2016.09.19  やはり反習近平の策謀としか・・・8月の尖閣海域さわぎを検証する(1)        
    新・管見中国(16)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 〔今年の8月初め、東シナ海の尖閣諸島周辺に多数の中国漁船と10数隻の中国政府の公船が出現し、日本政府が連日、中国政府に抗議するという事態となった。この件について私は8月14日と31日に本欄で(新・管見中国 14、15)、王毅外相の訪日までの状況を検討して、どうも政治的に習近平に反対する勢力の策謀ではないかと思われる、いう推測をお読みいただいた。
その後、9月5日に中国・杭州で安倍・習近平会談が開かれて、一応、事態は収拾された。あらためて、事件の全体を振りかえってみようと思う。やや長くなってしまったいので(1)、(2)の2回に分けることにする。〕

  さる8月4日、5日ごろから尖閣諸島周辺の海域に中国政府の海警局の公船と大量の中国漁船(報道では2~300隻)が集結し、領海に侵入したり、その外側の接続水域で操業したり、という行動を連日繰り広げた。
 これに対して外務省の杉山事務次官が5日、中国の程永華駐日大使に尖閣周辺の日本領海に中国海警局の公船と中国漁船が同時に侵入したとして抗議、翌6日にも海警船6隻と魚船230隻が確認されたとして、金杉アジア大洋州局長が中国大使館の公使に「現場の緊張をさらに高める一方的な情勢のエスカレーションであり、決して受け入れられない」と抗議した。
――背景――
 これがことの発端であるが、若干、背景を説明しておくと、日中漁業協定によって尖閣諸島周辺の日本の領海の外側、接続水域で中国漁船が操業することは認められている。ただし協定には「休漁期」の定めがあり、8月1日から操業が可能となった。そこであの水域に中国漁船が登場し、それを見張るために中国政府の公船もやってきた、というのが中国側の公式の言い分である。
 ところで周知のように2012年の日本政府による尖閣諸島買い上げで対立が深まって以来、尖閣周辺で中国の公船が領海に入ったり、接続水域を航行したりするのは珍しいことではない。ただ一昨年ごろから「月に3回程度、3隻の公船が2時間くらい領海を航行して出てゆく」というパターン(「3・3・2」方式と言うらしい)ができていた。今回の事件前の最後の回は7月20日午前にパターン通りの行動が行われ、海上保安庁の巡視船の警告を受けて、領海から出て行っている。今年に入って⒛回目であった。
 では今回は何が問題かと言えば、まず漁船の数が数百隻というのが異例、その漁船群に対して中国の公船が日本の領海内で中国国内法に従って取り締まったりすることは日本側としては決して認められない。また公船の数も通常の3隻程度にとどまらず、一時は最多で15隻にも上った。そればかりでなく外務省によると、海警局の船のうち3隻は武器も搭載していた。接続水域での外国船の航行は国際法違反ではないが、隻数の多さに加え、武装した船がいればいやでも緊張が高まるという判断から、連日の抗議となったのである。
 領海侵入に対して日本の海上保安庁の巡視船が退去を求めても、中国側の公船は「中国の管轄海域でパトロールをしている。貴船は我が国の管轄海域に侵入した。我が国の法律を守ってください」と応じたという(『毎日新聞』8月10日朝刊)。
 ここまでの説明では、通常の「3・3・2」の拡大版と考えれば、それほど異常なこととも思えないかもしれない。しかし、ウラがある。
 休漁明けで漁船が大挙出てきたのなら、毎年、同様のことが起きているかといえば、そんなことはない。私が海上保安庁の関係者から聞いたところでは、確かに毎年、8月から休漁明けになるのだが、大量の漁船が現れたのは最近では2010年以来のことだそうだ。
2010年という年も尖閣諸島をめぐる日中間の緊張が高まった年で、中国漁船が日本の巡視船に体当たりする事件が起きたのがこの年の9月のことである。
なぜそのように船の数が上下するのか。あの海域に出てくるのは福建省や浙江省の漁船だが、距離が遠いので燃料代がかさみ、政府から補助金をもらってやっと採算がとれるのだそうである。8月20日の『産経新聞』に同紙矢板特派員の福建省泉州市発のルポが載っていたが、そこにはこんな記述がある―
 「今年の夏期休漁期間中の7月、複数の漁船は当局から『(漁が始まる)8月に釣魚島(尖閣諸島の中国名)に行くように』と指示されたといい、その際、海警局の護衛がつくことを示唆されたという。・・・
