2016.12.03  組織委員会は五輪経費の都民負担を明確にすべし
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

大山鳴動してネズミ一匹
 小池東京都知事の奮戦も虚しく、大会会場の見直しは、若干の予算削減でお仕舞いのようだ。五輪の競技は種目ごとに競技期間は異なるが、ほとんどが1週間程度のものだ。一時的な競技会のために、巨額の費用をかけて、競技場を次から次へと新設すれば、いくらお金があっても足りない。ローマのように、世界の大都市ですら立候補を取りやめるのも当然のことだ。だから、IOCは可能な限り経費の規模を抑えて、合理的な範囲に経費が納まることを望んでいる。ところが、日本の政治家は発展途上国と同じ発想で、五輪を国威発揚の機会と捉え、可能な限り見栄えの良い施設を作ることを目指している。
高度成長時代の東京五輪と違い、日本はすでに成熟した経済社会に到達している。しかも、政府も自治体も、人口減が確実な将来に直面しながら、巨額の累積債務に苦しんでいる。ところが、国や自治体の政治家や官僚は、そんな将来危機には無頓着なように、債務を積み上げる無責任な計画を推し進めている。五輪なら債務が増えても納税者の理解が得られると考えているのだろうか。それなら、納税者に理解を求めるのが先ではないか。それを蔑ろにしていることは、財政危機の意識が欠如している証左だろう。巨大化された組織は当座の問題のみを扱い、地域社会全体に将来にわたる影響など考えもしないのだろう。政治家は政治家で、財政危機などは自分が生きている間は関係がないと考えている。だから、平気で政治資金で銀座のバーに通ったり、ホテルや料亭で飲み食いしたりするのだろう。
五輪経費の規模から考えれば、当該年の予算で賄えるものではないから、五輪後も長期間にわたって、都民が負担し続けなければならない。しかも、開催費用に加えて、五輪後は施設の維持管理費が経常的に必要になるから、施設建設費の負担だけでは済まない。いったい、政治家や官僚は建設の直接経費と五輪後の維持管理費の都民負担をどのように考えているのか、それともまったく考えていないのか。費用負担を他人事のように思っている国民や都民の意識の低さもまた、政治家や官僚の横暴を許している。
 個別の施設建設を議論する前に、東京五輪の経費は誰がどれだけ負担するのかを明確にすべきだ。経費負担に応じた発言権が保証されなければ、負担する者の声は届かない。五輪経費の7-8割方を負担する東京都の発言権を抑え込んだ4者協議会が設置された段階で、小池知事の劣勢は決まった。経費を負担しない政府、事実上政府が任命した会長が居座る組織委員会、組織委員会の計画を承認したIOCを相手に、4分の1の発言権しかない都知事が奮闘しても、一度決まった計画を覆すのは容易でない。それこそ、大幅な経費削減ができなければ、五輪返上もあり得るという強い態度で臨まなければ、旧来の思考にどっぷり浸かった政府代表や組織委員会代表を押し返すことはできない。
 これができなければ、まさに「大山鳴動してネズミ一匹」である。小池知事の奮闘の結末が、「有明アリーナか、横浜アリーナか」では情けない。しかも、森会長がすでに横浜市に手を回し、「競技連盟の意向を無視して決められない」と言わせている始末だ。

経費負担を都民に問え、そして組織と個人の責任を明確にせよ
 政府と東京都、そして五輪組織委員会は、五輪の開催費用のうち、都民が負担する金額を明示すべきである。都民が負担しても良いと考える金額が、五輪開催費用の上限であるべきだ。都民1人当たり10万円なのか、それとも20万円なのか。そして、その負担金をどのようにして徴収するのかも明確にすべきだ。もっとも、原発の事故処理と同じように、五輪後の施設の維持管理経費は不確定のままだ。削減された施設の工事費ですら、その予算枠が守られる保証はどこにもない。それを管理監督する組織がないのだから。政治家やスポーツ政治屋、政治家の腰巾着の官僚に任せるから、すべてがどんぶり勘定だ。
 川渕三郎氏のように、五輪後の施設利用から収益が上がるから、巨額の施設建設は無駄ではないと吹聴している人もいるが、それならそれができるという民間業者を募り、今から五輪後の施設売却や、維持管理に責任を負う業者の選定入札を行うべきだ。しかし、そのような業者などいないだろう。収益よりも、維持管理経費の方が大きくなるのは目に見えているからだ。それでも収益が上がると主張するなら、収益が上がらなかった場合の責任の取り方をはっきりさせてから、物を言うべきだ。
 しかし、2兆円とも3兆円とも言われる五輪経費だが、いったい何にこれだけのお金がかかるのか。話題になっている3つの施設の建設費は、経費総額の10分の1程度に過ぎない。組織委員会は、経費を負担する都民にたいして、経費総額の内訳を明示し、どこをどう削って節約するのかをはっきりさせるべきだ。そして、予算枠の厳守とそれが守られない場合の組織責任と個人責任を明確にすべきだ。事後的な出処進退では意味がない。五輪の仕事にかかわって得た報酬の返済を含めた責任の取り方を明確にすべきだ。
政治家の責任はもとより、組織委員会武藤敏郎事務総長の責任はきわめて重い。組織委員会の事務方を束ね、経費の削減と管理を至上命令にして組織を統率できなければ、森会長の腰巾着にすぎない。
Comment
>IOCは可能な限り経費の規模を抑えて、合理的な範囲に経費が納まることを望んでいる。

この断定は疑問ですね。
五輪・各種国際大会の開催国決定をめぐる疑惑や新たな競技会の創設、各種目形式・大会日程などでのメディア要求迎合などなど、国際スポーツ団体の利益追求・売上至上主義体質は近年目に余るものがあります。
だから、五輪経費の圧縮スローガンも、単なる建前の可能性を疑えます。
経費増大で開催国日照りになっても、目先の利益・利権を欲しがる諸団体幹部は「後は野となれ山となれ」ではないか?
利権団体化しているスポーツ界組織上層部にあまり幻想を持たない方が良いでしょう。
バッジ@ネオ・トロツキスト (URL) 2016/12/05 Mon 11:56 [ Edit ]
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