(意味がよくわからないが)を含めて、象徴天皇制が有識者会議で検討しなければならないほどの問題になったことがあっただろうか、私は寡聞にして記憶がない。
 とにかく、ことを急がないというムードが感じられる。なぜだろう?解せない。しいて言えば、天皇制というものはとにかく一点一画といえども簡単には動かせない神聖至高なものとして祭りあげておかなければならない、それは人権とか合理性とかを超越した特別なものであるという意識がこの国にはまだ残っているということではないだろうか。
 天皇は憲法によって「日本国民統合の象徴」とされているのであるから、日本国民の1人であるはずである。国民には職業選択の自由がある。もうやめたいという人間をやめさせないという法律は憲法違反ではないのか。
 また天皇は「国政に関する機能を有しない」のであるから、「天皇の公務」は国政に関するものではないはずである。その国政に関しない「公務」を務める人間を代えることについて本人が発言することや、その発言が議論をよぶきっかけになったとしても、それがなぜ「国政」に関わることになるのか。
 要するにあらゆるものを超越する存在が天皇であり、皇室であるという前提に立たなければ、今の議論は理解できない。その前提こそが戦前の日本を縛り、天皇自身をも縛っていたのではなかったか。
 昭和20年の敗戦後、昭和天皇は「人間宣言」を発して明治時代の「大日本帝国憲法」の呪縛から自らを解き放った。その後の現行「日本国憲法」は天皇制の在り方を大きく変えたはずなのだが、それを扱う人間たちの頭の中にはまだ昔の前提が残っていることがはっきりした。
 とすれば、今回の「お気持ち」は平成天皇の「人間宣言」と受け取るべきではないか。