帰国後は政府から燃料の補助や、船の大きさと航行距離、貢献の度合いに応じて数万~十数万元(十数万~約300万円)の手当てがもらえるという。
 地元の漁民によれば、福建省や浙江省の港から尖閣近くに向かうには約20時間かかり、大量の燃料を使う。また、日本の海上保安庁の船に『作業を妨害される』こともあるため、通常は敬遠する漁民が多いという」
 つまり8月にあの海域にどのくらいの中国漁船が現れるかは、地元政府の胸三寸ということになる。だから程永華大使が外務省で記者団に囲まれた際に「釣魚諸島(尖閣諸島)は中国の領土であるから、その海域で我が国の公船が自国の漁船を取り締まるのは当然のことだ」というのは表向きの発言で、公船を大量にあの海域に遊弋させて、緊張を作り出すために漁船に補助金を払って動員したことは間違いない。
――南シナ海の仇を?――
 ここからが本題である。広大な南シナ海の大部分をいわゆる「九段線」で囲い込み、その内部を自らの管轄圏として周辺国に認めさせ、軍事利用、資源開発に活用しようというのは、習近平政権の大きな国家戦略である。しかし、中国大陸から遠く離れて、フィリピンの排他的経済水域の中にある黄岩礁(スカボロー礁)の領有権をめぐる紛争で、フィリピン側がハーグの国際仲裁裁判所に提訴した結果の判決が7月12日に下り、中国の主張はほぼ完全に退けられた。
 中国は判決を阻止するために、友好国を動員して「国際世論」を喚起したり、はては仲裁裁判所そのものを誹謗したりなど、できる限りの外交努力を傾けたが、結局は痛い敗北を喫してしまった。腹立ちのあまりであろうが、中国は仲裁裁判所の審理を「茶番劇」とののしり、判決を「紙くず」と切り捨てて、一顧だにしない態度を見せている。
一方、対照的なのがわが安倍首相で、この仲裁判決を高く評価して、国際会議などことあるごとにその遵守を中国に要求して回っている。これもまた当然のことながら中国にとっては癪の種で、再三再四、「部外者は余計な口出しをするな」と怒りを露わにしている。
たとえば事件直前の8月2日の記者会見で、日本の防衛白書について質問された中国外交部の華春瑩報道官はこう述べていた――
「日本政府は新しい防衛白書で、中国の正常な国防建設と軍事活動について故なき誹謗を加え、中国内部の事柄をあれこれ言っている。中国はこれについて強烈な不満を伝える申し入れを行った。強調したいのは領土主権と海洋権益を守る中国政府の意思は断固としたものであり、中国側が釣魚島の領海を巡回し、法を執行するのは固有の権利であって、日本側にあれこれ言う権利はない。・・・」
こういう背景があっての中国公船と漁船の尖閣海域への大量出現だから、これは中国政府が「南シナ海の仇を東シナ海で討とう」とする行動だと、日本人の多くが受け取ったのは無理もない。
しかし、すこし落ち着いて考えてみると、その見方は自然ではあるが、同時にあまりに単純だという気もしてくる。なぜなら仲裁判決の後、中国政府も一時はその無効を大声で宣伝したが、ほどなくモードを「仲裁判決をなかったものの如くする」、つまり前述のように、無視することに切り替えていたからである。
幸いなことに、今年のG20は中国が主宰国で、首脳会議は9月4日、5日に杭州で開かれることになっていた。中国のマスメディアは8月に入ると連日、G20で持ち切りの状態になり、首脳会議の議長を務める習近平をあたかも世界経済の救世主のごとくに持ち上げていた。つまり「南シナ海の仇を東シナ海で討つ」のでなく、「南シナ海の恥を杭州で雪ぐ」のが8月の宣伝方針だった。
そんな時に、わざわざ南シナ海の仲裁判決を思い出させるような行動を中国政府がさせるだろうか、という疑問が湧く。しかし、何百隻(最多の報道では400隻)もの漁船をあの海域に集中させるには、補助金による政府の誘導が必要とあれば、あの事態をどう考えればいいのか。
答えは1つ、中央政府とは別の意思が地元、および海洋関係部署を動かしたということにならざるを得ない。と言っても、事柄の性格上、動かぬ証拠といったものはない。しかし、状況証拠といえるものはある。それを検討してみたい。
――中国側の応対ぶり――
まず事態が伝えられた直後の中国外交部の応対である。
先ほども登場してもらった外交部の華春瑩報道官の6日の記者会見―
「記者 報道によれば、今朝、釣魚島海域で中国の海警船および大量の中国漁船が発見
され、日本外務省から申し入れがあったということだが、これについての中国側の対応は?
