2016.12.16   安倍外交とはなにか
小川 洋(大学非常勤教師)

最近の日本のマスコミ各社の幹部たちは、気が咎める様子もなく、繰り返し安倍首相と楽しげに食事をともにする。相手の懐に入らねば情報が得られない、という言い分があるのだろうが、国際的な常識からすれば、時の権力者と非公開の席で繰り返し飲食をともにする人物が、ジャーナリストとして信頼されることはありえない。彼らの「報道」の受け手としては、その内容は政権に都合のよいものばかりだと考えざるをえない。実際、とくに第二次安倍政権になってからは、読むに堪えない報道がますます増えている。
それでも、いくつかの国内メディアに加えて海外メディアの報道も合わせて事実関係を整理していくと、首相周辺のメディアが描くものとは異なった絵が見えてくる。安倍首相のこの数ヶ月の対米外交を整理してみよう。

9月19日:ニューヨークでクリントン大統領候補と50分間の会談。会談後、日米同盟の強化と北朝鮮情勢、中国の海洋進出についても意見交換したと、発表された。

【産経新聞、9月20日】会談の目的の一つは、「(自らの)女性政策を持ち出しつつ、クリントン氏との個人的な“信頼関係”を見せつけることで、共和党候補のドナルド・トランプ氏への不信感をにじませ(る)」ことだったとする記事を掲載。

11月9日:日本時間午後3時ころ、大統領選挙結果の大勢が明らかになり、トランプ候補の当選が確実になる。

11月17日:ニューヨークのトランプ氏の自宅で90分間の会談。会談内容は非公開。かつトランプ氏側は家族が同席し、通訳は手配されず、日本側の通訳のみという変則的な「会談」であった。

【BBC、11月18日】会談の事実を伝えるとともに、選挙期間中にトランプ氏が「日本はアメリカの軍事貢献に対して十分な財政負担をしていない」、「満足できる財政負担がなければアメリカの軍事的プレゼンスを引き上げる」という趣旨の発言をしていたことを紹介した。
BBCは、安倍首相のトランプ氏訪問をTPPなどの経済問題ではなく、防衛問題の文脈で伝えたのである。アメリカの選挙結果をどう受け止めたらいいか国際社会がまだ戸惑っている段階で、アメリカの軍事的プレゼンスを失うことに恐怖に近い感情を抱いた極東の政治指導者が、とるものも取りあえずにトランプ氏のもとに駆けつけたという印象さえ与えるものだった。

【共同通信、12月4日】日米外交筋の明らかにした情報として、安倍・トランプ会談に対するホワイトハウスの反応を伝えた。会談予定を伝えられたホワイトハウスは、「トランプ氏はまだ大統領ではない。前例のないことはしないでほしい」と強い異議を伝えていた。この申し入れに対し、日本側は「夕食会は控え、私的なものとする」として予定通りに会談を行った。

11月19-20日:リマにおけるAPEC首脳会議に出席。安倍首相は、会議中にオバマ米大統領との会談を希望していたが、アメリカ側から断られ、記念撮影後の廊下での数分間の立ち話の機会しか得られなかった。これ以前にも3回、国際会議の席でオバマ氏と同席する機会のあった安倍首相は、その都度、個別会談の設定を申し入れていたが、いずれも実現していない。

【産経新聞、12月5日】コラムで、トランプ氏の台湾総統との電話会談など意表を突く行動を取り上げ、文の終わりに「いち早くトランプ氏を観察する機会を持った安倍晋三首相の判断は、正しかったといえる」と書いた。安部首相の人物観察眼がいかほどのものか疑問ではあるが、前日のニュースのダメージを打ち消すためのものだったと考えられる。安倍首相自身がトランプ氏との会談が裏目に出たことに焦りを感じていることが見える。

12月5日:安倍首相は記者団に対して、12月末にハワイを訪問し、オバマ大統領とともに真珠湾攻撃の記念施設で犠牲者の慰霊をするとする予定を発表した。

以上が、この数ヶ月の安倍首相の「対米外交活動」である。

真珠湾訪問のニュースを聴いて筆者が最初に感じた疑問は、なぜ12月7日ではなく年末なのかということであった。どこの国の首脳も年末年始は仕事から離れて休暇をとるわけで、オバマ大統領も例年、この時期に避寒を兼ねて、自分の出生地でもあるハワイで休暇を過ごしている。
そのことに気付いて事情は見えてきた。安倍首相はオバマ大統領が休暇を過ごしているところに押しかけるわけだ。オバマ氏側としては気が進まないとしても断る理由はない。日本のマスメディアの多くは、「戦後日米関係の総決算」など、政権側の主張をそのまま流している。しかし事実は、安倍首相はトランプ氏のもとに拙速に駆け付け、オバマ政権から不快感を示され「味噌をつけた」。まともに首脳会談も持てないままオバマ政権との関係が終わるのは「安倍外交の成果」を唱えるうえで体裁が悪い。もっぱら国内向けの理由で、オバマ大統領との会談の設定を頼み込んだ事情が見えてくる。

一連の「安倍外交」を以上のようなものと見ることが、当たらずといえども遠からず、であるならば、いかにも場当たり的で、とても外交とも呼べるものではないというしかない。

トランプ氏との関係で言えば、選挙結果に内心どれほど動揺したとしても、素知らぬふりをして、先方に内心を悟られない態度をとるべきだった。どんな交渉事でも「手の内を見せない」のは基本中の基本である。政権交代の機会にこちら側も日米関係のあり方を見直すかもしれない、という印象を与えた方が、今後の外交交渉を考えるうえで有利なはずだった。それにも関わらず、「日米同盟が日本外交の基軸」と言って、外国首脳として当選後のトランプ氏との会談に「一番乗り」をしてしまった。交渉能力を始めから放棄しているのだ。

唐突な真珠湾の慰霊訪問も、国際的にはオバマ政権の不興を買ったことに慌てた日本政府が右往左往しているという印象を与え、かえって国際的信用を傷つける結果となっている。さらに真珠湾での慰霊に際して、安倍首相がどのようなメッセージを出すかが焦点となる。オバマ大統領は広島で、アメリカの原爆投下という加害責任については触れなかった。それは「世界の非核化」を掲げてきたオバマ政権のその理想のアピールの場であること、また日本人の被爆者の感情のなかに反米感情があまり強くないことから、アメリカの加害責任に触れなかったことを批判する論調は一部に限られ、あまり問題にはならなかった。
しかし、安倍首相の真珠湾訪問に国際社会向けのメッセージ性を持たせることは難しい。なぜなら、真珠湾は、基本的に二カ国間の出来事であり、国際性に欠ける。また加害・被害関係がはっきりとしている。日本の政治指導者の訪問は、加害者側の慰霊行為となるしかない。だからこそ歴代の首相は避けてきたのである。

安倍首相は、もともとアメリカの知識人や政治家からは、歴史修正主義者として警戒されている。真珠湾の慰霊において謝罪の言葉を含んだメッセージを出さなければ、アメリカ側からは「納得できない」という反応を引き起こすであろう。しかし、ここで謝罪の言葉を述べれば、日米開戦の10年前から始まっていた中国侵略の加害責任を、中国やその他のアジア諸国から追及されることは避けられない。

安倍政権の一連の外交活動が、計算されてのものとは思えないのである。それでもハワイに出かけるのは、日本国内でしか通用しない「外交成果」という話題を作って、内閣支持率の維持、場合によっては選挙対策を目的とする内向きのものとしか考えられない。国内政治向けの目先の「成果」を求めて、かえって自国の国際的信頼を損なうようなものを外交と呼ぶわけにはいかない。
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