Comment
天皇が生前退位の希望をつぶやいて以来、「陛下おいたわしや」の類の反響に驚いてばかり。つくづく、この国はおかしいと思う。この国には主権者マインドが育っていない。いまだに多くの国民が臣民根性から抜け出せないままなのだ。なるほど、どうりでアベ政権が安泰で、小池百合子が当選もするわけだ。
日本の近代においては、個人の自立も民主主義も、天皇制と拮抗して生まれ天皇制と対峙して育った。その天皇制が、今日に至るも、かくも強固に根を張っていることに衝撃を覚える。
日本において「国民主権」とは、天皇主権の対語であり、歴史的に天皇主権否定という意味にほかならない。主権者意識の成熟度は、天皇制の呪縛からの解放度によって測られる。
近代天皇制とは、「信仰」と「マインドコントロール」と「社会的同調圧力」とそして「法的強制」とから成り立っていた。いま、象徴天皇制下に「法的強制」はなくなっている。「信仰」も「マインドコントロール」もなくなったはずだったが、実はしぶとく生き残っているのだ。象徴天皇への敬意を強制する「社会的同調圧力」の強さは、戦前と変わらないのではないか。一皮むけば、この国は、戦前と戦後を通じてさほどの違いがない。いまだに、何ともおかしな世の中なのだ。
近代天皇制は、明治維新期に国民統治の道具として国家が作り上げたものだ。神の子孫であり現人神であることが、天皇の統治権正当性の根拠とされた。2000年昔の話ではない。市民革命も産業革命も経た19世紀後半に、神話を国家の礎に据えるという、マンガみたいなことができたのだ。こんなリアリティを欠いた「宗教国家」が、現実に20世紀の半ばまで持ちこたえた。
天皇を神とする「信仰」が国家神道である。これは天皇を教祖とし神とするのだから天皇教と言ってよい。信仰だから理屈は通じない。しかも、精神の内奥の話だ。一人ひとりの国民の精神生活が、神なる天皇に乗っ取られたのだ。その天皇が、信仰の世界だけでなく、世俗の政治権力を総覧し軍事大権を掌握して大元帥ともなった。天皇主権を受容する臣民たちの精神状態が、天皇制国家の国民に対する「マインドコントロール」である。マインドコントロールは全国の学校と軍隊で組織的に徹底して行われた。それに、家父長制の家庭も地域も参加した。NHKも朝日も毎日も、メディアがこれを補強した。
しかし、世の中には、天皇を神と認めない人も、マインドコントロールを意識的に拒絶する人もいた。自分は自分でなければならないと自覚する人びと。しかし、この人たちも「社会的同調圧力」に敢然と抗することは難しかった。内心はともかく、誰もが忠君愛国・滅私奉公を実践するフリをせざるを得なかった。社会的同調圧力による面従腹背の強制である。
さらに積極的に天皇制に抵抗を試みる不逞の輩には、予防検束や刑事罰が待ち受けていた。「國体を変革することを目的として結社を組織したる者又は結社の役員其の他指導者たる任務に従事したる者は死刑又は無期もしくは5年以上の懲役もしくは禁錮に処す」という治安維持法が過酷に弾圧のムチを振るった。
蛇足だが、治安維持法にいう「國体」とは天皇制のことである。「『天皇制を否定して民主主義国家を作ろう』などという不届きな運動の首謀者は死刑」というわけだ。
こうして、誰もが天皇には逆らいがたい状況がつくられ、その状況が戦争を準備した。多くの国民がマインドコントロール下に率先して「大君の醜の御楯と出で立っ」て、戦地から還ることがなかった。少なからぬ若者が、内心では出征などマッピラご免と思っていたが、社会的同調圧力はこのホンネを口に出すことを封じた。心ならずも子も母も、「感涙にむせんで」戦争に協力した。
おびただしい死者を出して戦争が終わって、国民はマインドコントロールから覚醒した。神なる天皇に支配されていた精神を解放した…、はずだった。教育勅語も修身も軍人勅諭も戦陣訓もなくなった。治安維持法もなくなり、大逆罪も、不敬罪も廃止された。これで、国民は主権者として自立するはずだった。
ところが、神権天皇制は廃止されたものの、その残滓が象徴天皇制として生き残った。同時に臣民根性も根絶されずに生き残った。生き残った臣民根性は、社会的同調圧力を飼料として増殖を開始し、今肥大化している。天皇に過剰な敬語を要求する同調圧力は年々強まっている。主権者が、天皇について率直に語りにくいこの空気は、危険この上ない。
8月15日がもうすぐだ。日本が神国などではなく、神風は祈っても吹かず、天皇も一人の人間でしかないことを国民が悟ったその日。その日を思い出して、もう一度、天皇制からの呪縛を意識的に断ち切らねばならない。かつて教場で子どもたちに刷り込まれた天皇崇拝の信仰とマインドコントロールから脱却し、社会的同調圧力に抗おう。
日本国憲法は不磨の大典ではない。天皇制という憲法体系の中の夾雑物は、次第にその役割と存在感を縮小して、やがてなくすることが歴史の進化の方向である。皇族を減らし、皇室予算を減らし、天皇の公的行為などは全廃してよいのだ。天皇への敬語使用の同調圧力に迎合した発言は、歴史に抗する愚行というほかはない。
明仁の国家元首の野望阻止 (URL) 2016/08/15 Mon 01:17 [ Edit ]
天皇が生前譲位の願望を表明したことや摂政制度の採用、自粛ムードの再来に否定的な見解を述べたことは、日本会議などの改憲派の戦前復古的動きに「象徴」の枠内で最大限の抵抗を示したとみるべきでしょうね。
これは、いわば、天皇自身による絶対主義的天皇制への批判・拒絶でしょう。
正に、「万物は流転する」です。

現天皇は、象徴天皇制の存続のためにも、護憲の立場に立っている、立たなければならないと自覚している。
この立場は、少なくとも反動的ではないのですから、護憲派は承認すべきでしょう。
バッジ@ネオ・トロツキスト (URL) 2016/08/15 Mon 09:51 [ Edit ]
子供の頃、今は亡き父が時折吐き捨てるように言った言葉を今も思い出します。
「朕思うに屁をたれて、汝臣民臭かろう。国家のために我慢せよ」

普段は無口な父が自虐的ともとれる異様な声で放つその言葉を、私は全く笑えなかった。
戦争そのものは知らなかったけれど、それは戦争で痛めつけられた名もない一兵隊の消極的な怒りのはけ口だと子供心にも感じていたからです。

王様や王女様の話はおとぎ話の中だけだと思っていたのに、現実にまだあったことにも衝撃を受けました。
正直、天皇制というものはよくわかりません。

ただかつては皇族の方々を、○○様などと「さま」を付けて呼ぶことはなかったですよね。現天皇のご成婚のテレビ放送でも「さん」と呼んでいたと思います。

「さま」付けは女性週刊誌がやたら使いましたね。
つい最近も皇室の話が出た時、「○○さん」と言ったら、友人から「なんで○○さまといわないのか」となじられて唖然としました。こういう風潮が怖いです。

ただ今回の天皇の発言にはいろいろ考えさせられました。
さやこ (URL) 2016/08/16 Tue 14:30 [ Edit ]
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