2016.10.11 クルド人国家への大きな一歩に
―近づくモスル解放作戦開始

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

2014年6月にイスラム過激派武装勢力「イスラム国」(IS)に占領された、イラク第2の都市モスルへの、米国主導の支援国空軍の支援を受けるイラクの政府軍と少数民族クルド人の民兵勢力ペシュメルガの解放作戦が、間もなく、遅くとも寒いイラクの冬の前に開始される。IS占領前には170万人以上の市民が住んでいた同市は、ISの支配下で偏狭なイスラム主義による支配を過酷に強制され、40~50万人の市民が脱出したが、なお100万人以上の市民が生活している。解放作戦に備え、ISは市内に塹壕と深い地下道を張り巡らし、武器・兵員の輸送と自爆テロ用の自動車多数を用意している。昨年から今年にかけての政府軍によるイラク北、中部の中小都市テクリート、ラマディ、ファルージャ解放作戦のときと同様、ISは徹底抗戦して、双方とも多数の死傷者を出すとともに、一般市民も多数の犠牲者が出る恐れが大きいが、結局、ISがほぼ全滅して、モスルは解放されるに違いない。その結果、ISは出生地イラクで拠点を失い、支配地域への包囲網が強まるシリアに、押し込められることになるだろう。
それとともに、イラク政府軍とイラクのクルド人民兵勢力ペシュメルガによるモスル解放は、クルド人と自治政府への国際的信頼を高め、トルコ、イラク、イラン、シリアなどに住んでいる総数3千万人以上と推定されているクルド人の国家独立への大きな一歩になるに違いない。クルド自治政府のジャラール・バルザーニ大統領は7月、イラク政府との交渉で再三延期してきた、イラク北西部クルド自治地域の独立を目指す住民投票を実施すると、期日を明示しないまま、改めて表明している。
IS支配下のモスルは、南部から政府軍、東部、山岳部の北部からペシュメルガに包囲され、西部の狭い回廊がIS支配下の補給路となっている。その回廊もペシュメルガが北部から圧迫している。ペシュメルガとISの支配地の接線は延長1,000キロにも達しており、小戦闘も繰り返されている。ペシュメルガのドゥールメリ司令官は先月後半、モスルから12キロの最前線でBBCオリア・ゲリン記者のインタビューに「奴らとの間はちょうど1キロだ。奴らは、これまでに3,40回攻撃をかけてきたが、そのたびに追い返した。われわれはモスルで奴らをやっつけるよ」と話したが、自信たっぷりだった。しかし、クルド人とともにペシュメルガで戦う英陸軍退役兵ダンカンはゲリン記者に「多くのペシュメルガ兵は、自分の武器、靴、征服をもって参加している。」「ペシュメルガはISから西側世界を防衛しているのに、西側は口先だけの支援をしているだけだ。」と語った。ペシュメルガには、西欧からの”助っ人“も少数いるようだ。
ペシュメルガの兵力は同司令官によると、2万3千人程度。3万人以上とする推定もある。クルド人民兵勢力はイラクに限らず、ISとの戦いで、米軍が最も信頼し、地上戦と連携する空爆を続けている。しかし、ペシュメルガの武装は貧弱で、小火器がほとんど。車両も少ない。米欧の軍事援助で、高度な装備を備える政府軍とは比較にならない。120ミリ砲や日本製小型トラックはじめ車両を大量に保有し、兵員、装備の輸送と自爆攻撃に駆使しているISにも大きく劣っている。しかしペシュメルガは、ISがモスル占領と同時に、イラク最大級の油田地帯であるモスル南方のキルクーク地域を占領しようと攻勢をかけたさい、頑強に戦い、ついに撃退、以後、強固な支配を確保している実績がある。
国連・世界銀行推計(2016年5月)で3、370万人のイラク総人口の16~7%と推定されるイラク・クルド人。サッダム・フセイン独裁政権下では、北西部のクルド人多数の地域で政権の過酷な支配がつづいたが、クルド人の抵抗に手を焼いた政権は1970年に実態を伴わないクルド人自治を表明。抵抗を続けるクルド人村で、毒ガス攻撃で多数の村民を虐殺する事件もあった。1991年の湾岸戦争でイラクが敗戦、北西部3州からも政府軍が撤退したため、事実上の自治が確立。翌92年には、長年政府支配に抵抗してきたクルド人の2大政党クルド民主党(クルド民主党)とPUK(クルド愛国同盟)がクルディスタン地域政権を樹立した。
2003年のイラク戦争で、フセイン政権が消滅、米軍などの占領支配の後、新生イラク政府が発足、2005年に新憲法が制定され、独立国家の政府と議会がスタートした。新憲法では北西3州(その後5州に)の自治と自治政府の発足が正式に認められ、連邦政府にも副大統領と閣僚にクルド人が配置されることになった。現政権も、副大統領と37人の閣僚中、副首相、主要閣僚を含む7人をクルド人が占めている。
クルド人国家への展望にかかわり、国際的にも重要な位置を占めるのが、石油問題。現在日量15万バレルを地中岸のジェイハンに至る国有のパイプラインで輸出していると伝えられるが、輸出力は55万バレルあるとされ、連邦政府の予算配分との交換となる交渉が、独立への住民投票実施と絡んで続いている。この問題は次回に譲ろう。

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