2016.09.21  やはり反習近平の策謀としか・・・ 8月の尖閣海域さわぎを検証する(2)
    新・管見中国(17)

田畑光永 (ジャーナリスト)

――王毅外相「すでに正常」発言――
 この衝突事件がきっかけとなったのかどうかは不明だが、その後、さしもの大軍団も姿を消して、13日、17日、21日に中国の公船4隻が数時間、領海に入って、出てゆくという通常パターンに現地はほぼ復帰した。
 そして24日には日韓中三国外相会談が東京で開かれることになった。王毅外相は北京第二外国語学院の日本語科卒業という日本専門家だが、というか、だからこそなのか、いずれにしろ日中関係が緊張している時期に外相に就任したために、かつて長年在勤した日本に就任以来、1度も来なかった。したがって今回は外相としての初来日なのだが、本人は「訪日」ではなくて、東京でたまたま三国外相会談が開かれるから出席するまでと強調していた。とにかく事件以来、最高位の人物として東京に現れるわけで、何を言うか、何と言うかに大きな注目が集まった。
 岸田外務大臣との会談は三国外相会談が終わった後、24日の午後に行われた。その模様は『毎日新聞』(8月25日朝刊)によると―
 「岸田外相は24日、来日している中国の王毅外相と外務省で会談した。沖縄県・尖閣諸島周辺で今月上旬に相次いだ中国公船による領海侵入で両国間の緊張が高まったことを受け、岸田氏が抗議したのに対し、王氏は尖閣を自国の領土とする見解を示したうえで、不測の事態を回避するために意思疎通を図る意向を表明した」
 『朝日新聞』(同)―
「岸田氏によると、王氏は東シナ海をめぐる中国側の見解を改めて主張。東シナ海をめぐる情勢の認識は平行線に終わった。ただ、王氏は『情勢の悪化を防ぎ、不測の事態を回避することが重要』と言及。両者は、偶発的な衝突を避けるため『海空連絡メカニズム』の運用開始が重要との認識では一致した」
どうも外相会談の記事では王氏が事態をどう考えているかがはっきりしない。じつは私はたまたま外相会談を終えて出てきた同氏が記者団に取り囲まれて、二言三言受け答えをするのをテレビのニュースで耳にした。
そこでは王氏は「みなさんが関心の東(シナ)海問題、相当話したよ。騒ぎすぎ、でももう・・正常に」(你们関心的東海問題,談了不少。炒作・・現在・・・正常)と言った言葉が聞き取れた。
これで会談では尖閣問題が大きな部分を占めたこと、王氏は報道が騒ぎすぎていると考え、事態はすでに正常にもどったと認識していることが推測できる。ここでのキーワードは「正常」だ。
つまり王氏は「3・3・2方式」で日中両国の政府公船が時折並走しながら、お互いに自国領だとマイクで言い合う状態を「正常」と考えているということだ。多数の中国公船が実力行使の形で「実効支配」を拡大しようとしたかに見える、8月初旬の騒ぎを中国政府は「異常」事態ととらえていることになる。つまり彼らの予期したことではなかったし、本意でもなかったということだ。
問題は王氏がその認識を外相会談でも明らかにしたかどうかだが、『毎日』の「会談要旨」に1行、「王外相 東シナ海情勢は基本的に正常な状態に戻った」とあった。つまりあの騒ぎは想定外であったと王毅外相は伝えたのだが、それがその通りに日本政府に伝わったかどうか、今のところ判然としない。
――習近平「複雑な要素」とは?――
 さて「南シナ海の恥を杭州で雪ぐ」チャンスとなったG⒛。中国当局は杭州市民をなるべく旅行に出したり、商店を閉めたり、工場を停めて空をきれいにしたりと、習近平の晴れ舞台を整えた。このイベントにもまたさまざまな話題があったが、なんとか実現した安倍・習近平会談でも、尖閣海域での事件を考える上ではなはだ興味深い発言が習近平の口から出たので、それを検討してみたい。
 会談はG20の日程がすべて終了した後の9月5日夜に設定された。報道によれば中国側が当初、会談時間を⒛分にしたいと言ってきたのを、日本側が45分は必要と押し返し、それでは時間節約のため逐語通訳でなく、同時通訳を使って30分となったそうである。このやり取りを見ても、この2人はお互い相手を好もしく思っていないことが感じられるが、果たせるかな終わってみると、中国側が公表した各国首脳との会談写真のうち、日・中、中・タイの写真だけに両国の国旗が映っていないという妙なことになっていた。
