2016.08.31  「尖閣海域は正常」(王毅外相発言)の意味するもの
          新・管見中国(15)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 私は去る8月18日のこの欄に「反習近平の策謀?尖閣海域への公船、漁船大量侵入事件の裏を覗く」(新・管見中国14)という一文を載せた。その趣旨は今月初旬に海警など10数隻の中国の公船と200隻以上もの中国漁船が尖閣海域に現れて、領海および接続水域に侵入、航行した事件は一般に言われるように中国政府の主導による反日活動ではなく、逆に習近平に反対する勢力による政権への揺さぶりではなかったか、というものであった。
 今回はその見方を裏付けることになるのではないか、という小さな材料を紹介しようと考えている。
 その前に、一応、前文の概要を説明しておくと、まず中国の主張が全面的に退けられた南シナ海紛争についての7月12日の国際仲裁裁判所の判決を、本来関係がないはずの日本政府が鬼の首でも取ったように触れ回っていることに中国政府が腹を立てていることは確かだとしても、9月初めに杭州でG20の首脳会議を主宰する習近平としては、各国の注意を南シナ海から国際経済へシフトさせることが急務であり、わざわざみずから外交的敗北の傷跡に他国の目をむけさせるようなことをするとは思えない、というのが第1点。
 しかし、あれほどの漁船を動員(ある報道では約400隻)するには何らかの公的権力による誘導が不可欠である。とすれば、行政の一環としての形式を守りながら、政権の顔をつぶそうとする勢力が仕組んだのではないか、というのが第2点。
 そう考える根拠は、1978年4月、日中平和友好条約交渉がたけなわの時に、同海域に約100隻の中国漁船が出現したことがあった。同年8月、当時の園田直外相が訪中して鄧小平副首相(同)に質したところ、同副首相は「中国政府がこの問題で問題を起こすようなことはないと信じて欲しい」と語った(園田回想録)。つまり中央政府の意図に反することを下部の政府機関が関与しておこなうことが中国でも(では?)、起こりうるというのが第3点。
 そして中央政府主導の出来事であるなら、かならず提灯を持つはずの中国メディアの扱いがちいさいこと、外交部の公式会見でもいつもの「責任は日本側にある」といった上から目線のコメントがなく、「釣魚島は中国固有の領土」といった原則論にとどまった、というのが第4点、であった。
 そこで今回はもう1つの材料を付け加えておこうというわけである。
 尖閣海域での事件から10日あまり経った今月(8月)24日、「日中韓三国外相会談」が東京で開かれた。午前の三国会談に続いて午後は個別に二国会談が行われたが、テレビ・ニュースを見ていたら、日中会談が終わって出てきた王毅外相が取り囲んだ記者団に「君たちの関心の東シナ海についてもかなり話し合った(你们関心的東海問題,我们 談了不少)、・・いまはもう正常・・(現在,正常・・)」と言うのが聞こえた。
 この「正常」という一言に私は膝を打った。ただ、いわゆる記者のぶら下がりでのつぶやきみたいなものだから、果たして外相会談でそういう言葉が使われたのかどうかは分からない。それにぶら下がりでもテレビでは編集でカットされてしまったところにもっと言葉があるかもしれないので、いくつかの新聞を繰ってみた。
 私が見た限りでは、まず『日経』(25日朝刊)の1面トップ、日中首脳会談の記事の前文の最後に「(尖閣海域について)岸田氏は事態の完全な沈静化と再発防止を要求。王氏は会談後、記者団に『すでに正常に戻った』との認識を示し、平行線をたどった」とあった。
 これで私が耳に止めた「正常」は確認されたが、外相会談の場でもそう言ったのかどうか。各紙にはこの言葉を取り上げた記事はなかったが、『毎日』(同)の「日中外相会談要旨」の中に王外相の発言として「東シナ海情勢は基本的に正常な状態に戻った」と記録されていた。
 なんでこの一言に私はこだわったのか。つまり大量の中国公船と漁船があの海域に集まって行動するのは「正常」ではない、つまり「異常」なことと、王毅みずからが認めたからである。あの騒ぎの最中には、日本駐在の程永華大使は自民党の二階幹事長に、「今年は風向きの具合がどうの」(正確な言い回しは不明だが)と言って、大量の漁船が休漁明けにあの海域に集まったことを正当化したとも伝えられたが、この王毅発言であの騒ぎはやはり中国政府の立場から見ても「正常」な活動ではなかったことが確認された。
 そして「正常な状態に戻った」という言葉が岸田外相の「沈静化と再発防止」要求に対するいわば弁明の形で出たことは、あの騒ぎを非難する岸田発言を王毅自身が間接的に容認したことを示している。
 というわけで、あの騒ぎは習近平政権による世に言うところの「腹立たしい日本への報復と実効支配の実績づくり」ではなくて、むしろG20を控えた習近平のイメージを落とそうとするものであったことを王毅発言はうらづけている、というのが、この一文の言いたいことである。
 私自身は今のところこの見方にかなりの自信をもっているが、なにしろ仮説と推測を積み上げたものであるから、最終的にはこれからの成り行きにまつしかない。しかし、どうみてもこのところ中国は政権内部の圧力が相当に高まってきたようだから、やがてもっと決定的な動きが出て来るやも、ということで本編はここまで。
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