2016.11.26  トルコの独裁政権がクルド独立支持の可能性

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 イスラム国(IS)が支配するイラク第2の都市モスルの解放作戦は、ISが頑強な抵抗を続けるのに対し、政府軍とクルド民兵軍団ペシュメルガに、シーア派の民兵勢力とトルコ軍が訓練した少数部族トルクメン人民兵が協調・分担して包囲網の一端を担い、米空軍の空爆も効果を上げている。包囲網の東部、北部を担うペシュメルガは周辺の村と市内の一部を解放、目覚ましい印象を国際的にも広げている。
 モスルをIS支配から解放後、同市の再建と100万人にも達する同市から脱出して難民となった市民たちの復帰は、イラク政府と国民にとって重大な課題になることは確実だ。その一方で、モスルにほぼ隣接するクルド人自治区の政府と住民にとっては、かってない独立へのチャンスになる。大統領と閣僚3人をクルド人が占めるイラク政府が、どのような対応をするかは、安易な予測はできないが、国際社会なかでもトルコとイラン、アラブ諸国、さらに最近の湾岸戦争、イラク戦争そして現在の対IS戦争に深くかかわってきた米国の支持が必要だ。

 トルコが、クルド独立問題に深い関心を持つ重要な関係者だと、前回書いたが、そのトルコ政府のエルドアン政権は、国内人口の17%程度を占めるクルド人に対して、きわめて過酷な、民主主義を踏みにじる弾圧を行っている。
 第2次大戦後、トルコは、まずNATOに加盟。そしてEUに加わるために、加盟の必要条件である民主主義のEU基準に合格しようと、努力してきた。
 しかし最近、とくに7月15日のクーデター未遂事件(わたしはエルドアン政権の自作自演だと断定する)以後、非常事態宣言下に発令した非常事態法に基づき、政権はすさまじい弾圧を①与党公正発展党内の最大の政敵ギュレン(米国に亡命中)の支持勢力②クルド人勢力と一部リベラル勢力に対して強行してきた。主なことを上げるとー
 1. 軍内部とは別に、10万人の民間人公務員を官庁、司法、教育など各界から解雇し、3万7千 人を逮捕、拘留した。
 2. クルド人と一部リベラル知識人が支持する国会第3党の国民民主主義党(HDP)への攻撃。
 3. 非合法化されているクルド人の武装反政府勢力―クルド労働者党(PKK)とのつながりを口 実に、貧困と差別に苦しむクルド人のデモなどの行動を過酷に弾圧。クルド系地方首長や幹部の 解任などなど。
 4. ギュレン派とみなされ、あるいは政権側の意向に従わず、自由な報道をする新聞社と放送局 約170社を閉鎖。幹部や記者を喚問、逮捕。国内でも国際的にも最も信頼されてきた新聞ヒュリエトの編集幹部と記者も、喚問、逮捕された。
 5. 国公立、私立の大学学長の教員による選挙制度を廃止、政府の高等教育機構による推薦制 に変更され、多数の大学教員が解雇された。
 NATO(北大西洋条約)加盟国であるトルコのEU加盟交渉は、現在も細々ながら継続し、エルドアン大統領は、トルコが民主主義国であることを再三主張してきた。しかし、クーデター未遂事件とその後の事態で、EU加盟交渉は事実上無意味になった。この問題では報道に慎重だった英BBCも11月5日、トルコ特派員のマーク・ローエン記者名で「トルコはまだ民主主義なのか」と題して詳しく厳しい報道をした。同記者は、まず著名な国際人権NGO「世界公正プロジェクト(WJP)」の国際人権指標で、トルコが世界113主要国のうち99位になったことを指摘。国会第3党HDPのオズソイ副党首の「民主主義の終わりだ。われわれには、豊かな民主主義はなかった。しかし今や、ごく限られた民主的空間でさえ消しとられた」との発言を載せ、7月15日以来の弾圧の実態を列挙している。
 EU加盟交渉に関連して、死刑復活も迫っている。本欄でも書いたが、エルドアン大統領は、クーデター未遂事件直後の大集会で、死刑復活の意図を明言した。EU加盟条件を満たすため、トルコ政府は死刑制度を廃止している。大統領は死刑制度復活後、現在投獄されているオジャランPKK党首と在米中の政敵ギュレン氏の死刑を執行する意図を隠そうともしない。死刑執行が実行されれば、EU加盟交渉は終わる。

 では、クーデター未遂事件後に示された、エルドアン政権の体質と政策は、クルド独立国家樹立が、モスル解放後に現実的な国際的政治課題として登場してきたときに、どのような対応となって表れてくるだろうか。いうまでもないことだが、現トルコ領土内でクルド自治区が生まれることも、新クルド独立国家の一部が及ぶのを受け入れることも絶対にないだろう。現在イラク領土内のクルド自治区が独立国家として昇格するとしても、それがトルコのクルド人の民族主義を刺激し、独立国家樹立を目標に掲げるPKKを励ますことが絶対にないように、弾圧を強化することは間違いない。また、現在ペシュメルガとシリアのクルド民兵勢力が支配している、トルコとの国境沿いのイラク、シリア領内の幅100キロ程度の細長い地域が、新クルド国家につながることも受け入れないだろう。
 しかし同時に、前回紹介した通り、エルドアン政権も現イラク領のモスルやクルド自治区に強い関心を持ち、もしクルド独立国家が樹立された場合には、トルコは様々な援助をし、トルコの影響力が及ぶよう努力するに違いない。ともかくキルクークの原油はトルコ領を地中海岸のジェイハンまで、パイプラインで流れているのだから。エルドアン政権のうちに、現イラクでのクルド自治区が独立することになれば、トルコは、国内のクルド人ナショナリズムを厳しく抑圧する一方で、クルド新国家を支援し、自国の影響下におく政策を選ぶ可能性があると思う。

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