2016.11.07  クルディスタン独立への焦点―キルクーク

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

イラク政府軍とクルド人民兵軍団ペシュメルガによる、イラク第2の都市モスルの「イスラム国(IS)」支配からの解放作戦が、クルド人国家独立への「大きな一歩になる」と数回にわたって書いてきた。それを読んで寄せてくださった友人たちのご意見、感想は、おおむねクルド人への共感の一方で、今回も実現できないだろうとみている。確かに、第1次大戦以後、数回あった限られた地域でのクルド国家樹立への試みが、短期間のうちにイランやトルコの支配者たちによって圧し潰され、さらには米国によって利用されたうえ、捨てられたのが歴史的現実だ。だからこそ、クルド人の指導者たちは、今回こそ、クルド国家独立への好機だと考えているに違いない。
改めて、クルド人の実情を確認しておこう。各国で正確な民族別人口調査が行われているわけではないが、クルド人の総数は、3千万人プラス・マイナス5百万人がラフな推定の範囲内。クルディスタンと呼ばれる、数か国が国境を接する中東の北部山地が主な居住地。国別人口ではトルコ約1,140万人、イラン約480~660万人、イラク約400万~600万人、シリア約90万人、アゼルバイジャン約15万人という数字をウイキペディア日本語版は採用している。この地域の合計推定人口は2,150万~2,430万人となる。欧州には、ドイツ約50~80万人、フランス約12万人、スウェーデン10万人など。このように分散しているが、自らの国家のない世界最大の民族と認められている理由は、自分や家族の多くの出生地、歴史的集居地がクルディスタンで、クルド語を話し、自らクルド人だと信じている人々だからだ。
クルド語はインド・イラン語族の一派。方言が多様で、クルディスタンの山地では「谷が違えば話が通じない」などと説明した国内出版の解説書もある。9月7日の本欄で紹介したイラク国籍クルド人の助手ノザドに訊くと、彼は笑いながら「そんなことはない。方言の違いは確かにあるが、クルド人同士なら話は通じるよ」と断じた。
クルド自治政府の公用語は、イラク政府の公用語と同じくアラビア語とクルド語である。
▼実績を重ねたクルド自治政府(公式にはクルディスタン地域政府)
クルド独立国家の実現は、1992年にイラクで公式にスタートしたクルド自治政府の行政下にある地域での、主権国家として独立するかどうかの是非を問う、住民投票から始まる。これまで、この投票の問題は何回も、自治政府への予算配分、石油輸出収入の分配についてのイラク政府と自治政府の交渉の取引材料となり、そのつど棚上げされてきた。
しかし今回は、国際的、国内的状況が違う。イラクでは、20003年のフセイン独裁政権崩壊後、激しい反米闘争、宗派対立、イスラム過激派との戦いが続き、困難を極めた。しかし、クルド自治地域だけは治安が比較的安定し、国際的石油会社はじめ外国企業が自治政府、議会が置かれているアルビルに進出、アルビルはバグダッドよりも、繁栄してきた。今回のモスル解放作戦では、政府軍がモスル市の南側から、クルド人民兵軍団ペシュメルガが東、北側から包囲網を担い、重要な役割を果たしている。IS攻撃の空爆支援を行っている米空軍は、地上のペシュメルガとの協調に高い信頼を置いている。
残留市民150万人前後が人質状態になっているモスルの解放作戦は、困難で、時間がかかるが、数か月のうちに、5千人程度とみられるISを壊滅し、政府軍とクルド側が勝利するに違いない。その勝利の喜びの高まりのなかでクルド自治政府は、独立の是非を問うクルド人住民の投票を実施する可能性が十分ある。イラク政府が反対しても、住民投票は実施できる。
イラク政府・議会内には国土、国民、資源の分割に、あくまで反対する勢力が多い。現イラク政府自体、大統領と3閣僚をクルド人が担い、国名にはないが、連邦制として運営されてきた。バグダッドの有力者の間では、連邦制をより実質的、明確にして、クルド独立を実行させないなどの解決策が一部で論議されているという。
一方、独立の可否を問う投票が行われれば、圧倒的多数の賛成で成立するだろう。14年間、自治政府の経験を重ね、領土も国民としての一体性も、国際的支持もある。最大の問題は、国家の重要な収入源の一つである巨大油田を含む、キルクーク州の帰属だ。キルクーク州は、2014年6月にISがモスルを含むイラク北部を占領した際、ISの何倍もの兵力だった、近代兵器で武装した政府軍がほとんど抵抗することなく、惨めに敗退した地域の南西端に位置する。しかし、間もなくクルド民兵軍団ペシュメルガが自治地域から駆けつけ、激しく反撃を開始、ISを追い払った。
以来、ペシュメルガはISを寄せ付けずキルクーク油田を防衛し続けてきた。キルクーク州はイラク憲法で政府が公認しているクルド自治地域の領域外にあるが、以後自治政府の統治下にあり続け、キルクーク油田の生産、トルコ南部のジェイハンへの送油がほぼ続いている。そのパイプラインはイラク国有であり、原油生産、送油は政府からのクルド自治政府予算への配分(クルド側は国家予算の17%要求)との交換という形で、政府と自治政府の交渉によってほぼ継続されてきた。
住民投票によって独立宣言の可否が決まるクルド国家は、イラク憲法によって公式に自治が認められてきた5州とともに、実効支配しているキルクーク州を主権が及ぶ領土に含めようとするに違いない。イラク政府がそれに強く反対することも間違いないが、軍事力を行使して奪い返すことまではできないのではないか。多大な人命を犠牲にして、やっとISを駆逐したばかり。しかも14年にわたってともに政府、議会を維持してきたクルド人と戦争することは、できまい。クルド独立国家がその領土にキルクーク州を含め、イラク政府はそれを公式には認めないまま、原油の生産、送油を現状通り続け、イラク政府にもクルド政府にも安定した収入を保証する、実利的な協定を締結する以外に解決策はないだろう。その知恵は、長い戦乱に苦しんできた双方にあるはずだ。
イラクからのクルド国家の独立は、イラン、トルコ、シリアでのクルド人たちにも大きな影響を及ぼし、民族主義をさらに刺激するに違いない。それについては次回に書こう。
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