2016.10.22 都民1人当たり25万円の負担で東京五輪を開催しますか?

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

摩訶不思議な無責任体制
 東京五輪の競技施設建設が揉めている。政治家や競技連盟幹部などが取り仕切っている東京五輪組織委員会は、十二分にお金をかけて、後世に残るような施設の建設を目指しているようだ。政治家が音頭を取っているから、てっきり政府がそれなりの経費を負担するのかと思っていたら、「東京五輪」だから東京都が必要なお金を工面し、政府は側面から援助するだけだという。
 政府には五輪担当相がいて、安倍首相自らが「マリオ」でリオ五輪閉会式に登場し、森喜朗氏が組織委員会委員長になっているから、当然、政府が分相応の経費負担と責任をもっているのだと思っていたが、政府は「口を出すだけで、金は出さない」という。そんな馬鹿な。最終的に経費を負担する東京都民に十分な説明を尽くさずに、金に糸目を付けず、組織委員会が都の一部の高級官僚と業者の言いなりになって、巨大施設の建設を推進する構図は極めて異常だ。これでは、主役であるはずの東京都民は「お金を出すだけで、口は出せません」ということになる。
誰がこういう構図を許したのだろうか。無責任極まりない体制を許してきた歴代の東京都知事に最大の責任があることは言うまでもない。あたかも高級料亭の請求書を会社の経理に回すかのように、東京都の管理が及ばない組織委員会が途方もない費用がかかる施設を次から次と決め、東京都民に請求書を回すことなど許されるはずがない。
東京都、組織委員会、政府、競技団体の責任の明確化、予算作成やその執行管理などの責任・監督のシステムが、明瞭な形で担保されていない。作成されたはずの予算はたんなる口約束にすぎないかのように、簡単に金額が書き換えられ、経費がそのまま予算となって、いつの間にか、巨額な費用に膨れ上がっている。
こんなことはふつうの会社では考えられない。いったい経費の精査や管理は誰が行っているのだろうか。こんな調子で公的資金を出していけば、東京都であれ政府であれ、債務が膨れ上がるのは当然だ。こんなやり方がまかり通っているからこそ、日本政府の公的累積債務がGDPの2.4倍もの途方もない金額になっている。にもかかわらず、政治家には財政にたいする危機感が完全に欠如している。
途方もない国家債務を抱えている一国の宰相が、わずか8分間の演出に12億円も無駄遣いするなど信じられない。こういう無駄を平気で行い、自画自賛しているような馬鹿な政治家を抱えている日本に、明るい未来などあるはずがない。国家破産(借金棒引きと社会保障の大幅削減)が待っているだけだ。

税金を貪る政治家(タックス・イーター)
 安倍マリオ演出に要した12億円は、大方、官邸機密費から出されたのだろう。そして、このほとんどのお金はこの演出を組織した広告会社に流れていると推測される。だいたい、日本の首相の顔や名前など、世界のほとんどの人は知らないし関心がない。アメリカのオバマ大統領やドイツのメルケル首相ならまだしも、フランスの首相や大統領、イギリスやカナダの首相の名前を挙げられる人は僅かだろう。その他の国の首脳など、顔を見ても、誰だか分からないだろう。政治家の認知度とはその程度のものなのだ。安倍マリオに沸き、錦織圭の銅メダルを騒いでいるのは日本だけだ。
要するに、「安倍マリオ」は日本向けのパフォーマンスだったのだ。リオ五輪を利用して、12億円ものお金を使って、政権と自らの人気取りを画策しただけのことだ。どうして、こんなことが日本で許されているのか、不思議でならない。野党はどうして、こんな無駄遣いを批判しないのか。莫大な公金を使った、身勝手なパフォーマンスを批判せず、逆に楽しんでいる国民はどうかしている。
 政府がお金を出さないなら、五輪開催にかかる費用はすべて東京都民の負担になる。組織委員会はスポンサーの協賛費を集めていると豪語しているが、5000億円止まりである。残りは東京都の負担だ。森喜朗氏は、五輪組織委員会は都の下部組織ではないというが、経費の8割以上を負担する東京都が管理しなければ、誰が管理するのか。政治家は3兆円の大きさがまったく分かっていない。1000万都民1人当たりで計算すると30万円である。4人家族で120万円である。協賛費を除いても、1人当たり25万円だ。都民にそれだけの経費を負担する東京五輪開催の是非を問えば、「ノ-」という回答が出ることは間違いない。誰もそんなにかかるとは思ってもいないから、表だって反対していないだけのことだ。しかし、1人当たりの負担を明確にして、賛否を問えば、東京五輪は不要という結論になるはずだ。
 ところが、そもそも、会社経営をしたことがない官僚と政治家、一部のスポーツ関係者が五輪の組織委員会を作っているから、金銭感覚が失われているだけでなく、予算の作成・管理、支出の精査・監査等という感覚がない。だから、経費は青天井になる。こういう委員会から節約的で合理的な五輪を期待できない。

簡単に修正される建設経費
 政治家も競技連盟幹部も、「レガシー」を合言葉に、箱物建設にお金をかける道を推進している。あの手この手を使って、自分たちが決めた建設を進めようと躍起になっている。身の丈に合わない箱物を建設し、選手育成や競技普及にお金をかけないやり方は、五輪後の「負のレガシー」を積み上げるだけになるだろう。本当のレガシーとは、競技者の育成や補助、競技の普及にお金をかけることだ。それこそが、残すべきレガシーだ。
 ところが、組織委員会を構成している人々の頭は、箱物建設で一杯になっている。辰巳国際水泳競技場に2万人の座席を作るためには、運河に張り出さなければならず、建設費が高騰するから、ここは使えないという。最初から発想が間違っている。5000や8000の座席で何が問題なのか。無駄な建設費を使う余裕があるなら、選手の合宿費や派遣費用、トレーニング費用に向けるのが連盟幹部の役割だろう。連盟幹部の基本姿勢が間違っている。政治家や建設業者と同じ感覚で物を言っている。
 ボート・カヌー会場である「海の森水上競技場」にいたっては、都の幹部が虚偽の低い経費見積をIOCに伝えていたことが明らかになった。本体工事費251億円を98億円と伝えて承認を取ったようだ。批判が強まると、途端に、「500億円近い建設費は190億円圧縮できる」という始末だ。国際連盟に手をまわして、「海の森」ができないなら韓国開催もありうるなど、いろいろなアドバルーンをあげて、必死に「海の森」実現に躍起になっている。あたかも鉛筆なめながら、前の数字を消して、新しい数字を書き込むような官僚の態度は、信用できない。
ここにも、都の官僚組織の深刻な問題を垣間見ることができる。まさに築地の豊洲移転問題と同じ構図だ。都の官僚はいったいどこを向いて仕事をしているのだろうか。とても都民の負担のことを考えて仕事をしているとは思われない。組織委員会と競技連盟の意向を優先し、建設業者に仕事を回すことに腐心しているのではないか。都の高級官僚、政治家、建設業者との癒着や談合があるとみなされても仕方がない。
 都民は五輪の経費負担を自覚し、もっと声を上げるべきだ。

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