答え 釣魚島問題における中国の態度は明確で、一貫している。釣魚島およびその付
属島嶼は中国固有の領土であり、中国はこれらの島々およびその周辺海域に争いようのない主権を擁している。
同時に中国側は現在、関係海域における事態を適正に管理するための措置をとっているところである。われわれは日本側が関係する原則と共同了解の精神を守り、冷静に目前の事態に対処し、情勢を緊張させ複雑化させるいかなる行動もとらず、共同してこの海域の安定のために建設的な努力をはらうように強く希望する」
この答えの前半は公式態度の確認にすぎない。起きている事態についての態度は「同時に」以下の後半である。一読して明らかなように、報道官は事態が起きることを予期しておらず、不測の事故、衝突が起きることを心配して、日本側に冷静な対処と協力を求めている。わずか4日前の記者会見で「中国側が釣魚島の領海を巡回し、法を執行するのは固有の権利であって、日本側にあれこれ言う権利はない」と言い放った同一人物の発言とは思えない。
もし大量の公船と漁船で緊張状態を作り出し、「南シナ海の仇を東シナ海で討つ」ために政府を挙げて決定した攻勢であれば、答えはそういう際の決まり文句、「緊張状態を作り出した原因は日本側にあり、もし不測の事態が起きればその責任は日本側が負わなければならない」であったはずだ。
 中国政府が「事態を適正に管理する措置」をとっていたはずなのに、状況はなかなか好転しない。12日までにのべ28隻の中国公船が領海に侵入し、その都度、日本政府は外交ルートで中国側に抗議し、9日にはそれまでの金杉アジア大洋州局長、杉山事務次官による抗議からクラスを上げて岸田外務大臣が、程永華駐日大使を外務省に呼んで、「一方的な現状変更の試みで日中関係は著しく悪化している」と直接、強く抗議した。
この日、外務省で記者団に囲まれた程大使は「釣魚諸島は中国の領土であるから、その海域で我が国の公船が自国の漁船を取り締まるのは当然のことだ」と中国の立場を述べている。
 こういう膠着状態の中で11日午前、思わぬ事故が発生した。問題の海域でギリシア船籍の大型貨物船と中国漁船が衝突し、漁船が沈没したのである。漁船の乗組員14人のうち6人は日本の巡視船に救助されたが、8人は行方不明となった。この件についての外交部・華春瑩報道官の対応、中国側の報道もなかなか興味深い。
 同日の外交部ホームページに載った華報道官の発言―
 「中国海警局および交通部中国海上救難センターからの通報によれば、8月11日朝、1隻の中国漁船と1隻のギリシア籍貨物船が東海南部海域で衝突し、中国漁船は沈没した。これまでに6名の中国船員が救助されている。中日両国の公務船が全力でその他の乗組員の捜索にあたっている。われわれは中日両国の海上部門が引き続き協力して、この突発事件の処理にあたることを希望する」
 目を引くのは、6人が日中どちらの船によって救われたかに触れていないことである。海警局と救難センターからの通報がそれに触れていなかったのか、日本の巡視船に救われたと分かっていてあえてふせたのか、伏せたとすれば外交部と海警、交通両部門の内、どこが公表に反対したのか、興味をそそられる。
 ところがこの日の午後、『人民日報』傘下の国際情報紙で、普段は対日強硬論を載せることで有名な『環球時報』が日本の「ヤフー・ニュース」を引用する形で実際の状況を電子版に写真付きで流していた。写真は海上保安庁のボートが漂流している漁船員を収容する場面で、画面に日本語の字幕が映っているので、日本のテレビ画面であることは中国人にもすぐ分かる。記事の内容は―
 「⒒日午前5時ごろ、中国漁船『閩晋漁05891』とギリシアの貨物船『ANANGEL COURAGE』が釣魚島の西北67カイリの公海上で衝突した。午前6時ごろ、日本の第⒒管区の海上保安庁巡視船が現場に到達して、中国人船員6人を救助した。うち4人は軽傷で生命の危険はない。付近に中国漁船は発見されなかったので、すでに沈没したものと判断された。巡視船は現在なお行方不明の中国漁船の8人を捜索している。
 日本第11管区海上保安本部によると、中国漁船は衝突前、網を降ろす作業中であった。ギリシアの貨物船は乗組員23人、うち⒒人がギリシア人、10人がフィリピン人、2人がウクライナ人で、中国からオーストラリアに戻る途中であった。事故発生当時、この海域には多くの中国公務船がいたことが確認されている。・・・」
 外交部の発表が日本の巡視船が救助したことを伏せて、日中両国の公船が捜索活動にあたっているとしているのに対して、こちらは救助したのは日本船、捜索に当たっているのも日本船と読める。さらに追い打ちをかけるように、多くの中国公船がこの海域にいたと付け加えている。この部分は中央政府の意向を無視する形で尖閣海域に大挙出動した公船の行動を、「何のためにそこにいるのか」と暗に非難しているようにも読み取れる。
 するとその夜、また外交部の華春瑩報道官が登場する。「衝突事故のその後の進展は?」という質問に答える形で次のように述べた―
 「8月11日夜、日本側が救助した6人の中国人船員はすでに無事中国側に引き渡された。中国の公務船は引き続き現場海域でその他の人員の捜索にあたっている。
 中国としては日本側がこの海難救助事件における実際の行動で示した協力と人道主義精神に賛辞を表する」
20160914田畑中国漁民救助写真600

 前回から一転して、6人を救助したのが日本船であったことを認め、その行為に賛辞を表した。突然、大挙して尖閣海域に出かけて行った海警などの行動について、日本の抗議を受けながら、漁船の保護のためと見え透いた説明を余儀なくされた外交部が、漁船沈没という偶発事件が重なって、どういう態度を示したらいいか迷い続けた1日であったことをこの短い談話は示しているように見える。(以下次回)
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