2016.09.29  日本共産党、習近平政権と戦う?
         ――八ヶ岳山麓から(199)――

阿部治平(もと高校教師)

日本共産党(日共)の赤旗日曜版(2016・09・11)を見て驚いた。
「アジア政党会議総会宣言、核兵器禁止条約を削除」「日本共産党が抗議、部分的保留表明」という大見出しが躍っている。1面と4~6面にわたる中国共産党(中共)非難である。
先日までマレーシアで開かれていたアジア政党国際会議(ICAPP)第9回大会について、中共代表団のとった態度を詳しく伝えている。このICAPPの最終宣言には、当初、「核兵器禁止条約のすみやかな交渉開始を呼びかける」という文言があった。中共代表団が宣言採決の直前になってこの部分の削除を強硬に求めた。このため「クアラルンプール宣言」にはこの文言が入らず、日共代表団は「部分的留保」を表明したというのである

おそらく中国外交当局が次の国連総会では核兵器禁止条約が議論されることを予想して、これに反対するために中共代表団に「核禁止・廃絶」の文言を宣言に入れないよう指示したものと思われる。案の定、9月23日国連安全保障理事会の核実験自制決議は、中国を含む核保有5大国の意向を反映して内容が後退し、核兵器禁止条約への道は暗澹たるものになった。
同会議での領土紛争問題でも、日共は領土紛争の解決にあたっては、(1)「力による現状変更」などを厳に慎むこと、(2)「国連憲章と国際法の普遍的に承認された原則」に従うことを提起した。
もちろん中国は例の仲裁裁判所の判決を紙くずだとしているから、「国際法を基礎」として解決することを宣言に書き込むことには強く反対した。これに対して日共が修正案を出すなど、多くの諸党がこれを明記するよう求め、最終的には「国際法を基礎として平和的に解決する」ことが宣言に明記されたという。

志位和夫委員長は中共代表団の態度によほど腹を立てたと見えて、9月20日に開かれた日共第6回中央委員会総会の幹部会報告でも「クアラルンプール宣言」をめぐる中国代表団の言動について激しい非難を浴びせている。
第1は、中国はある時期までは、核兵器禁止の国際条約を求めてきたが、この数年は国連総会でも、核兵器禁止・廃絶の作業部会設置に核保有五大国(P5)の一員として頑強に反対するようになった。「少なくとも核兵器問題については、中国はもはや平和・進歩勢力の側にあるとはいえない」と断言した。
第2は、中共代表団は自分たちの主張を押し付けるために、会議の民主的運営を乱暴に踏みにじった。これは「覇権主義的なふるまいそのもの」であるという。
第3は、今回の総会での中共代表団のふるまいは、32年にわたる中共の日共への無法な干渉の反省の上にたち、日中両党双方が合意文書(1998年6月)で確認してきた両党関係の原則と相いれない態度であるという。
志位氏は「中国に対して、東シナ海、南シナ海における力による現状変更の動きを中止すること、南シナ海問題での仲裁裁判所の裁定を受け入れることを強く求める」と発言している。

中共代表団の一連の言動に関連して、志位氏は“社会主義をめざす国ぐに”――「社会主義をめざす新しい探究が開始」(綱領)された国ぐにについての日本共産党第26回党大会決定に照らして、「今回の中共代表団の行動は重視しなければならない」と発言した。
わかりにくい表現だが、日共はソ連・東欧崩壊後、中国・ベトナム・キューバなどを「社会主義に到達した国ぐに」ではなく「社会主義を目指す国ぐに」と定義している。その内容として「覇権を許さない世界秩序のために真剣に取り組んでいること、核兵器の廃絶、地球温暖化などの人類的課題の解決に積極的役割を果たしていること」としている。志位氏の発言は、中国はこれからはみだしたという判断である。

日共は中共批判を長い間やらなかった。尖閣問題と参院選中の「日曜版」の中国・北朝鮮批判を除けば、昨年くらいまで「赤旗」に載る中国関係のニュ-スはごくごく短いものだった。解説記事はあったが、たいていは現状を肯定するものであった(たとえば拙論「八ヶ岳山麓から(144)」の井手教授批判)。これでは何のために北京特派員が置かれているかわからない。
核兵器廃絶問題で中国が消極的になったのはかなり前だから、もっと早くからやりあってもおかしくはない。また尖閣諸島問題では20年以上前に中共との意見の相違を表明したのだから、領海侵犯があった時点から徹底的に批判し続けるべきだった。
これに関しては、不破哲三氏の存在を外すことはできないと思う。不破氏は、今は党首ではないが、実際には日共中央に大きな影響力を持っているらしい。この人物が2006年5月に日共の社会科学研究所所長の肩書で北京の中国社会科学院において「マルクス主義と二十一世紀の世界」と題する「学術講演」をおこなったことがある。
私は中国でその内容を読んだが、締めくくりのことばは「あなたがたが、壮大な未来をもった国づくりで、社会主義をめざす国ならではの優位性を発揮して、大きな成功をおさめ、そのことが二十一世紀の世界的な発展の力となることを願って……」というものであった。あのときはあきれた。

さらに不破氏は、文化大革命期と違い、現在の中共指導者は真のマルクス主義者だといったこともある。中共指導者もさぞかし面はゆいことだろう。
不破氏のこうした見解が10年たっても変らないとすれば、いまも中国を「壮大な未来を持った国づくり」に励んでいると見ているのであろう。
私はこのような観念にこり固まった人物が影響力を持つ限り、日共は事実をありのままに見られず、赤旗にしかるべき中国批判がないのも無理はないと思ってきた。さらに日共は大会などで重大な決議をすると、そのつど中国に説明していたという話を聞いたことがある。私のような日共びいきのものから見ても、これは問題の行動である。

このところの赤旗ネットと日曜版の一連の記事からすれば、日共中央は不破哲三氏の影響力を絶ったようだ。そうでなければ不破氏がその宗旨を変えたのだ。
そうだとすれば、私は日共は次期党大会の前に、できるだけ早く中国やベトナム、キューバを「社会主義をめざす国ぐに」とか「社会主義をめざす新しい探究が開始された国」と定義するのをやめたほうがよいと思う。
我々普通の人間からすれば、こんな定義はまるで浮世離れしている。中国はただの独裁国家である。わざわざ中国に行かなくても、北京・上海発のニュースを見ていれば、政府系と民間の独占資本が存在し、それと結ぶ官僚がうまい汁を吸っており、金持はとてつもなく裕福で、民百姓は無権利で貧乏で、言論弾圧と少数民族の抑圧が日常的なのもわかる。中国がそれから脱却するような「新しい探求が開始されている国」とは到底思えない。この延長上に社会主義があると考えるならば、社会主義はなんと魅力のないものだろう。

これに関連して注目すべきは、志位氏が「覇権主義的なふるまいそのもの」と中国を非難したことだ。日共の定義では、覇権主義とはもともと帝国主義の対外政策である覇権、侵略の政策のことであり、社会主義を名乗る国がこれをおこなうことは、社会帝国主義への堕落にほかならないという。
社会帝国主義というのもわかりにくいが、「社会」をとって帝国主義だけにすればすっきりする。要するに日共は中国を帝国主義とみなしたらしい。それがいちばんだ。
「社会主義を目指す国」と決別すれば、赤旗も率直な中国批判ができるだろう。その方が赤旗読者も支持者も増えるし、中国の将来のためにも好いのだ。(2016・09・25)
Comment
賛成!
日中両党への批判がまだ甘いけどw
バッジ@ネオ・トロツキスト (URL) 2016/09/29 Thu 15:44 [ Edit ]
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