2016.11.17  クルド国家独立の重要な“関係者―トルコ

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

クルド国家独立への、もう一つの重要関係国はトルコだ。第1に、前回も紹介した、国連はじめ様々な推定があるが、クルド総人口の3分の1以上、トルコ人口の14%~15%、1,200万人程度がクルド人で、クルディスタンで国境を接する国々で最大。
第2に、モスルもキルクークもアルビルを中心とする現クルド自治区も、すべてオスマン帝国の領土だったことだ。第1次世界大戦で敗れたオスマン帝国の領土分割を確定したローザンヌ条約(1923年)で英国の委任統治領になり、32年に独立してイラク領となった。しかしその後も、トルコは、約300キロの国境を接し、クルド人と少数のトルコ系トルクメン人が住むイラク北部に深い関心を持ち続け、住民の行き来が絶えることはなかった。
イラクのサダム・フセイン独裁政権時代には、クルド人の反フセイン武装勢力の根拠地が北部山地に作られた。フセイン政権打倒後もイラク政府の承認のもとにトルクメン人など部族民の軍事訓練をトルコ軍が支援してきた。少数だがこの部族民部隊も、今回の政府軍、クルド人民兵軍団ペシュメルガのモスル解放作戦に加わっている。また、クルド人の民族的権利の確立を目指すトルコの反政府武装勢力クルド労働者党(PKK)は、イラク領内の山岳地帯に根拠地を築き、現在に至っている。
モスル解放作戦とトルコの関係の歴史的背景について、国際的信頼度も高いトルコの有力紙ヒュリエトは、10月22日のコラムで「モスルで、トルコは何を求めているか」(東京外国語大学「日本語で読む中東メディア」から抜粋転載、一部手直し)と次のように論じたー
“トルコにはモスルに関して、国際法に基づき、認められている権利がある。これまで使ってこなかったこの権利を使うべき時が来た。しかしここで言っているのは軍事力を行使することでも、土地の奪い合いをすることでもない。
まず簡単にこれまでの経緯を説明しよう。モスル問題がローザンヌで解決できず、当時の国連である国際連盟が報告書を発表した。報告書はモスルをイラクに含めるとした。しかし、ここに住む人たちの文化的権利・私的所有権を守るという条件で、だ。そしてトルコとイギリスの間で「係争地帯」と宣言されて、だ。
これは「モスル地域は地理的、人口的観点からトルコの方が近い」ということを根拠にしたものだった。事実、北イラクのモスルの住民は主にアラブ人ではなく、クルド人とトルクメン人から成っていた。
イラクは1932年に独立を宣言した際、この条件に従うことを表明した。独立文書の9条と11条では、トルクメン人とクルド人に母語教育を受ける権利を与えることを保証している。また、彼らが多数を占める地域では、トルコ語またはクルド語が分かる役人をおくことも。さらに、これらの地域の統治者たちをトルクメン人またはクルド人にすることも、だ。
このとおり、トルコとイギリスはこの「係争地域」の関係者として、ある程度の権利がある。つまりトルコはこの件に関して発言権を行使する方法がいくつもあるのだ。
まず1つは、テーブルにつくことだ。モスル作戦は、数週間、あるいは数か月間続くだろう。メディアの報道によると、モスルは8つの異なる地域に分けられる。では、この地域や統治方法はだれが決めるのだろうか。
トルコも国連の資料に基づく権利に基づいて、決定を下す交渉の席につく必要がある。“
“トルコ政府の2枚目のカードは、モスルに住むトルクメン人やクルド人の文化的権利の問題だ。国際法によると、この権利を保護する責任があるのはイラクだ。しかしトルコは、もしこの権利が反故にされるとする決定に至れば、このことを国連で議論に持ち込むこともできる。
モスルに関してトルコに発言権をもたらしうる3つ目の問題は私的所有権だ。特にサダム時代モスルに住んでいたトルクメン人とクルド人の財産が差し押さえられたのは明らかだ。トルコ政府はこれが返還されるよう再び国連に申請することができる。
国際法に基づくトルコのもう一つの権利は国民投票だ。“
“つまり、モスルの人々に「イラクに属したいですか、トルコに属したいですか、もしくは独立したいですか」と問うことができる。”
 “トルコが使える最後のカードの話に移ろう。それは「モスル州システム」を再現する構想だ。オスマン時代に適用された統治システムだ。政治経済学者タルク・チェレンキ氏が主張するこのシステムによると、モスルはそこに住むすべての民族と宗派を代表するいくつかの地域に分けられる。それぞれの地域内で生活や統治の形を決めることができる。”
 
イラクで第2の都市モスルは、地理的にも歴史的にも文化的にもクルディスタンの一部であり、トルコの主張を全く無視できない。トルコがクルド自治区政府やトルクメン人に様々な手を差し伸べているのも事実。それだけにイラク政府は、トルクメニスタン人武装勢力の訓練支援をトルコに認めた一方で、同武装勢力のモスル解放作戦への参加に強く反対したが、実際には、同武装勢力はペシュメルガとともに作戦に参加した。
このヒュリエトの記事は、モスル解放に焦点を当てたもので、クルド独立国家の問題とは同じではないが、どちらもイラク・クルディスタンでの問題であり、地理的にごく近い。
トルコのエルドアン政権は、自作自演の今年7月のクーデター未遂以後、非常事態宣言・緊急立法の下、まず政敵ギュレン氏の支持勢力の公務員10万人以上を解雇し、多数の新聞の発行を禁止するなど、大弾圧を強行。ごく最近には、テロリスト(PKKを指す)と関係があるとして、クルド人とリベラルな知識人に支持者が多い国会第3党の人民民主主義党(HDP)の議員12人を拘束、クルド人敵視のメディア介入・弾圧をさらに拡大し、世界の人権団体から厳しく非難されている。そのエルドアン政権下のトルコが、イラクでのクルド独立が現実的になった際に、どのような対応が予想されるか、次回に検討しよう。

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