2016.11.29  「大一統」と帝国主義――中国の振舞について
    ――八ヶ岳山麓から(205)――

阿部治平(もと高校教師)

先日、マイケル・ピルズベリーの『china 2049』――秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社2015・9)を読んだ。著者は高名な中国専門家である。一口でいうと、かなりおどろいた。
1971年にニクソン大統領が中国との国交を回復して以来、アメリカの対中政策を決定に大きな役割を果たしたのは、中国と建設的な関係を築き、発展を助けようとする人々だった。ピルズベリーもそのひとりである。
当時、それら親中国派の認識は「中国は、私たちと同じような考え方の指導者が導いている。脆弱な中国を助けてやれば、中国はやがて民主的な大国となる。しかし中国は大国となっても、地域支配、ましてや世界支配をもくろんだりしない」というものだったという。
「中国では市や町で民主的な選挙が行われ、やがて地方選挙、さらには国政選挙が行われるようになるとそれを信じていた」「いや、信じたかったのだ」

ところがピルズベリーは、1997年に広東省の東莞市郊外の村で行われた「民主的な」選挙を見てから考えを変えた。そこには候補者がいたものの、政見も政策論争もなかった。「中国のタカ派はすでに、本物の選挙をほうむりさっていた」というのだ。
ピルズベリーは、中国の主流は純粋にアメリカと協力したい人々であって、タカ派は存在したがそれは傍流だと長い間思い込んでいた。だが彼の意に反して、タカ派は次第に優勢になり、今では習近平の側近に多大な影響を及ぼすまでになった。彼らはかつてアメリカの情報や技術、経済的支援を得るように最高指導層を動かしてきた。そして中国が力をつけた今日、タカ派の影響がどのようなものであったかが明らかになったという。
たとえば国防大学の劉明福は、2010年『中国夢』を出版し、アメリカを凌駕する道を「100年マラソン」にたとえて、夢の実現には中華人民共和国成立の1949年から2049年まで100年がかかるとしている。ピルズベリーは、これをタカ派の綱領のように感じたらしく、「世界覇権100年戦略」として自著の表題にした。

つまりピルズベリーは1990年代半ばに中国の現実に目覚めたのだが、そこに到るまでの手放しの「民主化への期待」は、私の考えでは、まったく根拠のないものだった。日本でも、中国は経済発展とともに中間層が拡大し民主化が進むと考えた人がいたが、それはあり得なかった。中国の中間層は権力側に就くことによって形成されたものだからである。
鄧小平の「四つの基本原則(“社会主義の道”“人民民主主義独裁”“中国共産党の指導”“マルクス・レーニン主義、毛沢東思想の堅持”)」は、一口でいえば一党独裁宣言である。1989年の学生市民の民主化要求を6月4日の天安門の虐殺でけりをつけたのは、そのゆるぎない決意の現れだった。
1990年代初頭から中国は「韜光養晦(とうこうようかい・爪を隠して時期を待つ)」を提唱した。これを穏健なコースを示したものと受取った人もあったが、裏返していえば「力がついたら遠慮なく覇権を争う」という意味ではないか。
天安門事件後の中共総書記は上海で民主運動を激しく弾圧した江沢民、江沢民の後は胡錦濤だった。胡錦濤はチベット人の民族運動を鉄砲で鎮圧したことで鄧小平に評価された人物だ。
中共中央が中華民族の隆盛とか「強中国夢」を国家目標にしていたのは、清朝最盛期をテーマにしたテレビ番組を見ただけでも推測できたはずだ。
だが、ピルズベリーらは天安門事件以後も中国は依然民主化の途上にあると思っていたというのだ。

さらなる問題は、中国にタカ派とハト派がいるというピルズベリーの認識だが、
列強に奪われた大清帝国の領土回復をもとめ、日本を仇敵視し、中華ナショナリズム=大漢民族主義を掲げてアメリカをライバル視する人々をタカ派というならば、ピルズベリーのいうタカ派はたしかにいる。――全中国人がそうだ。
どうしても中国にハト派がいたとしたいならば、それは胡耀邦が中共総書記の地位にあった短期間の、限られた政策分野でのことである。
私の知るかぎり中国には政策派閥はない。あるのは官僚人脈であり閨閥だ。ハトとタカがもしいるとすれば、個人の頭の中に存在する。同じ人物が政策論争の中で、ときにはアメリカに妥協し時には反発するのをみればわかる。

