2016.10.15 中国現代史をみなおせといわれても
――八ヶ岳山麓から(201)――

阿部治平(もと高校教師)

さきに、オーストラリア在住の中国人研究者・馮崇義の論評「毛沢東思想の劇毒」を紹介した。彼はロシア革命と中国革命をぼろくそに批判したが、今回はネット上でたまたま見た、劉放の「現代中国の大問題は『分裂』だ」とする論文を紹介したい(2016・10・02)。著者はもちろん匿名で、おそらく中国在住であろう。

彼は中国には価値判断の「基準」とするものがないと主張する。
「もちろん一つの社会に異なった思想や観点があるのは正常な現象である。だが正常な国家では大多数の人は社会・歴史・政治について共通の価値観念を持っているはずだ」
彼はロシア人の多くが信じるものとして、ロシア正教と社会主義経験の否定とをあげる。これからすれば、彼のいう共通の価値観念とは、西側社会でいえば民主主義だの科学的なものの見方だのといったものらしい。
だが、中国の国是の哲学はマルクス・レーニン主義と毛沢東思想である。1949年の革命以来、学校教育の中に組込まれ、中国社会のものの見方、考え方の基礎になっているはずだ。ところが劉放は肝心の毛沢東思想への見方も含めて意見の分岐があるという。
その焦点としてかれは以下の9項目をあげる。

1、中国共産党は政権奪取以前、民主・自由をかちとるよう強く主張し、また憲政樹立を要求したのではないか。軍隊の国家化(現在人民解放軍は中国共産党の軍隊)を主張したのではないか。さらに(国民党の)一党独裁に強烈に反対したのではないか。もしもそうなら、なぜいまそれを(我々に)語らせないのか。

2、国民党の軍隊は抗日戦争の主力ではなかったのか。もし主力なら、なぜそれを認めないのか。「蒋介石は峨眉山上に隠れて抗日戦を戦わず、抗日戦争勝利後山から下りて成果を横取りした」のは事実か。
注)「蒋介石は峨眉山上に隠れて……」は毛沢東のことば。

3、土地改革や三反五反(1951~52年の汚職・腐敗・脱税・国有財産の横領などに反対する運動)のとき、地主を殺し、地主・資本家の財産を没収したのは正しかったか間違いか。
もしも正しかったなら、こんにち、当時よりもさらに多数のさらに富んだ資本家が存在し、彼らが共産党に入党できるのはなぜなのか。いまなぜ私有財産は合法的だとされ、土地・家屋を他人に貸すことができるのか。

4、(1957年の)反右派闘争は正しかったか。正しかったなら、(文化大革命後)なぜほとんどの右派が名誉を回復したのか。もし間違っていたなら、どうしてこれについての討論を許さないか。
注)右派とは、当時中共に異議申し立てをした知識人。反右派闘争の犠牲は50万人といわれる。

5、(1958~60年の大躍進)3年間の大飢饉の餓死者は結局何人だったか。原因は何だったか。もし本当に餓死者が数千万人なら、なぜこれを認めないのか。楊継縄の大飢饉研究の書も発禁か。もしもこれがでたらめなら、なぜ専門家に自由な研究討論をさせないのか。なぜこの3年間の気象資料や、ソ連に負債を返還したという資料などの真相を公表しないのか。
注)楊継縄はもと新華社記者。著書『墓標』(日本語訳『毛沢東 大躍進秘録』文藝春秋社)によって大躍進期の飢餓状態を明らかにした。公式には、大躍進による飢餓状態は3年続きの凶作とソ連からの援助返済のためと説明された。

6、彭徳懐冤罪事件の真相は何か。彭徳懐がもし冤罪をこうむったことが実証できるものだとしたら、責任者はいったいどんな罪に当るのか。
注)彭徳懐将軍は1959年の廬山会議で婉曲に大躍進政策を批判したため、毛沢東によって罷免され、文革期には激しい迫害のすえ死亡した。

