2016.11.16  南シナ海国際仲裁裁定のもたらしたもの
          ――八ヶ岳山麓から(204)――

阿部治平 (もと高校教師)

仲裁裁定のさわり
2016年7月、フィリピンが訴えた南シナ海紛争にかかわる仲裁裁判所の裁定が出た。スプラトリー(南沙)諸島には『島』は存在せず、あるのは『岩』と『低潮高地』だけである。中国が『歴史的権利』としてきた『九段線』は根拠がない。中国の人工島建設は、環境破壊のうえに仲裁手続き中の対立悪化を避ける義務違反というもので、中国の全面的敗北であった。
海洋法でいう「島」とは、満潮時にも水面に頭を出し、「人間の居住又は独自の経済生活の維持」ができる場所で、排他的経済水域(EEZ)や大陸棚を主張することができる。満潮時に顔を出しても「島」の条件を満たさなければ「岩」であり、それは領海12海里を主張できるだけで、EEZも大陸棚も主張できない。満潮時に水面下に沈むのは「低潮高地」で、ここに構築した人工島は領海を主張できない、海洋法上は無権利である。

裁定など紙くず同然
裁定に対する中国首脳の反応は「南シナ海における領土主権と海洋権益はいかなる状況下でも裁定の影響を受けない」「政治的茶番だ」「紙くずだ」というものであった(だが、裁定に反応して中国は領有権の主張を南シナ海全域から個別の「島」「岩」に変えたように見える)。
安倍内閣は、目上の同盟者アメリカとともに東南アジア諸国(ASEAN)を糾合して中国包囲網をつくろうとしていたから、ねらいが当たって大喜び。日本では全国メディアから地方紙まで中国に裁定受け入れを要求した。安倍派の論客宮家邦彦氏などは、「最近の中国の外交はなぜことごとく裏目に出たか」などと書いて安倍外交の勝利を誇った。

一筋縄ではいかない
ところが事態は反対方向に進んでいる。
フィリピンのドゥテルテ大統領は訪日に先立って中国を訪問したが、当事国でありながら仲裁裁判所の裁定には触れず、総額240億ドル(2兆5000億円)という巨額の経済協力を取り付けた。その後、日本からも海上自衛隊の練習機5機の有償貸与のほか、政府開発援助(ODA)として約213億円の円借款供与などを引出した。
ミャンマーの最高指導者アウンサン・スーチー女史も中国を訪問して両国関係の緊張を避ける工作を行って経済支援を取り付け、日本には今後5年間で官民合わせて8000億円規模の支援を約束させた。
マレーシアのナジブ首相も、訪日に先立ち中国を訪問した。マレーシアは南シナ海のスプラトリー諸島の領有権を主張しているが、今回の訪中では対話による解決の重要性を強調する声明を発表し、貿易促進や鉄道などインフラ整備で協力することで合意した。日本からはどんな援助を引き出すだろうか。
中国は日本とはけた違いの巨額援助によって、南シナ海問題を2国間協議に持ち込み、裁定の「紙くず化」に成功しつつある。ラオスとカンボジアは以前から中国寄りだが、南シナ海で中国と戦争までやったベトナムまでが、日本からのODAを引出す一方で、対中姿勢をやわらげている。
こう次から次へと日中両国からあつい援助を引き出すのをみると、ASEAN諸国は対中包囲網もヘチマもない、どれもこれもしたたかに日中・中米の対立を自国の利益のために利用しているのである。安倍・岸田外交は仲裁裁定以来3ヶ月にしてボロボロになった。「最近の日本の外交はなぜことごとく裏目に出たか」よく考えたらどうか。