 たかが写真ではあるが、奇妙は奇妙であり、中国外交部はこういう形式的なプロトコールにそつはないはずだから、この両国に中国は含むところがあるのをそんな形で示したのかもしれない。
 そうして始まった会談であるが、取り上げられた議題を見ると、東シナ海問題、南シナ海問題、防衛当局間の緊急連絡メカニズム、北朝鮮のミサイル、戦略的互恵関係と盛りだくさんである。挨拶、握手を含めて会談時間は32分(2分オーバー)だったから、話し合いというより、課題の確認で終わったであろう。
 ところが、である。短時間の会談にも拘らず、習近平の発言に意味深長な一節があった。新華社電によると―
 「習近平は、次のように述べた。中日両国は互いに重要な隣国であり、両国関係が長期的に健康で安定して発展することは両国人民の利益に合致し、地域の平和と安定に有利である。現在、中日関係は相かわらず時として複雑な要素の妨害を受ける。双方は妨害を排除して、中日関係を一日も早く正常な発展の軌道に戻さなければならない。・・・」
 現地からの記者の報告では、習近平は慎重にメモに目を落としながら発言したという。
 何が意味深長か。これまで中国側が「中日関係を妨害するもの」という時は、まず押しなべて日本側の反共主義者だったり、右翼分子だったり、歴史修正主義者だったり、を指していた。それに対して中国側は政府も人民もともに日本との友好を望んでいるというのが、お決まりの陣立てであった。
 しかし、この習発言に登場した両国関係を妨害する「複雑な要素」には国籍がない。そしてそれは「双方が排除」しなければならないという。要素だから、人間に限ったわけではないかもしれない。たとえば、世界経済の停滞といったことも両国関係を妨害すると言えなくもないが、それを「排除」しようと言うだろうか、「克服」ならわかるが。
 私はごく常識的に考えて、このくだりは「さまざまな思惑から両国関係を妨害しようとする人間はどちらにもいる。お互いそういう連中を排除して関係を正常な軌道に戻そう」と受け取るべきだと思う。
 習近平の立場に立てば、会談では安倍は必ず尖閣の問題を持ち出すだろうが、中国だってすべてが中央で決めた方針で上から下まで一枚岩ではないのだということを言っておこう、と考えたのではないか。それは安倍に言うのと同時に、国内に向けての警告でもあったはずだ。
――誰が、何のために――
 ここからが結論である。ここまでくどくどと書いてきたのは―
8月初めに多数の中国公船と大量の中国漁船が尖閣海域に押し寄せたのは、たんに休漁期間明けで漁船がいっせいに漁に出たからではなくて、漁船の地元の公的機関が金銭的誘導で漁船を動員し、それを監督する名目で多数の公船が出てきたものであった。
 次に中国外交部報道官の発言やメディアの報道ぶりから見て、それは中央政府の方針ではない「予期せぬ出来事」であった。事態が一段落した後に、王毅外相が岸田外相や日本のメディアに「正常な状態に戻った」と言ったことにもそれはうかがわれる。
 では、誰がどういう意図であの騒ぎを仕組んだのか。それを示唆するのが習近平の「複雑な要素」発言である
――ということである。
 それでは、あの騒ぎは誰が何のために仕組んだのか。ここから先は推測である。
 中国国内には現在の習近平主導の政治に不満を持つ勢力がいるだろうことは容易に想像がつく。激しい反腐敗キャンペーンで摘発された人々やグループはもとより、自分も標的にされそうな人々も習近平を恨んでいるであろう。各方面の改革、とりわけ軍の大機構改革で不利な立場に立たされた人たちもいるはずだ。「供給側改革」でリストラの対象になった分野にも習近平をやめさせたい人々は大勢いるだろう。
 具体的には見当のつけようもないのだが、ともかくそういう反習近平に駆られた勢力が習近平を苦境に立たせる方策はないかと考えたとしても不思議はない。そこで目をつけたのが、南シナ海問題での中国の外交的失敗だったのではないか。
 その勢力が目論んだ筋書は――習近平は9月のG20 を盾にその失敗を覆い隠して、国際的にも国内的にも杭州の成功で名誉挽回を図ろうとしているから、それを妨害する手立てとして、日本の安倍首相が南シナ海についての国際仲裁裁判所の判決をいたるところで振りかざしているのを利用しよう。そのためには尖閣でことを起こすに限る。習近平自身も安倍の行動には腹を立てて、「当事者でない者は黙れ」とメディアに言わせているのだから、「釣魚島は中国のものだ」を旗印にした行動をやめさせることはできまいし、まして弾圧するわけにはいくまい。「海で暴れる中国」を世界が忘れることはない――というものではなかったか。
