2016.10.20 モスル解放作戦始まる。2年前とは異なり、IS壊滅へ

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

偏狭なイスラム過激派「イスラム国」(IS)が支配するイラク第2の都市モスルに対する、イラク政府軍、クルド人民兵軍団ペシュメルガ、さらにはトルクメン人など少数部族の武装勢力が加わる解放作戦が17日から始まった。米空軍など支援国の空爆も行われている。モスルの南方から政府軍、東方、北方からペシュメルガ、少数部族勢力も北方の戦線に加わっている。また、シーア派の民兵勢力も、市内には入らない約束で南部戦線に加わっている。作戦開始時点で、米欧の軍事援助で高度に武装した政府軍とほとんど小火器だけのペシュメルガは合わせて3万人。一方、同市にいるISは5千人程度で推定され、武装は小火器と野砲のほか自爆攻撃用の爆薬満載の車両で武装し、市内に塹壕、地下道を張り巡らせ徹底抗戦の態勢だ。化学兵器(毒ガス)使用の可能性もあるという。
2014年6月にISが占領した時には、シーア派のマリキ首相が独裁的に運営するイラク政府(2006~14年)に強い反感を持つ住民多数派のスンニ派の指導者たちがISと交渉。政府軍は逃げ出すように戦わずして撤退、ISはほとんど無血で同市を占領してしまった。英語ができる住民たちは政府軍を「I・R・A・Q」と呼んで軽蔑したという。それは国名の「イラク」ではなく、「I Ran Away Quickly」(おれは急いで逃げた)という意味だった。
スンニ派国民が憎悪してきたマリキ首相が同年に退任、後任のアバディ首相がマリキのシーア派偏重行政を修正。(国民の宗派比率はシーア派が約60%、アラブ人スンニ派が約20%、ほとんどスンニ派のクルド人が15-20%、他に少数のキリスト教徒はじめヤジディ教徒など)。
モスルを占領したISは、外出する女性には頭からすっぽり身を隠すイスラム衣装を強制、すべての学校でカリキュラムを古臭いイスラム教育へ全面変更、たばこ、飲酒の禁止などを強制、違反者にはむち打ちから斬首までの処罰をしたため、300万人近くいた市民の3分の一ないし半数が、ISや業者に金を支払ってまでして脱出した。この結果、脱出しなかった、あるいはしたくてもできなかった市民は、なお150万人以上と推定されている。その大部分はISの恐怖に怯えつつ、強い反感を内に秘めて生活している。
一方、それ以後の2年間、イラク政府と軍は、ISと戦わなかったモスル駐留の軍の責任を追及。再建に努力してきた。米国も軍の立て直しに協力、新たに戦車はじめ戦闘用車両、ミサイルはじめ火砲の供与と訓練を進めた。さらに、クルド人のペシュメルガも強化され、政府軍と協力作戦することになった。ペシュメルガは18日、作戦開始初日の17日の24時間に、ISが支配していた9つの村、200平方キロの土地を解放したと発表した。
こうして、市民のISに対する感情は、当初の期待から恐怖と憎しみに変化。政府軍は戦力も大きく強化され、ISが占領していたキルクーク、ラマディ、ファルージュなどの中都市を相次いで奪還して自信を強めている。
政府軍、ペシュメルガ、少数部族勢力がISに勝利し、モスルを解放することは確実だと予想できる。しかし、ISの徹底抗戦によって、残留市民たちにどれほどの犠牲がでるか、想定できない。イラクで難民支援活動を続けている国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、モスル解放作戦開始後、新たに市民が脱出をはじめ、初日だけで900人を超えたという。ISはモスル防衛の「人間の盾」とするため、市民の脱出を厳しく制限してきたが、解放作戦開始後、戦闘態勢構築に専念し、市民の監視が緩んだので脱出できた、と脱出市民たちは語っているという。UNHCRはモスル解放作戦で、新たに20万人が難民になる可能性があるとして、受け入れ態勢作りに苦闘している。
ワシントンの米国防総省当局者は17日、「ISに勝利することはできるが、相当な時間がかかり、多数の犠牲者が出ることも覚悟しなければならないだろう」と改めて警告した。

Comment
管理人にだけ表示を許可する
 
TrackBack