2016.10.17 クルド国家樹立への諸条件と石油

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

前回、イラク政府軍とクルド人民兵勢力ペシュメルガによるモスル解放作戦が「イスラム国(IS)」をイラクから追放し、クルド人国家への大きな一歩になるだろうと書いた。しかし、第1次世界大戦でも第2次大戦でも、戦勝国の戦後処理の協議ではクルド人国家を建設する方向が打ち出されたにもかかわらず、実現しなかった。第2次大戦後、ソ連の後押しでイラン北部に、クルド人政権が樹立されたが間もなくイランによって押しつぶされただけだった。
これも前回書いた通り、フセイン独裁政権下、イラク北西部のクルド人居住地での名目的な自治が与えられた。91年の湾岸戦争でのフセイン政権の崩壊後、2005年に制定された新憲法とその後の追加で北西4州の自治が認められ、大統領以下のクルド自治政府と地方議会が発足。さらに、2014年、重要な油田地帯キルクーク州を占領しようとしたISをペシュメルガが撃退、支配を固め、同州も加えて5州がエルビルを本拠地とするクルド自治政府の支配下に入った。
現在、その5州の面積は5万1,389平方キロで、イラク全土の12%程度。中東各国との対比では、レバノンの5倍、イスラエルの2.3倍で、北海道の6割強の広さ。クルド人が大半の人口は635万人ほどで、イラク総人口の17%程度。小さな国家並みの規模である。イラク政府とクルド自治政府は、国家予算の配分と自治政府支配下の原油の引き渡しをめぐり交渉を続けてきたが、人口はイラク総人口の17%という数字を共通認識にしている。
キルクークはイラク南部とともに、イラク有数の油田地帯。米国の有力石油専門誌の報道(8月29日)によると、イラク政府とクルド自治政府は、(1)自治州がイラク石油販売国家機構(SOMO)に対して、日量55万バレルの原油を引き渡し、国営のパイプラインを通じてトルコ地中海岸のジェイハン港に送油する(2)イラク政府は、国家予算の17%をクルド自治政府に引き渡すーことで合意した。すでにジェイハンへの送油は、以前から行われていたようだ。ただし、キルクーク油田での採掘、送油能力はもっと大きく、日量最大150万バレル以上という数字もある。
イラクは世界の原油輸出国で7位、中東ではサウジアラビア、アラブ首長国連邦に次いで3位。イラク政府と自治政府の交渉が、キルクーク油田からの送油のすべてを含めているのか、それとも、クルド自治政府がSOMO以外にもジェイハンに送油して、他の顧客に販売しているのかなど不明な点もある。また、自治政府とイランが日量25万バレルの新パイプラインの建設計画で協議を進めているとの報道も最近あった。いずれにせよ、クルド自治政府が支配しているキルクーク油田の原油輸出が、自治政府から独立国家樹立への経済的基盤になるに違いない。
一方、ISとの戦いで精一杯なイラク政府は、いまのところキルクーク州をクルド自治政府が支配し、原油の採掘、パイプラインを通じてジェイハンから輸出する能力を完全に握っていることを既成事実として受け入れて、自治政府との関係を維持している。モスル解放作戦では、政府軍はモスルの南側戦線を担い、東側、北側の戦線は、米国はじめ支援国空軍との協力が着実なペシュメルガが担うことになった。この良好な関係は、モスルの解放、イラク全土からのIS追放が成功したのち、クルド自治政府が独立へのクルド住民投票実施へと進んだ場合に、どうなるだろうか。
これまでは、イラク政府が予算配分などの交渉で譲歩してクルド住民投票を延期させてきたが、モスル解放への貢献しだいで、自治政府の立場はさらに強まり、米国はじめ国際的な支持を得やすくなる。もし政府側がキルクークの支配を武力で取り戻そうとすれば、どうなるか。クルド側はあくまで抵抗し、イラクは再び内戦状態に逆戻りする可能性もある。その場合、イラク政府と軍を支援してきた米国が、クルド側も支持してどこまで介入するか。米国の大統領選挙の結果も影響することは間違いない。

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