7、(1950年6月~51年11月の)朝鮮戦争の真相は何か。この戦争は誰が発動したのか。どう評価すべきか。ベトナム戦争の真相は何か。これは誰が発動したのか。
注)日本の一部では、朝鮮戦争はアメリカの挑発が契機だといわれていたが、今日では北朝鮮金日成によって始まったとするのが通説である。ベトナム戦争とは1979年の中越戦争のことである。鄧小平のイニシャチブでベトナムを懲罰するとして行われた。

8、文革と毛沢東をどう評価するか。文革では結局何人死んだのか。もし文革が間違いならば、なぜ文革研究が禁止されているのか。文革の実行者の従犯とされた江青は死刑ののち減刑されたが、ではいったい何の罪にあたるのか。どのように判決すべきか。
注)中共「歴史決議」によって、文化大革命は毛沢東の過ちだが、毛沢東個人は過ちより功績のほうが大きかったとされている。「四人組」の裁判では、江青・張春橋ら10人が従犯ではなく、主犯として法廷に引き出された。

9、真に共産主義、マルクス・レーニン主義を信じるか。もしそうならその本質・核心は何か。中国がいま実行しているのはマルクス・レーニン主義か。

彼は「論争あるいは対立の焦点は、文化大革命について、毛沢東の評価について、社会制度(憲政)について、さらには自由とか民主主義という国際的な普遍的価値についての見方である」という。
歴史認識の分岐の原因は、(政府が)長期にわたって歴史事実・真相を覆い隠し、自由な討論をさせなかったところにある。事実が封鎖されたら容易に探しだすことができない。だから人は真相の一部を知って独自の判断をする。当然異なった情報を得、片寄った観点を持つ人々ができあがり、その間に対立が生れ、意見の分岐が形成されたという。
だから「もしも公正で共通のテーブルがあり、そこで何の制限も受けず、自由にいいたいことがいえるならば、中国でも(現代史についての)共通認識が生まれる可能性はある。今ならまだ多くの証人も証拠もあるのだから」とする。
また、ことは人々が想像するほど複雑ではない。結論をいえばこの9項目のうちいくつかが明らかになれば、歴史の真相に近いところまで迫ることができるという。

劉放のあげた最初の項目、「(中共は)政権奪取以前、民主・自由を要求した」とか「国民党一党独裁に反対した」といったことは、公開資料にも書いてある。だがこれには、ならば現実はどうかという反問が生まれる。
次の項目も、2005年もと中共総書記胡錦濤すら「抗日戦争の初めには国民党軍が正面の戦場を担った」と認めたことがある。我々からすれば初めから終わりまで国民政府軍が抗日の主力であったことは疑うべくもない。
最後のマルクス・レーニン主義を実行しているかという問いには、「中共が支配統治していることが即ちマルクス主義の実行だ」と答えるだろう。
とはいえ、これを公然と討論し異議を唱えることはできない。「悪の国民党を善の共産党が打倒した」という原則で書かれた「正史」を議論することは、中共の一党独裁を揺るがす結果を招く。

毛沢東は「私が死んだら官僚資本主義がよみがえるだろう」といったことがある。現代中国は彼の予言通りの社会である。この国で毛沢東の「貧しくても平等」とか「造反有理」とかいう革命思想をものの見方の物差しにしたら、現状を否定し再び革命をやるしかない。現状を肯定するならば、毛沢東思想はいかにも陳腐滑稽な存在である。
なんとなく日本国憲法九条と安保政策・自衛隊との関係を思わせるが、習近平の場合、安倍晋三よりもっと深刻である。安倍は憲法を無視できるが、習は毛沢東思想を否定できない。そんなことをすれば権力の淵源を絶つことになり、中共独裁はその正統性を失ってしまう。
この股裂き状態は、1949年の革命がプロレタリア革命とか「解放」などではなく、まさにブルジョア革命以前の農民戦争であったことを意味する。その本質は自由とか民主主義を求めたものではないからだ。
習近平には、アメリカに代って世界を支配できる、強兵富国の中国を実現する「中国の夢」がある。夢実現のためには、毛沢東思想を掲げつつ資本主義の道を歩み続けるほかない。そのかわり劉放のように、価値観の「分裂」などと異議を申し立てる人は絶えず生まれる。ときには無視できないくらい大勢になるかもしれない。それはもう仕方がない。(2016・10・10)

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