沖ノ鳥島はどうなる?
裁定は「島」の定義をいままでより踏み込んで、「外部からの補給」に頼る部分は「持続可能な生活とは認めない」とした。満潮時に頭を出していても外部からの補給なしに生活できなければ、「島」の条件に適合しないのだ。そうすると台湾が占拠して200人くらいが常住する、南シナ海最大の太平島は島ではない。沖ノ鳥島や南鳥島はいうまでもなく、尖閣諸島すら同じことだ。
裁定が出る前の2015年、沖ノ鳥島をめぐって日中外相間に議論があった。2015年8月のASEAN地域フォーラム閣僚会議で、岸田外相はスプラトリー諸島での「岩礁埋め立ては、合法的権利がない」と中国を批判した。王毅外相は待ってましたとばかり、「じゃ日本が沖ノ鳥島に港湾施設をつくろうとしているのはどうなんだ」とやり返した。
「日本は100億円(事実は750億円の予算)を費やして沖ノ鳥島を人工島にして、200カイリの排他的経済水域(EEZ )設定や大陸棚を要求したが、国連の多くのメンバーは日本の主張を受け入れていないじゃないか」
岸田外相は「沖ノ鳥島は『島』だ」といいかえしたが、すでに国連大陸棚限界委員会の回答があったから、実は苦しかった。
日本は各国の南シナ海開発に先立ち、1988年から沖ノ鳥島の岩礁に護岸工事や防護ネットをかぶせる工事をやってきた。船着場工事で事故を起し5人が亡くなった。しかも2008年に大陸棚限界委員会に対して、沖ノ鳥島の南に位置する九州パラオ海嶺の排他的経済水域(EEZ)と大陸棚延伸を申請した。ところが同委員会は申請を認めず、「九州パラオ海嶺南部地域」について、中国・韓国の指摘した(沖ノ鳥島は「岩」か「島」かという)疑問が解決されるときまで「勧告を出す状況にはない」としたのである。
だから、沖ノ鳥島が「島」と認められるためには、港にどんなにカネをかけても無駄な話で、まずは中国と韓国の同意を得なければならない。いうまでもなくこれは絶望的だ。拙劣な外交が国益を損なった一例である。

外相の頭の程度
横浜市立大名誉教授矢吹晋先生は、沖ノ鳥島問題について香港フェニックステレビの李記者と岸田外相の問答をとりあげ、安倍外交とりわけ岸田外相の無能無恥を口を極めて非難した(以下矢吹氏のブログDirectorsWatchingによる)。
李記者は、南シナ海の仲裁判断に関して「島の解釈を含めて,日本側は法的拘束力があると考えるか」「(日本の主張は)沖ノ鳥島には仲裁判断は当てはまらないということか」と問うた。沖ノ鳥島のEEZと大陸棚設定の申請が断られたことを知った上での質問である。答はこうだ。
「今次,仲裁判断に拘束されるのは,当事国であるフィリピン及び中国のみであると考える。我が国としては『沖ノ鳥島は国連海洋法条約上の条件を満たす島である』と考えている」。
矢吹先生でなくても、あきれた答だと思う。裁定が当事国の中国・フィリピンを拘束するのはもちろん、判例としての普遍性を持つことは高校生でも「政経」の時間に学んでいる。列席の外国人記者たちは「理不尽なことをいうのは中国だけではない。日本も同類だ」と思っただろう。
2014年に中国が強引に割り込む以前から、フィリピンもベトナムもインドネシアもマレーシアも、南シナ海で何らかの「構築物」を「岩」の上につくってきた。裁定の効力は、これら南シナ海の軍施設や滑走路や船着場やレジャー施設に及ぶものである。いうまでもなく、沖ノ鳥島は「外部からの恒常的補給」なしにはとうてい生活できない島だから、裁定ではただの「岩」である。
東海大学山田正彦教授は中国批判の先鋒隊長だが、さすがにこの7月裁定が出ると「日本は南シナ海管理の役割担え。沖ノ鳥島は(裁定の)準用に対抗できる理論武装が必要だ」「日本も離島政策を見直さなければならない」と反応した(産経2016・07・18)。
日本が南シナ海の管理をやれというのは奇抜だが、沖ノ鳥島については、山田先生は海洋学の専門家なのだから、裁定の効力に対抗する理論武装と離党政策に見直しをご自分でおやりになったらどうか。
台湾の国民党馬英九政権は、沖ノ島近海で海上保安庁が台湾漁船を拿捕したことに反発し、日本のEEZを認めないとして巡視船を派遣した。ことと次第では国際仲裁裁判をやるというかまえだったが、政権が民進党蔡英文氏に代ってしばらくしてから巡視船を引き上げた。日本からの働きかけがあってのことだろう。
日本最東南端の南鳥島も、沖ノ鳥島と同じように裁定の効力が及ぶ。このサンゴ礁は一辺2km未満の三角形の環礁で、その一辺に滑走路をつくり、それを管理する自衛隊員や、関係官庁の職員が交替で駐在している。ここも「外部からの恒常的補給」のために港湾施設をつくろうとして、この10月事故があって船長が一人亡くなったばかりだ。

攻勢にどう対処するか
これから日本がEEZとする沖ノ鳥島や南鳥島の海で、中国や韓国の漁船が遠路はるばるやってきて操業しだしたらどうするのか。なにがなんでも「島だ」といって仲裁裁判所の裁定を蹴飛ばし、台湾漁船にやったように片っぱしから拿捕するのか。それとも指をくわえてみているのか。これこそ安倍・岸田外交の見せどころである。(2016・11・8)

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