 尖閣水域が一段落した後、G20首脳会議開会前日の9月3日、まさに仲裁判決のもととなった南シナ海のフィリピン沿岸にある黄岩礁(スカボロー礁)に海警など中国の公船10隻が出現した。さすがに中国本土から遠く離れた場所だけに漁船群は伴わなかったが、フィリピン国防省によれば海警船4隻のほかに海洋調査船とみられる船や大型漁船や浚渫船のような船も見られたという。この件は7日にフィリピン政府が10隻の写真を公開して以降、報道がないのでその後どうなったかは分からない。それにしても公船だけが10隻も一緒に現れるというのはいかにも奇妙で、尖閣作戦の続きではないかと想像させる。
 さて習近平が言った「複雑な要素」という言葉は中国国内に向けての警告でもあったはず、と書いたが、その意味は私の推測が正しければ、習近平は尖閣で騒ぎを起こした勢力に向かって、国策に忠実を装って、じつは反習近平運動をしているからくりは分かっているぞ、ということを「複雑な要素」に込めたのである。この言葉は日本向けというより、むしろ国内に響かせる目的のほうが重要だったかもしれない。
――蛇足――
 尖閣に大量の中国漁船―というニュースを聞いた時、すぐに思い出したのは1978年4月末に起こったそっくりの事件である。今度のことでよく引き合いに出されたからご存じかもしれないが、当時は日中平和友好条約交渉がたけなわの時期で、私は北京に駐在していた。事件が起こった時は、たまたまそれまで外国人が立ち入れなかった四川省が「開放」されることになり、その第一陣としてわれわれ日本人を含めて北京駐在の外国人記者団の大多数が外交部新聞局のアレンジで四川省を旅行していた。
 北は遼寧省船籍の船を含めて各地から100隻余りの漁船が尖閣諸島に押し掛けたのだが、北京にはほとんど外国人記者がいなかったし、今と違ってインターネットどころか電話すら不自由な時代だったから、旅行中のわれわれにはそれを知るすべもなかった。おかげで当時、特に日本人記者団は週刊誌などでいろいろ揶揄されたが、結局、この事件はうやむやのまま現在に至っている。
 しかし、わずかな手がかりがないでもない。事件の4か月後、同年8月に当時の園田直外相が北京にやってきて、副総理だった鄧小平と会談した。
園田はこう回想している――
 「私は意を決して、尖閣諸島についての日本政府の立場を説明し、この間のような事件(漁船事件)がないようにしてもらいたいと申し入れた。それに対し、鄧小平副総理は、あの事件は偶発的なものであり、中国政府がこの問題で問題を起こすようなことはないと信じて欲しいと述べた。これで私は(条約交渉の)最後の関門をくぐり抜けた」
 園田直の回想録『世界 日本 愛』(第三政経研究会・1981年)の一節(この引用は『記録と考証 日中国交正常化・日中平和友好条約交渉』岩波書店・2003年・180頁からの孫引き)である。
 ここでのキーワードは事件が「偶発的」であり、「中国政府がこの問題で問題を起こすようなことはない」という鄧小平の言葉である。特に後者は事件が中国政府の意図したものでない(つまり中央政府以外の誰かがやった)ことを認めている点で重要である。
 中国のような独裁国家の場合、なにかことが起こるとついなんでも政府がやっているように受け取りがちだが、必ずしもそうとは限らない。むしろ日常的に反対意見が制限されているからこそ、あたかも政府がやっているように見せかけて別人が陰謀をたくらむことがある。政権にとっては許しがたいことではあるが、表向き、あれは政府以外のものの仕業だとはいえないから、とりあえずうやむやにする、ということをあの事件で知った。
 だから今度の事件は最初からそういう目で見ていた。その結果がこの小文である。推測が正しいかどうかは勿論分からないし、78年の時と同様、ずっと分からないかもしれない。
 ただ今回の騒ぎのさなか、香港に行った知人が教えてくれたのだが、同地の中国政府系新聞社の人に会った時、事件を話題にしようとしたら、その人は「上のほうからその話には触れるな、というお達しが来ているから、なにも分からない」と言ったという。なにやらきな臭い感じもしないではない。焦らずに、耳だけはすませていよう。
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