リーマンショックを機に中共指導層はアメリカの凋落を確信し、中華民族の勃興という国家意図をあからさまにし、いたるところで力を誇示するようになった。ピズベリーはこれをタカ派勝利のなせるわざとするが、私は中国が帝国主義段階に到達し、帝国主義相応のふるまいをするようになったものと考える。古びてはいるがレーニンの『帝国主義』論を機械的に適用してみてもそれは明らかだ。
生産の集積・独占体は国有資本を中枢にして完成した。石油は中国石油天然気集団公司CNP、中国石油化工集団公司SINOPEC。電力は配電2社と5大発電会社。鉄鋼は世界第3位の華北鋼鉄集団、宝鋼集団など。
資本市場については、いまさら国内金融資本を列挙する必要はないと思う。国際的にはアジアインフラ投資銀行AIIBの存在がある。東南アジア・アフリカ・ラテンアメリカへのインフラ投資、さらに中国中心の経済圏の形成意図。これに清朝の間接支配下にあったモンゴル・新疆(東トルキスタン)・チベットなどの国内植民地化を加えれば、中国は帝国主義国家としての条件を十分満たしている。滑稽なことにアメリカも日本も、いまだこの国家に対して財政支援をしているのである。

では中国の今日のふるまいの思想上の動力源はなにか。
それはマルクス・レーニン主義でも毛沢東思想でもない。ピルズベリーは孫子ばかりが気になるようだが、前近代の「大一統」の原理である。儒教的なヒエラルキーにもとづいて、徳の高い天子を頂点とする賢人支配、国内人民はもちろん、支配秩序を周辺民族・国家に及ぼし従わせる統治原理である。
孫文も蒋介石も毛沢東も、「大一統」の原理にもとづいてアヘン戦争以後奪われた清朝の版図を回復しようとしたが、実はそれは一般人民の強い要求でもある。台湾統一にも、ソ連やインドとの国境紛争にも、中越戦争にも、南シナ海九段線の主張にも、香港への圧力にも、そして東シナ海・琉球の中国帰属論にも、この「大一統」の原理が貫かれている。

「大一統」の原理を軸に南シナ海問題を論じたのは山本秀也『南シナ海で何か起きているか』(岩波ブックレット2016・8)である。山本によれば、「法の支配」を普遍的に求める国際社会は、「大一統」の統治原理を行動原理とする中国と必然的に対立するという。
中国国内では、「清朝末期に至るまで東南アジア全体が中華文化に支配されるヒエラルキーに属しており、中国を核心とした中華世界秩序のもとにある国際社会だったのだ」「主権平等という原則的制約の上に形成された国際法は、中国と周辺国間の領土と海洋の境界の歴史的状況には符合しない」といった議論が登場している(王吉文・2015年)。
これは一部学者だけではない。ひろく知識人一般に浸みこんでいる。私の友人のひとりは、1989年学生・市民運動の積極分子だったが、10年後には、「我々中国には中国のやり方がある。欧米の、民主だの自由だのといった価値観の押付けは拒否する」と書いた。
山本は「大一統」原理にもとづくこうした議論を、国内政治の権力基盤強化という手段にとどまらず、アジアの政治・経済秩序を中国主導のもとで再構築するところまで視野に入れているとみている。
中国の帝国主義的ふるまいと「大一統」原理の共演のなか、日本とアメリカの、TPPに象徴される中国包囲網は自壊した。中央アジア・ASEAN諸国をくみこんだ中国中心の経済圏構築と、昔日の儒教文化圏の再形成は現実的な日程に入った。中国は、指導者も無権の民もアメリカを凌駕する日が近いという興奮のなかにある。

我々にはこのやっかいな隣人を仮想敵とすることはできない。日本の政策決定者がそうしてきた過去は間違いだ。アメリカの目下の同盟者であることに甘んじ、対米依存に安堵する時代は終わった。いまや、どうやったらうまく中国と付き合えるか、緊密でなくとも敵対しない、共存共栄の道を求めるべき時期である。

Comment
東夷源流史でも読んでくれ。東アジア人は皆東夷族の子孫です。
司馬遷 (URL) 2016/11/29 Tue 22:57 [ Edit ]
中国をそれだけ危険な国と認識しながら、中国との共存(屈服)を説くのはなぜでしょうか?
中国侵略への謝罪としての九条の役割は終わったのです。
はてな (URL) 2016/11/30 Wed 19:05 [ Edit ]
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